#011 『 抵抗の意志 』

籠城という戦術において最低限必要なのは、兵や民の飢えを満たす大量の備蓄と使える井戸の数。

 そして、中でも最も重要なのは“援軍の知らせ”だ。


 一般的に籠城戦は兵站との闘いと思われるが実際にはそれ以上に己との闘いという側面が強い。

 それこそ名将が籠城すれば籠城戦は数年という長い時間をかけて行われるが、これらは食糧を的確に管理することができる能力があるのと将軍による兵や民へのメンタルケアがあるからだ。


 つまり、籠城戦というのは如何に敵軍の士気を下げ、自軍の士気を保つかが問われる。


 そして、それを決める一つの大きな要素が籠城側にとっての援軍の知らせであり、攻城側の兵站となる。


 援軍の存在は籠城した兵の士気にかかわる。

 兵の士気が低ければその分だけ降伏する気持ちや逃亡したくなる気持ちが芽生えてくるようになるのは必然なこと。


 そう言った感情はいかに堅牢な城に閉じこもろうが変わりはしない。

 それこそ意志の弱い人物をたぶらかし、命の保証と代わりに門を開けさせれば如何に堅牢な城であろうとも、いともたやすく陥落することは目に見えている。


 人類とは––––––––人とはそれほどまでに誘惑に弱い。

 故に、名将とされる人たちは籠城戦は積極的に取ることない。


 むしろ、それしかないときにしかとられることのない最後の防衛戦術だ。

 故に勝ち目のない籠城はただの無謀である。

 そしてそれは今回の王都襲撃も同じようなものだった————。


◇・◇・◇


 アルビオン諸島の主島であるグレートアルビオン島には古に伝わる遥か昔に建てられた巨大な壁を境に北部と南部に分かれていた。

 壁より北は天まで届くのではないかと思うくらいの高い山々がいくつもあり、壁より南はおかなどの段丘はあるものの比較的平坦で広い。

 そんな広大な南部を歴史上二度目の統一を果たした王国、イングランド王国は先王ウーサーによって築かれた。


 そんなイングランド王国王都ロンディニウムはその四方を長大な城壁によって守られていた。

 古の時代に存在しこの地を支配した大帝国が築き上げたとされるこの城壁は改築を重ね王都ロンディニウムの城壁として長く存在した。

 そして、幾度となく外界の勢力を弾き返しては王都を守り続けた。

 

 そのことから王都ロンディニウムは他の都市と比べて一線を画す聖なる場所とされてきた。


 歴代の王はそれ故にロンディニウムを目指し、ロンディニウムでの即位を何よりの誇りとした。

 ロンディニウムでの即位は光玉の女神達に認められた証————吟遊詩人は常々そう語る。


 人類の王が住まう都市、王都ロンディニウム。

 そんな都市にいまだかつてない危機が迫っていた————。



◇・◇・◇


 孤立無援となった王都の城壁で男は兵に命令を告げる。


「全兵、警戒を怠るなッ!! 弓兵は急ぎ配置につけ!! 他の者は襲撃の準備を急げ!!!」


「「「「「ハッ!!!」」」」」


「ッたく。一体、どれくらいの数がいるんだ。」


 城壁の上で命令を叫ぶ男こと、籠城において右に出る者なしと言われた最強の守護者ディットは吐き捨てる様に呟く。

 すでに総数が五千を超える敵は王都の包囲を完成させていた。

 各門前には歩兵と騎兵の混成集団に加えて、後方に予備兵力と簡易な陣が形成されていた。


 そして、王都の玄関口と言われる大門には敵の主力と思われる大軍が今か今かと侵攻の準備を整えていた。


「人っ子一人見落とすな。敵の数は多いぞ。」


 そう兵士に伝えて、ディットは腕を組み、顎髭を撫でながら一人考えこむ。


 すでに敵が集結してから数時間は経った。なのに、なぜ攻めてこない?

 もしかして、何かを待っているのか? それとも王都の城壁を破るための攻城兵器を作っていて攻め込めないのか?

 わからんな。どうも、敵の動きが読めない。奴らは一体何が目的だ?


