chapter.24 傷のない王子様
マナミがリーダーを勤める月面統括防衛騎士団、通称ルナティクスの仕事は名の通り月を守ることが仕事であるが、真の目的は別にある。
今日はマコトも調査チームの一員として出撃することになった。
スペースデブリが散乱する宙域を四機のSVと少し離れて輸送艦が航行する。
『サナナギさん、ゴッドグレイツに何か反応はありますか?』
通信してきたのはマナミの《Gアーク・ストライク》だ。
随伴する二機の《Gアーク・ストライク》はモスグリーンのカラーをしているがマナミ機は薄いピンクのカラーリングで、機体の特徴である両肩に装着された盾の役割を持つシールドスラスターを背中に装着している。
「……ある気がするような、無いような?」
歯切れの悪い言い方でマコトは答えた。
マコトが搭乗する《ゴッドグレイツ》と言う機体は頭部から胸部装甲までが本体であり、SVと合体することにより力を発揮する特殊なマシンだ。
なので本来は機体の上下で二人乗りとなることが正しいのだが、約半世紀もの長い間に《ゴッドグレイツ》が合体元となるSVと融合を果してしまい機体を分離することができなくなっている。
「トウコちゃん、いないよね……」
足下に向かって名前を呼ぶが反応はない。
暴走した
彼女のSVである“慈愛の女神”と呼ばれた《ゴーイデア》は他のSVとは違う特別な力を持つ。体内から生産されるナノマシンを散布し有機物、無機物に限らず元の状態に復原・再生することを可能にする奇跡のマシン。
だが《ゴーイデア》の純白で滑らかだった四肢は今、炎のように真っ赤な色に染まり、再生の力は搭乗者であるトウコが存在しないため使うことが出来ない。
『約二時間前に不信な高速飛行体が本社のレーダーに観測されました。きっとこの一帯にいるはずなのです。隈無く探しましょう』
「確認するけど、その《ソウルダウト》だっけ? SV一機にどうして地球と月が争わなきゃいけないの? 話が飛んでない?」
『それはこちらがマコトさんと《ゴッドグレイツ》を有してるからです』
「私を?」
『exSVの力の強大さはマコトさんが一番よく知っているはずですね?』
一機で大局を変えることができ、都市を簡単に壊滅させるだけの性能を持つ脅威のマシン。
そんな機体にマコトは乗っているのだ、とマナミは言う。
『だから月、正確にはTTインダストリアルの前社長は月を人類が住まう第二の惑星、国家として地球からの独立を宣言した』
「した、って言われても無茶苦茶なことを言ってるよそれ?」
いつの間にか月側の良いように利用されていたことを、マコトは少し憤りを感じていた。
目覚めてから数日が経つが、月の暮らしには未だに馴れないでいる。
月の重力から感じる独特の浮遊感と壁や天井に覆われた街並みに、土の地面や何処までも広がる青空が恋しくて堪らない。
「もしかして……マミさんの説明が下手なだけ?」
こんな開戦の理由もイマイチ意味不明な戦争などからおさらばして、マコトとしてはガイと共に地球に帰ってのんびり暮らしていきたいのだ。
『ご、ゴッドグレイツが無くともSVの技術力は月の方が上です。だから地球統連軍はどうしても第三のexSVソウルダウトを手に入れたい』
「だから話が飛んだって。第三のexSVはどっから出てきたのよ? 誰かが作ったの? 月? 何でそれが宇宙を漂っているわけ? 手に入れたらどうなるの?」
『それは……そう、ですけど』
マコトの質問攻めにマナミは口ごもってしまう。
月の防衛を任されるパイロットとして教育を受け、それが当たり前なのだと深く考えず不思議にも思わなかった。
防衛騎士団のリーダーでありながら捕獲任務の対象であるexSVのことを何一つ理解していない。漠然と地球に対抗するためのSVだ、と言うことぐらいで詳しいことは謎ばかり。
自分の興味の対象はこの任務でかつて相対し、チームの仲間を落とした地球統連軍の赤いSVに勝利することだけだったのだ。
『リーダー! サナナギさん! 見てください、あの銀色のSV!!』
二人が会話する後方で味方である調査隊員の《Gアーク・ストライク》のパイロットが発見したのは剣の形をしたマシンであった。ほのかに鍔(つば)のスタスラー部分から発光させて浮遊する岩石にぶつかりながらノロノロと航行している。
「あれが、例のソウルダウト?」
その姿を見たマコトは《ゴッドグレイツ》の中にある《ゴーイデア》から、微かな反応が脳裏に駆け巡った。
浮かび上がる少女のビジョン。夢の中のレーナとは違う、別の小さな女の子の須賀田が見えた。
『各機、散開。私が先行します!』
マナミ《Gアーク・ストライク》の腕部の袖がスライドする。本来ならハンドガンが装備されているが、今回はSV用の電磁捕縛ネットが飛び出る仕組みだ。
『統連軍は来るなら……来た、いや違う! 後ろから?!』
