第四章 ☆ きらっと対決でしょ♪ ☆

第44話 弱音


 俺は変身を解いて、公園のベンチに座っていた。


 雲一つない空は広く、自分の小ささが浮き彫りになるようだった。視界の端にはとが飛んできて、噴水ふんすい前に一羽ずつ溜まっていく。目の前にあるのは、ただの休日の、変哲へんてつもない、とてつもなく平和な日常だった。


 それらから目をそむけ、地面を見つめる。


 本当に、俺はもう何もしなくていいんだろうか?


 すっからかんの頭に浮かんでくるのは、そんな具体性のかけらもない気持ちだけだ。


 何も知ろうとしていないにも関わらず、俺は心の底で焦っている。何を焦っているのかも分からない。もしかすると、何もしないでいる事に耐えられないだけなのかも知れない。


 飛び去ったゆらりん♪の後姿が脳裏に浮かぶ。


 復讐といえば聞こえが悪いけれど、俺にはゆらりん♪が悪いとは言い切れなかった。


 当事者でない俺が、ゆらりん♪を止める事も正しいと思えない。


 それは、しずくに対しても同じだった。


 雫は最後に〝神になる事が自分の望み〟だと言っていた。


 そして、雫に記憶を戻し、神になることで、俺や滝本たきもとは普通の人間に戻れるらしい。


 雫が俺のために神になることを決意したなら、それに異を唱えることも違う気がした。神になるということが具体的にどういう意味なのかは分からないけれど、死ぬってことでもないだろうし、また一緒にいられるんだよな?


 ……やはり俺には、やるべき事などないのかも知れない。


 だから言ったのだ。


 俺は正義の味方じゃないと。


 俺がもしも正義の味方なら――いや、せめて、本物のきらりん☆のように誰かを助けられる強い心があれば、こんなところにいる暇はないはずだ。


 自分でもよくわからないまま、溜息ためいきが漏れる。


「溜息をつくと幸せが逃げるぞ?」


 声をかけられ、顔を上げた。


 俺の前には、思いもよらない人物がいた。


 その人物は、バカが付くほどの愛妻あいさいで、数学すうがくけん生活指導せいかつしどう担当であり、足が短いくせに走るのが速くて、竹刀しないで叩くよりもその剛腕で殴られた方が痛いと噂される筋肉質な三十六歳。


 自転車にまたがった船頭せんどう先生だった。


東條とうじょうの家ってこの近くか? こんなところで何をしてるんだ?」


「……何もしてません。船頭先生こそ、何をしているんですか?」


「そうか。いや、俺は……まぁ、お前と同じだ。何もしてないさ」


 船頭先生はどこか投げやりな感じで笑うと「少し待ってろ」と言い残して自転車を置いてどこかへ行った。戻ってきた船頭先生の手には、缶コーヒーが二つ握られている。


「ブラックと甘いのどっちがいい? ありゃ、コーヒー飲めなかったか?」


 不安そうに聞く姿が、その体躯たいくとちぐはぐで面白かった。


「甘いのをお願いします」


 俺は手渡された缶コーヒーを、ベンチの隣に座った船頭先生と並んで飲む。


 気付かないうちに喉がかわいていたみたいで、それはとても美味しかった。コーヒーを自分から買おうと思ったことはなかったけれど、考えを改めてもいいかもしれない。


「話をしてもいいか? 時間あるか?」


 船頭先生は目線を正面の噴水に向けたまま頭をかいた。


「何の話ですか?」


 俺の問いに、船頭先生は絞り出すように話し始める。


「瀧本がいじめられていたのを知ったのは、昨日が最初か?」


「……そうですけど?」


 俺が答えると、船頭先生は「東條とは仲がいいかも知れないって聞いてたんだけどな」と、頭をかいている。


「正直に言うと、俺は無神経だから、繊細な学生のケアは苦手だ。……ガキの頃にさ? 大人とか先生って奴は、もっと万能でどんな問題も解決できると思ってたんだが、俺は違うみたいだ。俺は俺の恩師のような教師になるために生きてきたのに、何をやってんだろうなぁ」


 大人の弱音を、俺は生まれて初めて聞いた。


「瀧本を探すヒントになるかも知れないと思って、俺なりに、瀧本がどんな虐めをされていたのかを調べた。そしたら、その証拠がたくさん出てきた。落書きされた教科書とか、画鋲を刺された痕のある上履きとか。でも、その虐めに気付いていたクラスメイトは誰もいなかった。恐らくだが、瀧本は以前から虐めを受けていたけれど、それを必死に隠そうとしたんだと思う。それぐらいしか俺には掴めなかったんだが、さっき瀧本の家に行ってきた」


 ひかえめに船頭先生の様子をうかがう。


 船頭先生は缶コーヒーを飲み干すと、空を見上げて続けた。

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