 明確な答えが出ないまま、ディットは眼下に広がる敵兵を眺める。


 刹那、背後からドカーンという腹奥に響き渡るような重低音の轟音と共に強風に襲われ、ディットは床へと倒れこむ。

 即座にディットは倒れた床から立ち上がると音の発生源に視線を移す。

 するとそこには爆炎と黒煙に包まれる王城と炎上し、盛大な轟音を立てながら崩落する東塔の姿があった。


 城壁だけでなく王都全体が僅かに揺れ、王城近くにあった建物は音を立てながら崩れ始める。同時に王都のあちこちで同じような崩落と火災が発生し、王都は一瞬にして地獄と化す。

 王都のいたるところで起こる火災と崩落につられるように女性の悲鳴と子供の泣き声が次第に王都中で響いてくる。

 まさに王都中がパニック状態の中、その光景を兵士の幾人かは尻餅をつきながらおびえた様子で音と衝撃の発生源を眺めていた。



 そんな地獄のような景色の中、王城の崩落を見て、ディットは叫ぶ。


「いっ、いったい何がッッ!!」


 脳内での処理が追い付かないほどに立て続けに起こる出来事にディットは混乱し始める。


 だが、事態はそれだけでは収まらず、悪い方へと立て続けに物事は重なる様に王都を包囲していた敵軍は王城の爆破音と衝撃につられて一斉に攻撃を開始する。

 その行動を見て、ディットは悟るように理解する。


 敵は王城の爆破を知った上で今回の包囲を行っていた。

 奴らがすぐに攻めてこなかったのは、王城の混乱に乗じるため。


 あちこちで炎上し崩れゆく王都を眺めながらディットは悔しさと無力さ、そして元凶である敵に対する怒りによって、拳を握りしめ、奥歯をかみしめる。


 そして、感情を振り払うように怒りのこもった声で叫ぶ。


「弓兵、弓を構えろッッ!! 敵を迎え撃つ!!! 他の兵はできる限り王都の消火と王城へ行けッ!!」


 恐怖し怯えた兵たちを己の怒号で支配し力ずくで立たせ、死地に赴かせる。

 守ると決めた背後の王都はすでに敵の攻撃によって炎上し、人々は苦しみと悲しみの中を彷徨っている。

 だからこそ、これ以上の惨劇を起こさないように職務を全うしようとするディットに兵たちは不思議と恐怖の中、従う。


 大門側の城壁に配置した弓兵に弓を構えさせ、迫りくる敵軍を眼下にディットは号令をかける。

 一斉にして放たれた矢はまるで雨の様に敵軍へと降り注ぎ、敵兵を次々と射殺していく。


「「「「行け———ッ!!!!! 奴らを殺し尽くせッッ!!!」」」」


「「「「オオォォォォ—————!!!!!」」」」



 城壁へ梯子を掛けて登ろうとする敵に兵たちは石や熱した油を垂らし、進軍を留めさせるものの盛大な雄たけびを上げて、侵攻してくる敵に大した成果は上げられず、徐々に兵たちが敵の勢いに飲み込まれ、士気を大きく削がれる。



