chapter.14 終わることを目指すな

『ゆーはぶこんとろーる』

 自称ロボット美少女ウサミ・ココロが目覚めたのは機械に囲まれた狭い個室だった。

 何かの研究室だろうか、ディスプレイの明かりが二、三ヶ所あるだけの薄暗い部屋の真ん中に鎮座する巨大な装置に座らされていた。


『……アクセス成功! 反応が途切れているから……まさかと思いましたが、誰かに捕まっていた様子……ですね』

 腕に巻かれた革ベルトの拘束を無理矢理に引き千切って、頭に取り付けられた重たいヘルメットを外して適当に投げると、ココロはぎこちない足取りで立ち上がる。


『延髄が……酷い。ここからじゃ……流石に遠いの……か』

 カクカクとした機械的な動作で、喋るノイズ混じりの口調、音程も普段のロボットを扱いされたくないウサミとは別人のようだった。


『外傷は無いがウサギの帽子が……ないですね。誰かにアクセスされた形跡は……ありますが何かしらのデータが少し抜き取られては……ないか。ブラックボックスに触れれば即、自爆装置が作動してしまい……ますからね』

 ココロを通して喋る声の主、イザ・エヒトは一安心した。

 発信器に次いで遠隔制御装置をウサミに仕込んだのはイタズラで何度かある。イザがココロに嫌われる原因はこれであり、装置が見つかる度にスフィア中を追いかけ回されるのだ。


