#012 『 狂乱の宴 』

「現況報告ッ!」


 はためくボーフォード家の紋章を傍らに煌めく鎧を輝かせた男が配下の者に威勢よく告げる。


「ハッ、敵兵は拡散し市街地へ逃げられました。恐らく、徹底抗戦の構えでしょう。」


 配下の男は礼を取りながら報告を済ます。


「ハハッ! 徹底抗戦かッ!! 面白い!! この軍勢に敵うものかどうか、見せてもらうぞ……王国防衛軍。」


 新たに占領した城壁の上で黒い笑みを浮かべながら、炎上しパニック状態へと陥った王都を眺める。


 かつて、父親が手を伸ばしても届かなかったものが今まさに自身の前にある。


 絶対的な権力を求め続けた男は自分を否定し、貶めた奴らを自らの手で罰するべく、王都の市街地へと兵を進めさせる。

 かつての偽善者が偽物の平和を高らかに騙った場所で己が彼らを正させる。


 その手始めに炎と崩落によって都市やそこで暮らす人々を浄化されていく様子はまさに恐悦至極だった。


「さあ、あがけ、苦しめ、この私にその悲鳴を聞かせてみろッ!!! この愚民どもがッッ!!! ハハハハハッ!!!」


 炎上し崩落する街並みを眺めながら不気味に笑う男はすでに精神が狂っていた。



◇・◇・◇


 兵士長ペイロンは三十五名の重装歩兵と十五名の弓兵を連れて恐る恐る市街地へと踏み込む。


 隊列を組み、一歩一歩慎重に歩む姿に後方で待機する援軍の貴族は指を指しながら「敵がそんなに怖いか!! 臆病者ども!!」と告げ、腹を抱える。

 その様子に釣られるようにあたりの兵たちもペイロン達を笑う。


 臆病者、腰抜け————幾多の戦場でそう罵られた兵士長ペイロンは常に部下と共に必ず生きて帰ってきた。


 慎重に慎重を重ねてゆっくり進む姿は一見して臆病に見える。

 だが、それは決して敵を侮っていないということの表れであった。


 狩りの最後ほど危険なことはない————。


 幼き頃、自身の父親が告げた言葉。それはまさに人を狩る場所である戦場においてもペイロンは忘れなかった。


 粗ぶった敵は生き残るためになら何でもする、だからこそペイロンは慎重に動く。


 決して侮らず、驕らず、慎重に、だが確実に……もう二度と友を失わぬように……。


 そう願い、ペイロンは侮辱された部下をなだめながら、共にゆっくりと進む。


 「奴らの言葉を聞くな。どうせ、何もわかっちゃいない。いいか、慌てるなよ。敵がいつ、どこで、どのように潜んでいるかわからない。慎重に行こう。」


 ペイロンがそう告げた瞬間、しびれを切らした援軍が無視された腹いせに無邪気にペイロンの部隊を追い越し、猛進する。


「お先にッ、臆病者ども!!」

 馬を駆けさせ市街地へと踏み込む様子に、ペイロンは慌てて注意を促す。


「馬鹿がッ!! 止まれッ!!!!! 死ぬぞ!!!」


 自身の注意に笑いながらも意気揚々と猛進する味方の兵に、ペイロンは奥歯をかみしめる。


 だが、次の瞬間。

 空しくも射程に入った兵たちは即座に建物の中や屋上に潜伏していた弓兵によって矢で射かけられる。


 次々と矢があちらこちらから飛び交ったことで三十人はいたであろう兵たちが一斉に矢で殺され倒れこむ。

 腹を抱えて笑っていた援軍の貴族も馬が矢で射かけられたことで落馬する。


 落馬し地面に叩きつけられた貴族は王都防衛軍の弓兵によって膝を射かけられる。

 膝をやられ、立てなくなった貴族は無様にもペイロン達へと手を伸ばし助けを求める。


 自身や部下を笑い、罵られたペイロンは正直、貴族を助けたくなかったものの味方でありながら戦場で見捨てるのはバツが悪く、もし後で生き残っていたとすれば大きな問題になりかねない。