 王都襲撃の連絡を受けてから二日間。

 そのわずかな時間で作った籠城体制は果たしてどれくらい持つのか、正直ディットにはわからなかった。

 王都周辺の貴族に援軍を要請したものの、その返事は今だ返されていなかった。

 そんな不安と混沌が渦巻く中、戦端はすでに切って落とされていた。



 徐々に梯子から登ってくる敵兵が増える中、ディットは決断を迫られる。


 これ以上、城壁での戦闘は不利になる。

 ならば、ここは一時撤退し態勢を立て直すべきか、それともある程度敵の勢いが弱まるまで城壁で耐え忍ぶのか。

 幸いにも今だ、どの門も突破はされていない。

 王都の火災がどれほどの被害かはわからないがそれでも少なくない犠牲が出ているだろう。

 また、王城の方も気になる。原因はわからないが王城は今現在、最大の被害が出ている。

 加えて、女王の安否もある。王なくして国は成り立たない。

 兵の士気を高めるためにも、女王には生き残ってほしいが…………。


 城壁の上へとはるばる登ってきた敵兵の喉を切り裂きながら、ディットは思考する。


 兵の士気は侵攻直前よりは低いが敵に耐えられなくはない。

 だが、いろいろと敵に先手を打たれている。

 常に後手を取らせられていてはいつまでも戦の主導権を握ることはできない。


 そんな時に城壁の下にあった大門が徐々に開き始め、敵が雪崩れ込むように侵入してくる。

 ディットは門より侵入してくる侵攻軍を見て、激しく剣を打ち合う中、叫ぶ。


「総員、一旦引けッ————!!!」


 ディットの命令はすぐさま兵たちに伝わり、殿を務める一部の兵たち以外は一斉に城壁を降り始める。

 加えて、ディットもあらかじめ決められていた集合地へと走り去っていく。


 敵の逃亡に侵攻軍はさらに勢いを増し、城壁を攻略する。

 迫る市街地戦に備え始めるべく勢いは多少、弱まるものの依然として攻めの姿勢を崩すことはなく、次第に王都の防衛線が崩壊し始めた。




◇・◇・◇


 城壁を放棄し、市街地へと逃げ込んだディットは急いで後の防衛作戦を練るべく緊急集合地へと移動する。


 緊急集合地と称したこの場所は、半地下にある防衛軍の極秘施設だった。

 こうした極秘施設は王都のいたるところにあり、表面上はただの建物だが今回のような緊急事態には軍の緊急集合地としての役割を担う。


 そんな、極秘施設にはディットの他にすでに三十代を超えたであろう老兵が四、五人、若い兵が十数人と集まっていた。


 「みんな、集まったな。」


 そういいながら剣を鞘に納めるディットに若い兵がすぐさま鹿の革で作った水筒を手渡す。

 水筒から水をグイッと飲むとディットは手渡してくれた若い兵に水筒を返す。

 その際、小さく「ありがとな。」とだけ若い兵に告げるとディットはすぐにテーブルの上に広がった王都の地図を見る。

 

 そこには敵が侵攻してきた場所や規模などが簡易的に赤く記されており、自分たち防衛の情報も一部青く記されていた。


「すでに、北門、西門は破られており、南門は僅かに耐えてはいますがいつ敵に破られるか……。正直、検討が付きません。」


 分析に長けた若い兵がそういいながら地図を指さす。

 

 王都の作りというのは東西をテムズ川と言う幅の広い川がほぼ一直線に北側と南側で分断している。そのことから北側と南側でその様子は大きく異なり、様々な人々が南北を繋ぐ三本の大橋を中心に往来している。


 王城などの重要な施設や貴族の別荘、大商人が行き来したりするのは北側。

 南側には主に、住民の住宅地や一部軍事施設の兵舎や馬小屋などがある一方で、職人街や貿易所があり、一部の商人には好評で南側も北側に負けず劣らず繁盛していた。


 しかし、今回のような襲撃においては王都の南側は川幅が大きいテムズ川によって守られていた。


 南側や北側などのどちらが攻められても、橋を伝ってもう片方へ撤退し抵抗できる。

 王都の防衛は長らくそう考えられてきたが、王都を包囲されており、南側の門も破られる危険があるとなれば、大橋を壊すしかないという結論にすぐに至る。


「大橋を落とそう。北や西の軍勢が敵の本隊であるならば迫ってくる兵力は南側の方が少ない。急いで南側に移動し、南側から橋を落とす。そうすることで敵の大兵力はテムズ川を超えることなく南側の軍に集中し、各個撃破を可能とする。彼らの攻撃で北門と西門の城壁は崩壊している。南部から回っていけば、逆包囲できる。」


 自身の作戦を地図上でなぞるように説明する三十代の老兵にディットは的確で現実的な提案ではあるものの、難儀を示す。


「確かに……戦略としては申し分ないな。だが、南側では民の多くを非難させれないばかりか崩落する王城の近くを通らなければならない。あまりにも危険すぎるのではないか? それに敵の侵攻前に王城は攻撃にさらされた。それはつまり王城には敵の兵か裏切り者、そして特に考えたくないのが敵に魔法を操る他種族がいるかもしれない可能性だ。いかに精鋭な我々だろうとも民を守りながら天災のような他種族を相手にはできない。」


 一同が頭を抱える中、侵攻前に王城へ放しておいた若い伝令兵が転がり込むように極秘施設へ入ってくると自身が見てきた光景をすぐに話す。


「現在、王城にて異種族と思われる二つの人影が魔法にて交戦中。黒煙に包まれて、見えずらいですが……かなりの被害が予想されます。」


 報告する内容に自信を失いながらも伝令兵は己の役割を果たす。

 そんな、伝令兵の伝令にディットは王城の敵兵力についての予想を確信へと変える。



 異種族の存在————それは、人類にとって一種の“災い”ともいえる。

 魔法という未知の力によって文明を築き、力を得てきた異種族は人類とは対照的な場所に存在する。

 人類にとって魔法とは手を伸ばそうとしても決して届かぬ、夢の力であり嫌悪の力。


 圧倒的な破壊と暴力。それこそが人類が持つ魔法に対する考えだ。

 だからこそ、人々は魔法に怯え、ひれ伏す。それが未知ゆえに————。



「異種族同士の対立…………これはもはや、南区への避難は不可能でしょうな。」


 そう言いながら、茶髪の老兵は顎に手を当てながら告げるとディットは即座にあることを閃き、笑みをこぼしながら、否定の声を上げる。


「……そうとも、限らんさ。」


ディットの常識はずれな発言にあたりの兵たちは地図から顔を上げるとディットに視線を向けた。

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