第64話 瀧本


 足早に歩くしずくは、時間とともに生徒が少なくなっていく廊下を見てあせっているようだった。


 中空から生徒の減っていく廊下を眺め、俺はこれがいつの記憶なのかが分かった。


 これは、瀧本たきもとを探して俺と別れた雫の姿だ。


 あの時の俺は、誰もいない廊下を歩いていたら目立ってしまうし、このまま瀧本を探し続けるのは難しいだろうと考えた。そして、それは雫も同じだったらしい。


 雫は教室以外で、授業時間にいてもあやしまれない場所――保健室の扉をノックし、開けた。


 雫の考えは正しかった。


 保健室のベッドに、瀧本が座っていた。


 保険医の姿はない。恐らくどこかに出かけているのだろう。


 瀧本は扉を開けた雫を一瞥いちべつして、


「ごめん」


 そう口にして黙ってしまった。


 雫はそれに対して、眉を寄せながら瀧本に近づく。


「……話を聞いてもらえる?」


 雫が聞くと、瀧本はうなずいた。


「なんて言えばいいのか分からないけれど、大変だね?」


 雫は慎重に言葉を選んでいる。


 その緊張感きんちょうかんが、手に取る様に感じられた。


 しかし、それを見て瀧本はうつむいてしまう。


「今までは、人には見えない所で嫌がらせをされてたんだ」


 つぶやくような告白には、続きがあった。


「一言で言えば、いじめってヤツなんだと思う。最初は傘を無くしたんだ。でも、その時はまだ、虐めだとは思わなかった。でも、次の日、ぐちゃぐちゃに折られた傘が、僕の下駄箱に押し込められていたのを見て、それが誰かの悪戯いたずらなんだと気付いたよ。その次の日には、分かりやすく上履うわばきに画鋲がびょうが入ってた」


 何でもないことのように言う瀧本に、雫はひかえめに口を開く。


「誰かに相談したの?」


 瀧本はかぶりを振った。


「虐めを受けるのってさ? 受けてみたら分かるんだけれど、受けていることが嫌な以上に、虐めを受けているって事実自体がくやしくてみじめなんだ。僕はカッコよくもないし運動もできないから、虐められる理由も察しが付く。でも、それ以上に、虐めを受けているなんていう現実が格好悪いと思った。それを認めてしまうと、自分が弱くて、標的にされるような弱い人間なんだと認めてしまうような気がした。虐めを受けていると認められないから、だから、誰にも言えなかった」


 それはプライドのようなものなのだろうか。


 雫は瀧本の告白を聞いて、どう答えればいいのか迷っているように見える。


 でも、それは仕方のない事だと思った。


 その言葉は、安易あんいに認めてしまって良いとも思えない。


 それは虐めを受けた当人にしか、本当には理解できない感情だと思う。


「……でも、どうして、依代よりしろさんが僕を探しに来たの?」


 瀧本に見つめられ、雫は悩んでいる様だった。


 俺だったとしても、どう答えればいいのか見当もつかない。


「あのね、私でよかったら相談に乗るよ? 自分のクラスの問題は、気になるもん。それに、ナルだって相談に乗ってくれると思う。私もナルも、友達募集中だし?」


 その言葉は、正解だったのだろうか。


「ナル? 東條とうじょう君のことだよね? 僕は彼とは友達になれないよ」


 瀧本は目をせる。


 雫はそれを見て、焦って口を開く。


「花瓶のことなら、ナルは関係ないの! ナルは花瓶を片付けようとしただけで――」


「東條君が悪くないのは分かってるよ。これは僕の身勝手な逆恨みで、悪いのは僕さ。でも、僕はこの気持ちを押さえられない」


 雫は瀧本の言葉を理解しようとしているようだが、言葉が出てこない。


「僕への虐めが、いつ始まったのか教えてあげようか?」


 瀧本の声は震えていた。


「僕が虐められ始めたのは、僕が不良たちに食堂の裏へ連れていかれた次の日からだ。あの時、東條君が奴らを船頭せんどうに言いつけさえしなければ、僕は虐められなかったかも知れない」


 瀧本の言葉を聞いた雫は、眩暈めまいでよろけた。


 そんな雫の体を、瀧本が咄嗟とっさに支える。


 次の瞬間、瀧本の体は光の粒におおわれて、


疑似ぎじしんに恨みはないが、きらりん☆を呼び出すためのえさになってもらうのだ♪」


 ゆらりん♪へと変身していた。

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