第52話 ソルム


 赤くれたほおをさすりながら、ソルムはやっとのことで書斎しょさいへと辿たどり着いた。


 座り慣れた安楽あんらく椅子いすへと腰を下ろし、眠気を感じたところで携帯の着信に気づく。


 画面を開けば、イグニスからだった。


 教王きょうおうからの呼び出しではないことに安堵あんどし、通話ボタンを押す。


『アクアの力について教えろ!!』


 イグニスの大声に慌てて携帯を離す。


「まったくやぶからぼうじゃの」


 無礼ぶれいな振る舞いに通話を切ってしまおうかと思ったが、内容から察するに、イグニスは何かを始める気なのかも知れない。


 ソルムはそれが気になり口を開く。


「今のワシはアクアの敵でもなければ、イグニスの味方でもない。さきの戦いについてはウェントスから報告は受けておるじゃろ? それにワシはアクアとの死闘しとうから生還せいかんしたところじゃ。証拠に頬が痛くて仕方ないわい」


『ハッ! どうせ、お気に入りのメイド長サマの尻でも触ってビンタされたんだろうがっ! 早く話しやがれ! 今のアクアが魔術を無効化するって本当か?』


 ガサツなくせに鋭い奴じゃ。


 あの魅惑みわくの曲線を見ると、どうしても手が伸びてしまって困るわい。


「アクアの力は本物じゃよ」


『それじゃ、やっぱり俺に勝ち目はねぇのか?』


「それは――お主次第じゃ。半神はんしんとは言え、アクアの使う力はワシらの使う魔術と同類じゃよ。言うならば種も仕掛けもある。つまり、無効化するのにも必ず必要なタネがあるわけであり、それをくぐればイグニスにも魔術を発動することは容易たやすいじゃろう」


『……その仕掛けって、なんだ?』


 どう答えてやるべきか。


 ソルムは顎鬚あごひげをさすりながら考える。


「ワシはイグニスの味方ではないと言ったはずじゃが、聞こえておらんかったのか? ワシがイグニスだけに助太刀すけだちする義理はないのぉ」


『そんなことを言ってる場合じゃねぇだろ? 新たな神が生まれようとしてやがるんだぞ? このままじゃ新しく生まれた神と、教王きょうおうとのラグラノクになる。今のうちにアクアをどうにかした方が良いに決まって――』


「放っておけばよい」


『……なんでだ?』


 イグニスは察しが良いのか悪いのか。


 もう少し冷静な観察かんさつがんを持つべきじゃが、時間もあるまい。


 今回だけは特別に教えてやるとするかの。


「アクアはもう永くはない。進行具合から見るに、半神になってからずっとあの姿で過ごしておる。力に飲み込まれるのも時間の問題じゃ」


『なんだと!? ……それが、テメェがアクアに入れ込んでやがる理由か?」


 思わず笑みがこぼれる。


 これでアクアの決意がイグニスにも伝わったようじゃな。


「理由は知らぬが、アクアは命がけで何かを成そうとしておる。良いか? アクアの力は〝魔術の基本的な応用〟であり〝ウェントスの魔術が発動すらできなかったにも関わらず、ワシはどうして土人形を召喚できたのか?〟それがそのヒントじゃ」


『……中立なんじゃなかったのかよ? どうしてそれを俺に教えやがる?』


「ワシは人手不足の魔術協会から、有能な魔術師が減るのを食い止めたくなっただけじゃ。可能性は低いが、イグニスならば適任じゃろう。事の顛末てんまつを楽しみにしておるわい」


 ソルムはイグニスの返事も待たずに通話を切った。


 伸びをして安楽椅子から立ち上がる。


時間じかんかせぎぐらいはしてやるかのう」


 ソルムは教王の間へと足を向けた。

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