第42話 決着


「ソルム様!? やりすぎです!」


 ウェントスが地上から叫ぶが、ソルムの表情は変わらなかった。


「圧しつぶせ」


 ソルムの言葉が発せられた瞬間、丸い土の塊が振動しんんどうし、圧縮あっしゅくした。


 大気が揺れ、土煙が舞う。


 土のかたまりは三分の一ほどの大きさにちぢんで、ぐにゃりと形を変えていた。


「……マジかよ」


 俺の口から、思わず声がれる。


 ウェントスも手で口元をおおい、目をそむけた。


「これでは疑似ぎじしん所在しょざいが掴めません。何をされたのか分かってらっしゃるのですか?」


 しかし、ソルムにはウェントスの非難ひなんなどどこ吹く風だった。


「世界の広さを教えてやるのもいぼれの務めじゃ。それに疑似神の所在であれば、その小僧に聞けばよかろう? それよりも、いつまでお主らは抱き合っているつもりじゃ?」


 ソルムに言われ、ウェントスが俺の腕から跳ね起きる。


「本当にすみません!」


 ウェントスに謝罪されているけれど、俺はソルムの鋭い眼光に捕らえられて、身動きがとれなくなっていた。


 このまま俺もアクアと同じように、ソルムにやられてしまうのか?


「……ふむ?」


 そんな不安にられていた俺から、不意にソルムが視線を外した。


 ソルムの目線の先には、ひしゃげた土くれが浮いたままになっている。




 そのかたまりに、亀裂きれつが入った。




「残念だけれど、ナル君は何も知らないよ」


 亀裂は次第に大きくなり、ぼろぼろと土くれが崩れていく。


 その中から、笑顔のアクアが現れた。


「自らの精神エネルギーを水晶すいしょうだまたくわえて持ち運ぶことで、肉体に持ちうる以上の魔術を発動する訳か。なかなか興味深い」


 アクアが左手を持ち上げる。


 そのまま開いた左の手の中には、小さな水晶玉が山積みになっていた。


「そんな!? 対抗魔術が発動するような魔力は感知できなかったのに!」


 驚くウェントスの視線と、にらむソルムの視線がアクアに向けられる。


「……アクアよ。魔術すら使わずに、ワシの土人形をふせいだと言うのか?」


「以前のアクアなら、ソルム様の魔術に対抗などできはしなかっただろうね。しかし、私が半神はんしんに成った時点で、ただの魔術師でしかないソルム様では勝負にすらなりはしないさ」


「まるで化け物じゃな?」


 吐き捨てるようなソルムの言葉に、アクアは薄く笑う。


「その通りだ。それは誉め言葉として受け取っておこう」


「かくなる上は」


 ソルムの表情が、初めて怒り以外に変わる。


「くくく――ぐふふ」


 ソルムの小さな笑みは、次第に大きくなっていった。


「ぐふふふふふ、ほっほ。ほぉ――っほっほっほっ!!」


「ソルム様!? 大丈夫ですか!?」


 異様に明るい笑い声に、ウェントスが気の毒なぐらいにおびえていた。


「ほっほっほっ!! いや、すまぬ、すまぬっ! まさかアクアの小僧がこれほどの高みへ上り詰めておったとは思わんくての! 見上げた覚悟に度肝どぎもを抜かれておったわ! これほど愉快なこともあるまいて!」


 ようやく笑いの収まったソルムは、先ほどまでの眼光を取り戻していた。


「……ワシの完敗じゃ。このけんにワシはもう手出しせぬ。しかし、それでも戦うと言うのであれば、煮るなり焼くなり好きにせぇ」


「急にどうされたんですか!? どういう意味です!?」


 ソルムの降参宣言に、最も驚いていたのはウェントスだった。


「どうもこうもなかろう? お主は先ほどの見事な魔術を見ておらんかったのか? このまま本気で戦っても、ワシには勝機が見えぬ。ワシは勝てぬ戦はしない主義じゃぞ」


「し、しかし、教王きょうおう様にはどうご報告なさるおつもりで!?」


「ウェントスは真面目まじめな奴じゃなぁ? そもそもワシが受けた依頼は魔術師のアクアを止める事じゃ。すでにアクアは魔術師どころか人間ですらないわい。それにワシ抜きでウェントスが戦うと言うのなら止めはせぬぞ。……助太刀すけだちもせんがな?」


「そ、そんな屁理屈へりくつが通用するんですか!?」


 おろおろとするウェントスをしり目に、ソルムはまた豪快ごうかいに笑った。


「アクアよ、やらぬのであればワシは帰るぞ」


 その言葉を受けたアクアの顔からは、すでに見下すような笑みが消えていた。


 アクアは空中でひざを折り、ひざまずいてこうべれる。


「……数々の非礼ひれいをお許し下さい。お返しいたします」


 アクアはその姿勢のままで腕を伸ばし、手にある水晶の山を差し出している。


 その様子は、今までの饒舌じょうぜつとはまるで違った。


 俺にはその声が、本当にアクアから出たのだとは思えないぐらい別人に聞こえる。


「それはアクアの好きに使うが良い。助けになろう」


 ソルムは杖を振り、魔法陣を生み出した。


 魔法陣の中央に裂け目が生まれる。それは先ほどアクアが作っていた移動用の魔術と同じもので、ソルムはそのまま帰るようだった。


 アクアは顔を上げない。


「ご自愛じあいください」


「うむ。お主も長生きする事じゃ。時をて見えるものもあろう」


 ソルムはそれだけ言って、本当に裂け目の向こうに帰って行った。


 残されたウェントスが「私も戻りますっ!」と新たに魔法陣を作り出して後を追う。


 取り残されたアクアが中空で立ち上がり、ゆっくりと俺の所まで降りてきた。


「やはりソルム様は底の見えないお方だ」


 アクアは白髪はくはつをかきあげ、消えゆくソルムの魔法陣を見上げている。


「それにしても、やっぱり魔術師って奴は変り者しかいないね」

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