第54話 うわっ、お約束やっちゃった

「何しに、来たんですか? 堂環君」


 ジャージ姿の白殿零は、昨日よりも少しやつれて見えた。姿勢がわるく、生気せいきがない。もはや人形になってしまったのではないかと見紛うほどだ。しかし、未だに青い髪が健在なところを見ると抵抗中なのだろうか。


 だとすれば、それが一縷いちるの望みだけど。


「何しにって、君が学校を休んだから、プリントを届けにきたんだけど?」

「何をたわけたことを。あなた、不登校でしょ」


 ふむ、まったくだ。


「え? 堂環? 不登校? どういうこと? あなた、クラスメイトの名倉さんじゃないんですか?」


 1人、事態を呑み込めていない白殿母が困惑した顔を浮かべていた。


「あ、それ、嘘です」

「嘘!?」


 リアクションのいい母であった。


「白殿零さんに会いたかったのですが、普通に言っても会わせてもらえないんじゃないかと思い嘘をつきました。反省はしていません」

「正直な子……!?」


 この母親、ちょろいな。

 白殿零のの片鱗を見た思いだったが、それとは別に、事態は進行した。


「また、おまえか!」


 家の奥の方から、怒号と共に現れたのは白殿父であった。仕事でまだ帰宅していないという都合のいい展開を望んでいたが、そうは問屋が卸さなかったわけだ。


「どうしてこんな奴を家に入れたんだ!」

「だって、嘘をつかれたから」

「そ、そうか。じゃ、仕方ないな」


 白殿父。

 厳格だが、嫁にはあまいらしい。

 ただ、あんたの奥さん騙されやすいから詐欺とかに気を付けた方がいいですぜい。


 こほんと咳ばらいを一つして、白殿父は僕を睨みつけた。


「帰れ! おまえなどを零には会わせない!」

「まぁまぁ、落ち着いてください、お父さん」

「おまえにお父さんと呼ばれる筋合いはない!」


 うわっ、お約束やっちゃった。


「すぐに帰りますよ。僕は、白殿さん、えぇ、零さんに忘れ物を届けに来たんです」

「忘れ物だと?」

「えぇ、昨日、家に来た時に忘れていったんでしょう」

「ふん、だったら、そいつを置いて、さっさと帰れ」

「えぇ。ただ、その前に少しだけ零さんと話をさせてもらえませんか?」

「だめだ。おまえのせいで、娘は、こんな非行に走ったんだろ。だったら、おまえと話をさせることなどできない」

「ははは、買い被り過ぎです。僕はただのしょうもない不登校児ですよ。政治家や詐欺師でもあるまいし、ちょっと話したくらいで、まじめっ子を不良にすることなんてできません」

「知ったことか。おまえの話など聞く耳持たん」


 白殿父があまりにも頑固なので、僕は仕方なくを図ることにした。


「言い方がわるかったですね。僕は殿と言っているんです」

「何を言っているんだ?」


 眉をしかめる白殿父の目の前で、僕はポケットから、白殿零の忘れ物を取り出した。


「それは!?」


 色は薄い青。白殿零の髪の色と酷似している。施された花の刺繍ししゅうがいささか派手な印象を醸し出しており、高校生が身に着けるにしては、子供っぽいあるだ。


 ふふ、と不敵に笑って見せてから、僕は白殿零のように見栄を切ってから告げた。


殿を返してほしければ、白殿零と話をさせろ、とそう言っているんですよ、お父さん!」

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