 それを承知していたペイロンはすぐさま部下に命令を下し、貴族を助けるべく敵の用意した罠に嵌る。


 弓兵の止まない攻撃に重装歩兵が盾となり貴族を囲い込む。

 まるで亀の甲羅の様に貴族を重装歩兵の大盾で守るとペイロンは貴族の手を持ち肩の方へ回す。


「一時撤退するぞ。こりゃ、ヤバいぞ。」


 ペイロンの命令に全兵は同意するものの一人、膝をやられた貴族だけは怒って反論する。


「ふざけるなッ!! 奴らを殺せ!! 一人残らずだ!!」


 血眼になって怒りに燃え、斜め上の発言をする貴族にペイロンは堪忍袋の緒が切れる。

 貴族の顔面を殴りながらペイロンは叫ぶ。


「お前こそ、何をやっとるんだ!! 自身の兵を無下に殺して、それでも指揮官かッ!!!」


 その光景に部下たちは止めに入るが一度怒った兵士長ペイロンをどうにかすることはできずに突き返されてしまう。


 そこへ畳みかける様に王都防衛軍は突撃する。


 重装歩兵による密集陣形は、防御に特化している。

 並の矢では大したダメージを与えることはできない。

 だが、重装歩兵による密集陣形はそう易々とできる芸当ではない。

 幾人の兵が鍛えられ、信頼し合い連携することで初めてできる芸当。


 それを理解していた王都防衛軍は敵の弱みに付け込んだ。


 「ペイロン兵士長。敵、攻めてきます。」


 盾の僅かな隙間から監視していた味方の言葉で我に返ったペイロンは即座に撤退命令を下し、行動へと移す。


 密集陣形を取りながら徐々に後方へと下がる中、敵の王都防衛軍は逃がさないとばかりにしつこく迫る。


 「クソッ!!」


 漏らすようにペイロンは嘆く。


 敵の脅威は重々承知していたつもりだった。だが、現実は冷酷にも実力差を見せつける。


 密集陣形での交代は本来、ありえない。


 それは密集陣形は防御に特化した代わりに攻撃性と機敏性に劣るというデメリットがあるからだった。

 それを承知で、貴族を守ったのはペイロンであったが、部下の多くはそれを理解していた。

 だからこそ、貴族を助ける際には命令を下さずとも皆動いていた。


 だが、現状を打開することはできない。

 密集陣形を解けば、そこかしこに潜んでいる弓兵に狙われる。一方、密集陣形を解かなければ敵兵がこちらに向かって突撃してくる。

 もちろん、皆で迫る敵を迎え撃てば可能かもしれないが多勢に無勢には無謀にもほどがある。


 カンという衝撃音があちらこちらから選択を迫る様に鳴り響く中、ペイロンは決断する。


「密集陣形を解けッ!! 応戦するぞ!!」


「「「オオォォーーーー!!!!」」」


 声を荒げて士気を高める。だが、瞬間的に矢が雨の様に降ってくる。

 ほんの一瞬ほど先まで、声を上げていた仲間の口に矢が刺さり、バタッと勢いよく倒れる。

 しかし、それでもひるまずに前へと足を踏み出し、迫る敵を迎え撃った。


 それはまさにペイロンにとって博打のような戦いの始まりだった。



 建物の屋上という地の利を生かした戦いに、ペイロン達は徐々に敵の勢いに押される。

 正面は歩兵に任せて後方や死角からは弓兵による攻撃を繰り返す。

 一見してがむしゃらのように見えて実は統率がとれている。


 そんな特徴にペイロンは戦いの際中でそれらを見抜き、敵の大将を目で追うように探す。


 火災によって生まれた煙がすでに都市を包み込んでいたことで都市全体は薄い霧に覆われていた。


 僅かにわかるのは剣と剣が打ち合う剣戟音と死角より飛んでくる矢だけだった。

 目の前に兵が飛び出てくれば即座に斬っては進む。

 そんな、作業にも似た行動にペイロンは不思議と違和感を感じ取る。


 何かがおかしい。


 ペイロンの本能がそう告げる。

 幾多の戦場で必ず帰ってきたペンロンはその本能を信じる。

 

