第58話 悪魔


 アクアはそれに拍手はくしゅで答える。


 かんだよりの推測すいそくだったが、イグニスの答えは正しかったらしい。


「ご名答めいとうだよ。魔力を扱う魔術師にとって、修正力は避けては通れぬ問題だ。修正力を誤魔化ごまかしながら我々は魔術を発動するが、基本的に大きすぎる魔力は修正力によって分解され消滅する。つまり、どのような魔術も、修正力の影響を受けやすい濃度まで魔力を上げてやれば、等しく消滅するわけだ。私は今、疑似ぎじしんであるしずく君と魔力を共有している。その無尽蔵むじんぞうの魔力を借りれば、それは容易たやすい」


 イグニスは顔をしかめる。


「……もう少し魔力を加えりゃ、空間圧縮もお手の物じゃねぇか?」


 空間圧縮とは、修正力を超えた膨大な魔力が集まることで起こる――電波や光ですら抜け出せない高重力体が生まれる現象だ。例外なく全てを飲み込む空間圧縮が目の前で起きれば、人間など、またたく間に潰されて影も残らない。


「話が速くて助かるよ。私が本気になれば、イグニスの魔術だけではなく、イグニスの存在自体を消滅させることが可能だと言っているのさ」


 アクアと自分の扱える魔力差を考えて、イグニスのほおを冷や汗が伝った。


 今更になって、ゆらりん♪の口車くちぐるまに乗るべきではなかったかも知れないと思う。


 やはり、イグニスとアクアの間には、途方もないほどの魔力差が存在していた。イグニスはまだ生きているのではなく、アクアに生かされているのだと気づかされて胸糞むなくそ悪かった。


 だが、イグニスはまだ生きており、こうしてアクアと対面できている。


 つまり、理由はどうあれ、アクアにはまだイグニスを殺す意思はないということだ。


 それがただの気まぐれではない保証はなかったが、このままアクアを引き留め続けられるのであれば、東條とうじょうナルが疑似神を目覚めさせる可能性もある。このまま時間稼ぎをしているだけでも、勝機がないわけじゃない。


「べらべら喋ってくれてありがとよ。お陰で俺にも勝機が見えてきたぜ?」


 そんなイグニスの思考を読み取ったように、アクアは笑う。


「イグニスに勝機なんてないさ。最初からイグニスにできることといえば時間稼ぎぐらいのものだ。でも、残念ながらナル君は雫君を説得するどころか、その元へ辿り着けない」


「なぜそう言い切れる? あんな土人形ぐらい、きらりん☆の力があれば倒せるだろ?」


「くくくくくくく」


 アクアはおかしくてたまらないとでも言いたげに身をよじる。


「ナル君がイグニスを連れてきたように――私にも仲間がいるのさ。そして、ナル君が正義の味方であればあるほど、ナル君はアイツには勝てない。だから、イグニスが勝つためには、私を自ら倒すしかないというわけだ!」


「俺だって、このままやられる気はねぇんだよっ!」


 イグニスは、ふところから髑髏どくろの形をした水晶を取り出す。


「テメェの力が修正力なら、やることはソルムのジジィと同じだ。俺の魔力をテメェにいじらせないように、もともと水晶に貯めてある魔力を使えばいい!」


 イグニスが髑髏の水晶を放る。


 それは瞬く間に青い炎をまとい、その炎は眼球や角に変質した。


 首から下に向かって脊椎せきついが伸び、腕や足の骨格を生み出していく。人型のように見えるが、肩甲骨けんこうこつからは二対の細長い骨が伸びて翼を、尾骶骨びていこつは人間のそれよりもはるかに伸び、尻尾をかたどる。青い炎はうごめき続け、その全身には筋肉きんにく繊維せんいがひしめき合い、漆黒しっこくの肌と毛並みがおおう。


 そこに生まれたのは、体長が三メートルはあるだろう角の生えた悪魔だった。


「悪魔との契約――それがイグニスの切り札というわけか。……確かに、魔界の住人と張り合える魔術師など存在しない。半神はんしんとなった私に相応ふさわしい相手と言う訳だ」


 アクアは本物の悪魔を前にしても、薄く笑い続けている。


「五年もため込んだ俺の魔力をくれてやる。今度こそ、本当に燃え尽きな!」

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