『本体の人格……再起動まで時間がない。早めに……現在地の把握を……』

 ゆっくりとイザココロが出口のドアを触れようとした瞬間、勝手に扉が開け放たれる。驚いて机の下に飛び込んだ。


「グッモーニン、君が来ることは予想していたんだ」

 ヒールの音を鳴らして入ってくるの白衣の女、ヤマダ・シアラだ。


「敵意は無い。出てきたまえ、人形を通して君は見ているんだろう」

『バレ……てる』

 恐る恐る立ち上がるイザココロへ一瞬で近づくシアラ。


「会いたかった“神の使い”よ」

 恍惚な表情を浮かべてシアラはイザココロの前に跪き、突然手の甲にキスをした。


 ◇◆◇◆◇


 一方その頃。


 真道歩駆はネオIDEAL基地の最上階、周囲の景色を見渡せる屋上に居た。

 あれから一睡もできず一週間が過ぎ、楯野ツルギに負けたことの悔しさに枕を涙で濡らしながら朝を迎える日を繰り返す。

 ぼんやりと日の出を眺めて無心状態になっていた。

 何かを考えるのが辛い。

 特に先の事、明日、未来のビジョンが見えなかった。

 やらなくてはいけない事はとっくに決まっているはずなのに、それをどうしていいか立ち止まる自分がいる。

 相変わらず《ゴーアルター》は歩駆の呼び声に応えてはくれない。


「……礼奈…………」

 呟きは風に流される。

 基地の周囲は山や森で囲まれているがセミの鳴き声などは一切聞こえないので鬱陶しさはないが、ギラギラと照り付ける太陽と蒸し暑い空気が歩駆の体力を奪っていく。

 屋上には落下防止の柵も屋根もなく待避できる影はない。

 季節は夏。歩駆が最も嫌いな時期である。

 このまま熱せられた床にへばりついて寝ていたら不老不死の身体はどうなるのか、そんな地獄の苦しみを想像する。


「また無駄な時間を浪費するだけか?」

 背後からの容赦なく急所を狙った手刀を、歩駆はとっさに振り返り受け止める。


「だったら早く俺を月へ連れてってくれ、ツルギのジイサンよぉ」

「焦るな小僧。こちらも準備がある」

 サイボークの老人、楯野ツルギは義手に力を込める。文字通り刃物のように鋭い鋼鉄の手刀は歩駆の両手に食い込み、そこから大量に出血して地面に溜まっていく。


「来る決戦に向けて己を鍛えろ」

「ゴーアルターさえあれば負けない! 俺は礼奈を取り戻す。それで終わりだ、それで俺の戦いは終わる」

「阿呆が! 終わることばかり考えてどうする!? そんな奴なんかに愛する女は救えんわ!」

 歩駆は掴む手を振り払い、自分の鮮血をツルギの目に向けて飛ばした。視界を奪われ一瞬よろけるツルギの腹部を蹴り飛ばした。


「堅ぇッ!」

「ちっ、姑息な手を使う。だが!!」

 歩駆の血で染まるツルギの目が発光する。

 それは有視界モードから赤外線モードに切り替わりの合図だ。興奮して体温が上がり真っ赤な歩駆が迫る。

 ツルギは人差し指の先から弾丸を発砲した。


「ぐぁっ……うぅ!!」

 肩を撃ち抜かれながらも歩駆は突進すると、勢いに押されて二人はそのまま屋上から落下した。

 高さは地上から約二百メートル。胸の中心を叩いてツルギは体内に埋め込まれた重力制御装置を作動させた。

 ツルギを中心として発生した重力フィールドが空間を一瞬だけ歪ませ、宙にフワリと浮かび上がる。

 だが、不老不死以外は普通の人間である歩駆はまっ逆さまに落ちていた。

 その表情はとても安らかで眠っているように落ち着いた顔だった。


「間一髪だったな」

「…………どうして助ける。落ちたところで俺は死なないのに」

 逆さまの歩駆の脚をツルギは掴んでいた。


「そう言うところが気に入らん。さっきまでの威勢はどうしたのだ?」

「飽きた」

「諦めるな」

 ゆっくりと地面に降下する二人。適当な高さになったところで、ツルギは歩駆を放り投げて着地した。


「お前は自分が死なないと言って死を軽く見ている。本気で彼女を助けたいと思うならば自分を生かせ」

「……」

「もう一度言うぞ、終わることばかりを考えるな」

 歩駆は返事をせずそっぽを向く。

 静寂を破るのはツルギの腕から、けたたましく鳴る緊急コールの電子音だった。


 ◇◆◇◆◇


 五分前のネオIDEAL指令室。

 

「所属不明機が多数接近、数は二十」

「この間の虫型SVと大型の……gSVが二機です」

 基地に近づく敵集団の出現にオペレータ達は各所に連絡を送っていた。


「ほいほいヤマダ・シアラちゃんただいま到着ですよー」

「離しなさいよっ! ここはなんなの?! 歩駆ちゃんをどこに連れてったのよ!?」

 ジタバタと暴れるココロの首根っこを詰まんでシアラが機嫌よく入室する。


「そ、総監督……統連軍に応援要請は如何しましょうか?」

「無用さァ。私たちだけでも十分すぎるもの」

「統連んんー?! それってココロ達の敵じゃん!?」

「うるさいなァ君。せっかく良いところだったのに目覚めてくれちゃって」

 ポコポコと拳を振り回すココロの攻撃を華麗に避けて、捌いてみせるシアラ。

 ココロは自分の手を前にかざした。

 しかし、手首の中からカラカラと音をさせるだけで何も起きない。


「ならっ!!」

 ココロは睨みを効かせた。しかし、パカパカと懐中電灯のようにシアラの顔を照らすだけで何も起きない。


「ウソぉん、武器が全然でない??」

「こんな小型の兵器は地球じゃ見たいことないからねぇ。危ないからパワーダウンしてもらったのさァ……そんなことよりも防衛システムを作動。警備のDアルターは対空装備に換装せよ!」

 命令を下すシアラの言葉に基地の職員たちが一斉に動き出す。


「準備完了、いつでも行けます」

「よし、ブワーッとやっちゃいなァ!!」

 合図と共に基地はバリアを展開。地下からIDEALの《Dアルター》部隊が出撃する。


『オレも出るぞ……』

 通信モニターに顔面血だらけのツルギが映りオペレータたちから悲鳴が上がった。


「おじいちゃん、まず顔を洗って欲しいなァ」

『それと真道歩駆にも機体を一機用意してやれ』

「あっ! 歩駆ちゃん!? 誰なの、そのジジイ?!」

「うん分かったァ。少年よ地下格納庫に大至急来てくれ」

 恐怖映像だった通信を切ると、シアラは再びココロを引っ張り出す。


「な、また何すんのっ!? ココロをどこに連れていくつもり?!」

「くくく、君にもしてもらいたいことがある。少年を助けてあげてくれよメルヘンロボおばちゃん?」

 何かを企むシアラは吹き出しそうになるのを堪えながら笑いをする。

 そんな嫌らしい彼女の表情が、ココロの人間だった頃の記憶を呼び起こした。

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