 市街地への攻勢はすでに各所で始まっていた。だが、なぜだか援軍が来なくなっていた。


 援軍といえば最初の貴族軍だけ。

 当初の作戦では援軍は随時投入され、数の武力の下、王都を占領するはずだった。

 なのに、すでに市街地へ侵攻してから数十分。援軍の知らせもなければ影も形もない。

 戦場での数十分は恐ろしく長い。

 そんな中、孤立無援で戦えばいくら強かろうと無謀に他ならない。


 そんな不安と疑念がペイロンを突き動かした。

 前衛を味方の兵に任せ、急ぎ一人で後退する。


 そして、気づかされた。


 「何が、どうなっているんだ。俺たちが来たときはこんなの無かったぞ。」


 目の前にあるのは瓦礫の山。

 越えられなくはない高さではあるものの鎧を纏い、敵前から逃げるには無理がある微妙な高さの瓦礫の山にペイロンは全てを悟った。


 援軍が来ないのは自身達がすでに敵の包囲の中にあるからであり、援軍はそれを知らない。

 援軍を求めようとも援軍が通る道がなければ来れるものも来れない。


 孤立無援となり絶望するペイロンの左肩に矢が突き刺さり、膝をつく。

 何処からともなく、射かけてくる敵にペイロンは思う。


 いつ、どうやってこの瓦礫の山を築けたのか。

 そして、なぜ自分たちは気が付かなかったのか。

 それだけがペイロンの脳裏を横切った。


 そして、膝をつくペイロンの背後に老兵が一人剣を構えて立つ。


「王の名の下に、貴殿を処する。」


 グサッと老兵の剣が自身の胸を貫通する。

 ペイロンは絶望し、声を上げようとするが肺が内出血で満たされ声を出すこともできない。

 最後にうずくまり床に倒れこむ中、自身を殺した奴の顔を眺める。


 白髪に白髭の老兵にどこか懐かしい父親の顔を思い出す。


 狩りの最後ほど危険なことはない————。


 最後の最後で、自身はそれを忘れていた。

 そのことに悔やむ中、王都の曇り空に手を伸ばす。


 老兵の背後には味方の兵が包囲されたのちに徐々に狩られていく姿が目に映る。

 自身の部下だけでなく、助けた貴族すらも敵の剣によって刺殺される。


 地形をうまく生かす戦いにペイロンはライバルを思い出す。

 かつて戦場で幾多にも渡りあった相手、その顔を思い出し、残った力で呟く。


「ディット……お前の勝ちだな……。」


 共に己の信じる君主のために剣を取った二人は、奇しくも同じ願いを持っていた。


 平和な世の中を願う故に戦場で活躍した二人はいつしか、ライバルと呼ばれた。


 戦場では競い合い、傷つけあった二人だが、息の合った連携は他を圧倒し、先王ウーサーでさえ、宴の時にペイロンとディットの連合軍を相手にするのは面倒だと語っていた。


 驕らず、侮らずに敵と対峙する。

 ペイロンは、死の瞬間までその言葉を誇りを持っていたが最後の最後でその言葉を不意にした。


 だからこそ、自身の最後にペイロンは神へと祈り託す。

 この戦いが終わっても、争いは終わらない。


 故に、願うのは平和な世の中を創り出す偉大なる者、争い、貶め合う人類を救える存在を……。




「クロードさん、敵兵全員、始末しました。次は?」


「作戦通り、西へ向かうぞ。急げッ!! 時間はもうそんなにないぞ!!」


 老兵のクロードはそういうと、足元で笑う男を見て呟く。


「お前さんたちがこの状態を起こしたんだ。なのに、なぜ笑ってやがる?」



◇・◇・◇


 建物の窓から神出鬼没に現れては矢を射かけてくる弓兵たちや歩兵による死角からの襲撃に翻弄されながらも王都のあちこちで王都防衛軍と侵攻軍はいがみ合い、殺し合う。


 そんな中、倒壊した塔によって天井と壁が崩落した謁見の間で三人は対峙する。


 今回の王都襲撃の実行犯であり、全てを陰から動かした謎の女性と対峙する白いフード付きコートを纏った女性、そしてこの国の支配者にして統治者のオルティア女王の三人は対峙する


「オルティア。その傷じゃもう持たない。下がって。」


 白いフード付きコートを纏った女性は女王になれなれしく告げる。


「ふざけないで、ここまで来たのよ。私たちは……。それが…………こんなところで諦められますか。」


 脇腹と足を刺され、すでに立ってるのが限界という中、剣を片手にティアラを被ったオルティアは自分を気遣ってくれた女性に言葉を返す。


 一人の女王として、また一人の当日者として、この場を離れ逃げるわけにはいかない。

 かつて自身が犯した間違いから目を背け、その責任を愛する娘に背負わせることなどできない。

 自分の死を覚悟している。だからこそ、ここで決着して終わらせてしまいたい。


 そんな些細な願いを胸に、オルティアは剣先を事の原因である悪女に向けて威勢よく告げる。


「ここで……決めます。」


 最後の力を振り絞って勢いよく飛び掛かる。

 その光景に、うたれる様に白いフードを纏った女性も同時に攻め込む。


 その光景に、元凶の女性は一人笑みを浮かべて、迎え撃った。


「終わりにしましょう。何もかも。あの時の様に……。」

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