第50話 イグニス


 俺たちは河川かせんじきに寝転がっていた。


「くっくっく」


 隣から特徴的な笑い声が聞こえてきて目をやると、ゆらりん♪が腹を抱えて笑っている。


 俺と目が合ったゆらりん♪は、目に貯めた涙を拭っていた。


 ゆらりん♪の腹の傷は、すでに彼女の治癒魔法で完治していて、


「くっくっくっくっく♪」


 無邪気むじゃきなその姿は、とし相応そうおうの少女にしか見えない。


「――お前らは馬鹿ばかなのか?」


 唐突とうとつ罵声ばせいに目をやると、そこには上質な赤いフード付きのローブを羽織はおり、右手に杖をたずさえる女性が立っていた。彼女は茶髪のショートカットで、赤いTシャツにショートパンツをいている。寒くないのかと思っていたけれど、ちゃんと上着を持っていたらしい。


 その赤いローブには、アクアと同じ金色の刺繍ししゅうが入っていた。


「正義の味方とはいえ、聞いてあきれるお人よしだぜ」


 彼女は気が強そうな三白眼さんぱくがんで、寝転がる俺たちを見下している。


 俺はその姿に驚きの声を上げた。


「お前は、さっきの迷惑女!」


「迷惑女って言うな! 俺はイグニスだ。命の恩人おんじんの名前ぐらい、しっかり覚えとけ」


「……イグニスってことは、つまり、あなたも魔術協会の?」


 俺が聞くと、イグニスは少しだけ眉を寄せた。


「なんだ? 俺の事をアクアから聞いてやがるのか?」


 聞いてはいなかった。


 しかし、ソルムとウェントスが現れた時に、〝イグニスはいないのか〟とアクアが聞いていたのを覚えていた。


丁寧ていねいに自己紹介してやると、俺もソルムやウェントスと同じで、教王きょうおうからアクアを止めるように命令された魔術師だ。って、俺の事よりも、自分の事をもうちょっと気にかけろよ?」


「……どういう意味だよ?」


 俺の質問に、イグニスは盛大せいだい溜息ためいきらして答える。


「お前はやっぱり馬鹿だろ? あんな強力な魔力がぶつかりあったら、それこそ魔術協会につつぬけだ。あんな魔力が観測されたら、危険きけん分子ぶんしとしてアクアの野郎と疑似ぎじしんよりも先に、お前らが始末しまつされてもおかしくなかったんだぜ? それにな? 部外者の俺から言わせれば、ありゃ完全にゆらりん♪の圧勝だろーがっ!!」


 イグニスに怒鳴どなられ、俺には返す言葉がなかった。


「魔力結界で部外者への被害ひがいおさえ、通信つうしん遮断しゃだんまでしくれたのは感謝する」


 俺たちの会話に、上半身を起こしたゆらりん♪が口をはさむ。


 そんな結界が張られていたなんて、俺は気づかなかった。


「――だが、あれは私の完敗だ。いはないのだ♪」


 ゆらりん♪の清々しい笑顔に、イグニスはまた口をとがらせた。


「ゆらりん♪が納得しているなら俺はいいけどな。それに、俺が結界を張ったのは、劇場版で叶わなかったきらりん☆とゆらりん♪の戦いを誰にも邪魔じゃまさせないためだ。そんな戦いをこの目で見れたファンとしての礼代わりだと思ってくれればいい。遠慮えんりょはいらねぇし、俺もやることないから帰るわ。大人しくしてれば魔術協会は一般人のお前らに手は出さねぇ。これから、お前らは魔術なんかに関わらずに生きてけよ!」


 イグニスはそう言って背を向けた。


 その背を見て、俺は本当に、これで自分のやるべきことが終わったのだと思った。


 しかし、ゆらりん♪は口を開く。


「イグニスは、アクアを止めたいとは思わんのか?」

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