前方の《ソウルダウト》に気を取られ後方の超高速で接近する新手の敵にマナミは気が付かなかった。振り向いた時には既に《Gアーク・ストライク》の一機が胴体に風穴を開けられていた。
「何あれ、蜂のSV!? こいつは統連軍なの?!」
『し、知りません。私も初めて見る機体、です……この!』
味方を落とされて動揺するマナミ。
突然現れた蜂ようなの姿をしたSVは八機。不快な羽音を鳴らしながらマナミを含む残りの《Gアーク・ストライク》二機に襲いかかった。
「……この機体、生命の反応を反応を感じられない。無人機……でも」
高速飛行する《蜂型SV》たち距離が一番近いにも関わらず《ゴッドグレイツ》には見向きもせず横を通り抜ける。
『このSV、Gアークのスピードに着いてきてますよリーダー!?』
周囲にまとわりつかれ隊員の一人が泣き言を言う。現行のSVではトップの速度を出すことを可能とする《Gアーク・ストライク》を追随する《蜂型SV》は人間離れした不規則な軌道を描いてマナミたちを翻弄する。
最後方の輸送艦から援護射撃をしてもらうが《蜂型SV》たちには当たるはずもなく、逆に目を付けられ四機が輸送艦へと向かいを狙い始めた。
どうにかしようと焦るマナミは考えるが、今の位置では輸送艦から遠すぎる。
敵の三機がマナミの方へ来ているが、それを無視して少し前進すれば任務の目的である《ソウルダウト》から捕縛ネットの射程圏内だ。
『今助けます!!』
マナミは《Gアーク・ストライク》を反転させてブースターを加速させる。待ち受ける三体の《蜂型SV》は三角形に陣形を組んで携帯するマシンガンを一斉に放った。
『遅いのよっ!』
突撃する《Gアーク・ストライク》は弾丸の雨をすり抜け《蜂型SV》の間を通り過ぎると振り向き様に捕縛ネットを発射した。
大きく開かれた特殊な鋼鉄を縄状にして編み込まれたネットは、三機の《蜂型SV》をすっぽりと包み込みフルパワーで高圧電流を流し込んだ。
ネット廼中で黒焦げになって沈黙をする《蜂型SV》を確認して《Gアーク・ストライク》は輸送艦へ急ぐ。
輸送艦を取り囲む《蜂型SV》のマシンガンが厚い装甲を叩く。マナミはライフルの照準を《蜂型SV》に向けるが射程距離にはまだ遠すぎる。
『駄目だ、間に合わない……』
「私が行くッ!!」
諦めかけたマナミの前に、激しく燃え上がる炎の翼をはためかせるSVが突撃した。それはまるで不死鳥の如く神々しい姿で輸送艦と《蜂型SV》の前に一瞬で到着する。
「消し飛ばせ、ゴッドグレイツッ!」
両腕から発せられるエネルギーが渦を巻く。勢いよく拳を前に突き出すと巨大な竜巻が《蜂型SV》たちを追い掛け巻き込んでいった。ミキサーのように回転の中で砕かれて粉々になり《蜂型SV》は跡形もなく消滅する。
「あと一機は?」
レーダーに映っている敵機の反応は無い。
八機いたはずだが、どうやら最後の《蜂型SV》はいつの間にか逃げ去ったようだ。
『ありがとうございます、サナナギさん』
遅れてやって来た《Gアーク・ストライク》のマナミが礼を言う。
「うん。でも任務は失敗ね」
マコトは傍らで《蜂型SV》にやられて動かなくなった《Gアーク・ストライク》を悲しげに眺める。そっと近付いて胴体の大穴に触れるが、機体もパイロットも死んでいるようだった。
そして、目的の機体である《ソウルダウト》も姿を見失っている。
やりきれない重い空気がマコトたちを襲った。
『お前ら、こんなことで落ち込んでどうするんだァ!』
突然、輸送艦から大声で通信が入る。マコトら各コクピットのスクリーンに映った男は怒りを露にしていた。
『敵は待っちゃくれない。俺たちは奴等よりも先にソウルダウトを手に入れなければならない理由があるだァ!』
「が、ガイ? そこに乗っていたの……あれ?」
出発前に輸送艦の中では姿を見なかったガイの登場に驚くマコト。
だが、それ以上に驚くべきところは、ガイのトレードマークとも言える左目にあったはずの傷痕が綺麗さっぱり消えているのだ。
「その目……ガイ、いきなり出てきて何よ!?」
『あの機体はただのexSVなんかじゃないって話なんだよ! アレを手にしたとき、その者は世界を思いのままに出来る!』
『ガイ教官、それはどういう意味ですか?』
『いい質問だマナミ。オマエもソウルダウトの力を知れば、アレを欲しくなるだろう。だからこそ正しい操縦者でなければいけないんだァ!』
まるで演説するかのようなガイの熱の入り具合にマコトは違和感を持った。
未来に来てからやはりガイは様子がおかしい。
それは先日に会った時よりも今のガイの不自然さは更に上がり、マコトの中では疑惑は確信に変わる。
誰が敵で誰が味方なのか疑いだらけで先の見えない戦いに、マコトは《ゴッドグレイツ》の中に消えた親友や父の魂に呼び掛けも答えは返ってこなかった。
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