第70話 神の子


 頭が小突こづかれている。


 まどろんだ意識が、その痛みに浮上する。


 こんこんとノックするようだったその衝撃は、徐々にその激しさを増し、そのまま頭をつかまれシェイクされる。あまりの激しさに目を開くと、目の前にさかさまの幼女の顔があった。


「なんじゃ? 起きておるなら早う起きんか寝坊助ねぼすけがっ!」


 俺はどこかに寝転がっており、意識を失っていたらしい。


 幼女はシェイクした俺の頭から無造作むぞうさに手を離した。


 床に後頭部こうとうぶをぶつけ、目の奥に火花がる。


「なっ――なんじゃこのガキはっ!?」


 俺が思わず起き上がると、そこはまた見たことのない景色だった。


 講堂こうどうのように広くたたみき詰められた和室。


 目の前には何も置かれていない祭壇さいだんがあり、そこに観音様かんのんさまが置かれていればてら内装ないそうに見えなくもない。


「それだけ元気があれば問題なさそうじゃのう?」


 やけに高圧的な態度たいどの幼女は巫女みこふくを着ており、その頭にも大層たいそうかんむりかぶっている。


 その顔は、しずくに似ていた。


わらわとお主は、初めまして、じゃよ」


 俺の思考を先回りしたかのように、幼女は言葉を続ける。


「お主から見れば妾の外見を雫だと思うのは仕方あるまい。それにしても、雫の自殺じさつ願望がんぼうを取りのぞく事で隕石魔人いんせきまじんを消滅させるとはたいした奴じゃ! 最後まで大儀たいぎであった」


 この喋り方と内容に加え、雫にうりふたつな外見の幼女。


「お前が、神の子なのか?」


 幼女は目を細め、尊大そんだい態度たいどでうなずく。


「ここは現世とあの世の狭間はざまじゃ。そこに妾の記憶の一部を再現しておる。本来、ここは何もない魂だけが彷徨さまよう空間なのじゃが、そこに領域りょういきを生み出すなど神である妾の力があってこその奇跡ということじゃ。妾にそれほどの労力を払わせたこと、光栄に思うがよい」


「……俺は、どうなったんだ? さっきまでの光景は何だったんだ?」


 神の子は薄くため息をつき、


「お主はあそこで死んだのじゃ。妾のもう一人の人格――雫の記憶があふれ出しておったのを見たのであろう。それは雫の記憶が空間に霧散むさんし、お主のたましい呼応こおうしたからじゃ」


「俺が、死んだ?」


 まるで実感がない。


 それじゃ、ここにいる俺は何なんだ?


 いや、それよりも……そこから導き出せる結果に、俺は目をせる。


「俺は雫を、助けられなかったのか?」


「ふっ。動揺どうようも分かるがのぅ。この世界は妾の力をもってしても安定させることが難しい空間であるがゆえに、少々時間がしい。端的たんてきに話すぞ?」


 神の子は俺に向かってニヤリと笑う。


「ここからが本題じゃ。妾が死んだはずのお主にわざわざ会いに来たのは、お主に聞きたいことがあったからじゃ。妾は、ずっと深層しんそうでお主と雫のやり取りを観察しておっての。そこで生まれた純粋な疑問じゃ。お主は雫のことを、どうして命をけるほどいておったのじゃ?」


 俺は、どうして?


 少し考えたけれど、そこに答えはなかった。


 そもそも、根本こんぽんからその問いは間違っている。


「人を好きになるのに、理由がいるのか?」


 ふふふふふふふ。


 神の子の笑いが大きくなり、にかっと笑う。


「なるほどのぅ。そうであれば――お主にとって全知全能の妾よりも、ただの人間である雫の方が大切やも知れぬ。実に愉快じゃ。その答えを妾は求めていたのかものぅ?」


「私にも一つだけ聞かせてもらえないかな?」


 背後からの声に振り返ると、そこには、


「アクア!」


 白髪はくはつの前髪をかき上げる魔術師の姿があった。


 しかし、アクアのその顔は、俺が出会っていたアクアのそれではなかった。


 声は同じだし、鼻が高くて切れ長の目という雰囲気は残っていたものの、その顔は女ではなく、間違いなく男のそれだった。


「私とも初めましてだね? ナル君には今まで迷惑をかけた」


「それが、アクアの本当の姿なのか?」


 アクアは笑ってうなずくと、神の子へと視線を戻す。


「復活した君はこの世界に何を望む? 君の願いを私に教えてくれないだろうか?」


「……なんじゃアクア? ここにおるということは、お主も死んでしもうたのか? 妾の補助をすると大口を叩いておったのはどこのどいつじゃったかのう? 全く、二代にだいそろって妾の期待を裏切りおって!」


 責めるような神の子の言葉に、アクアは眉を寄せる。


「本物の悪魔などを相手に勝てる魔術師なんていないさ。最悪のタイミングで私の半神はんしんも解かれてしまってね。こればっかりは天がイグニスの味方をしたとしか言えないよ」


 バツの悪そうなアクアの顔が面白かった。


 あのアクアでも、くやしそうな顔をするんだな。


「ふふふふふふふ」


 神の子はまた満足そうに笑って、


「妾の願い、の話じゃったか。そうじゃな? 人間界の頂点に君臨くんりんし、贅沢ぜいたくの限りを尽くすのも魅力的じゃし、妾の顔にどろを塗った魔術協会にもおきゅうえてやらねばならんと考えておった。しかし、辞めじゃ。アクアの父上にも世話になったことじゃし、アクアもついでじゃ」


 神の子が腕を伸ばすと、魔法陣が生まれる。


「耳をかっぽじって、よーく聞くがよい」


 その光の激しさは、魔法陣に込められた魔力の膨大さを伝えてくる。




「妾の、願いは――」

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