第51話 どうして?


 イグニスは背を向けたまま立ち止まった。


「お前たちみたいな素人しろうとならまだしも、魔術師が半神はんしんになっちまえば無敵むてきだろうが」


 ……ゆらりん♪は、何を言おうとしているんだろう?


 俺の視線に気付いたようだったけれど、ゆらりん♪はそのまま続ける。


「イグニスは、本当にアクアが無敵だと思うか?」


 イグニスはゆらりん♪に振り返ってにらむ。


「あのソルムのジジイですら退いたってのに、俺の出るまくなんかねぇよ。正確に言うなら、止めたくても止められねぇってのが実情だ。こっからは神レベルの戦いになる。俺にできることなんかねぇよ。――それが、違うってのか?」


「お前たちが力を合わせれば、疑似ぎじしん覚醒かくせいを止められるかも知れん」


「……その根拠は?」


「アクアが無敵なら、どうしてアクアは疑似神をかくまう必要がある? 本当に無敵なら、隠れる必要なんてないのだ♪」


 イグニスは舌打ちし、どかりと胡坐あぐらをかいた。


「もう少し詳しく聞かせろ」


「よかろう。だが、私にはきらりん☆にも話さなければならないことがある。だから、それを先に話すぞ」


 イグニスがうなずき、ゆらりん♪の視線が俺に向いた。


「貴様には話さないでくれと疑似神に頼まれていたが、私は貴様がそれを知らないままでいることが正しいとは思えんのだ。だから話す。疑似神が神になることについての詳しい説明を、貴様は聞いていないだろう?」


 俺がうなずくと、ゆらりん♪は続ける。


「疑似神は、今まで人間として生きてこられた。それは、以前の神の子としての記憶と人格を失って、新たに普通の人間としての人格を持っていたからだ。逆に言えば、疑似神が神になるにあたって最も不要なものは今の人格ということになる」


「……それって、どういう意味だ?」


「そのままの意味だろ」


 答えたのはイグニスだった。


「神の子が今まで人間でいられたのは、人間としての人格が、神の人格をおさえるストッパーになっていたからだ。神の子に戻るっていうのは、今の人格を過去かこの人格で塗り潰して、消滅させるってことなんだよ」


「――ちょっと待てよ!」


 俺はゆらりん♪に詰め寄った。


「人格を消滅させる? それって、死ぬのと何が違うんだ? でも、しずくはそれを自分から選んだんだぞ!? どうして自分からそんな事を選ぶんだよ!?」


「……疑似神が神になると決意したのは、自分の為じゃない。その理由の半分は、魔術協会に理不尽りふじんに封印された〝神の子〟の人格のため、そして、もう半分は――」


 ゆらりん♪は目を伏せる。


「私たちの力は、時限じげん爆弾ばくだんみたいなモノなのだ。アクアから、あまり力を使わないように約束されなかったか? 私たちはこの姿でいると人間からかけ離れていく。変身するたびに変質し、身体能力が上がっていく。しかも、疑似神の力は、それにとどまらない。例え私たちが変身せずに人間の姿でいたとしても、ゆっくりと人間ではなくなっていく。完全に術式に取り込まれたら、私たちは元の姿に戻れなくなるだろう」


 それを聞いて、船頭せんどう先生に渡されたコーヒーの缶を思い出していた。


 空になった缶は、少し力を入れただけで割れてひしゃげてしまっていた。


「私たちがこの姿でいられるのは、疑似神の記憶に『魔法少女マジカルきらりん☆』が存在しているからであり、疑似神の今の人格がなくなるということは、その記憶もなくなるということだ。そうなれば、私たちは疑似神の術式から切り離され、強制的に普通の人間に戻る」


 胸がどくんと脈を打つのを感じる。




「つまり雫は、俺のために消えようってのか?」


 


 ゆらりん♪がうなずいた。


「今の自分が消えれば、貴様を普通の人間に戻すことができる。それが疑似神の望みなのだ」


 ゆらりん♪が断言するけれど、それが俺には理解できない。


 最初からそうだった。


 隕石魔人いんせきまじんを前に震える足で立ち向かった雫の後姿が、頭に浮かぶ。


 どうして、雫はそこまでして、俺の事を助けようとするんだ?

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