第66話 昼休み


 そこは、人気のない視聴覚室しちょうかくしつだった。


 しずくが一人で巾着袋きんちゃくぶくろを開き、弁当箱を広げる。


 黒板の上の掛け時計は十二時十分三十五秒。


 空気を入れ替えようとしたのか、雫は立ち上がるとカーテンと窓を開く。


 雫は何をするでもなく、そのまま窓から運動場をながめている。昼休憩が始まってすぐの運動場には誰も出ておらず、だだっ広いグラウンドと、それに負けない青空が広がっていた。


 窓辺でたたずむ雫のセミロングの黒髪が風になびいている。


 雫は吐息をらし――何かのぶつかる金属音を聞いた。


 音がしたのは食堂と校舎の間だ。


 雫は何の気なしにその方向へ視線を向ける。


 遠くてよく見えないけれど、髪を金色に染めた不良たちに、男子学生がからまれている。


「あっ」


 雫の声が漏れていた。


 揉めている生徒たちの前の渡り廊下に、過去の俺がいた。


 過去の俺は、揉める生徒達を見て、緊張するように固まっている。


 雫は、そんな俺の姿から目が離せなくなっていた。


 揉めている生徒たちは過去の俺に気付いていないようだった。彼らはほどなくして食堂の奥の方へと歩いて行ってしまう。雫が注視ちゅうしするその先で、過去の俺はくるりと体を反転して歩いていく。そのまま見ず知らずを決め込むように見えたが、それは違った。


 過去の俺はそこから飛び出すように走り出す。校舎の方へ走っていくのが見えたけれど、その姿は渡り廊下の屋根のせいで見えなくなってしまった。


 雫は、その先を確認するために駆け出した。


 視聴覚室の扉を抜けて廊下を超え、階段を降りていく。踊り場を通り過ぎ、一階まで降りたところで、昇降口の方へ走っていく船頭せんどう先生の姿が見えた。


「食堂の裏です! お願いします!」


 過去の俺の声に船頭先生は振り返ると、親指を立てて昇降口から出て行った。


 雫は一階の廊下、俺へと視線を向ける。


 過去の俺が廊下の壁を背にして息を整えている。


 雫はスカートのポケットに手をやった。ポケットにある携帯にはSTARスター LIGHTライトしたストラップが付いていて、雫はそれを握っている。


「よし」


 雫は小声で気合を入れた。


 不自然にならないように、ゆっくりと俺の元へ歩いていく。


 雫が目の前に立っても、過去の俺はまだ、気付いてすらいない。


「今の俺って卑怯ひきょうだよなぁ」


「そんなことない」


 顔を上げ、目が合った。




「――ずっと、見てたの」

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