第40話 魔道戦記 アズバラン


「これでこの話は終わりだ」


 アクアは白髪はくはつをかきあげる。


 その視線は空へと向けられていて、その表情は、何か他の事を考えているようにも見えた。


 俺達は近所の公園のベンチに並んで座っている。


 大きめの噴水ふんすいとブランコだけがある公園には、休日だからかジョギングや犬の散歩をしている人の姿もあった。魔術師ですと言わんばかりのアクアの恰好かっこうに注目が集まっているが、アクアはそれに気づいているのだろうか?


「……その神の子が、しずくなんだな?」


 アクアはうなずく。


「私とゆらりん♪君の行っている儀式とは、雫君に過去の記憶を戻し、雫君を神へと昇華しょうかさせる魔術だ。そして、雫君が神へと昇華したいと願っているのは、ナル君のためさ」


「……俺の、ため?」


「それも説明しておこう。ところで、ナル君は魔術が精神エネルギーを変換することで発動すると言ったのを覚えているかな?」


「ああ」


 その話なら覚えていた。


「精神エネルギーって奴は、人によって潜在せんざい量が違うけれど、一人に内在している総量なんてものは五十歩百歩で、とてもじゃないが一人で二人分の精神エネルギーをまかなうのは不可能なんだ。しかし、高度な魔術の発動には、相応に膨大ぼうだいな精神エネルギーが必要になる。そのために高度な魔術は多人数で行うのが基本だが、それをくつがえすために精神エネルギーを効率よく他者から集める方法がある。それは、他者に祈りを捧げさせることだ。祈りとは、気持ちや願いを他人へと届ける行為であり、それは精神エネルギーの譲渡じょうとに他ならない。力の方向は違うけれど、呪術も同じような原理だね」


 息を薄く吐いて、アクアは目を細める。


教祖きょうそを名乗った魔術師が神を生み出そうとした理由はそれだ。神を自称することで他人の精神エネルギーをたくわえ、それを変換して神の力を発動する。にかなった方法だと思うよ」


「……でも、記憶が封じられたから、雫は魔術を使えなくなったんじゃないのか? 雫はまだ、記憶が無くなったままだろ?」


「ナル君の言う通りだ。魔術協会もそう勘違いしていたから雫君を野放しにしていたし、その存在を誰にも知らせないために記録すらも抹消まっしょうした。だけど、十年の時を経て、想定外の出来事が起きた。雫君は記憶が消えたことで魔術は使えなくなったが、他人から蓄えられた精神エネルギーが失われたわけではなかった。そして、教祖や神の子を失ったにも関わらず、雫君を崇拝すうはいする新興しんこう宗教しゅうきょうは消滅していなかったんだ。結果、記憶を失った雫君には、精神エネルギーが蓄積ちくせきされ続けた」


「そして、限界を超えたと言う訳かのぅ?」


 俺はその声に顔を上げた。


 いつの間にか、アクアの見上げている中空に、二人の魔術師が浮いていた。


 その二人は、それぞれアクアと同じように上質な金の刺繍ししゅうほどこされた色違いのローブを着て、杖をたずさえている。


 一人は腰の曲がった老人で、茶色のローブに包まれたしわくちゃな顔から鋭い眼光がんこうを放っていた。対照的に、老人の隣に立っている丸眼鏡をかけた若い女性の魔術師は、緑色のローブを羽織はおっており、困惑するように眉をひそめている。


「ナル君に私の同僚どうりょうを紹介しよう。茶色いローブのお爺ちゃんがソルム様で、隣の若いお姉さんがウェントスだ。せっかくおとりをしているというのに、奇襲もしないとは私をめているのかな? それにイグニスはどうした? イグニスの遅刻ちこくぐせはまだ直ってないみたいだね?」


 アクアは薄く笑いながら立ち上がると、


「それにしても、ソルム様はやはり話が速い。ナル君にも分かりやすく例えるなら、今の雫君は圧力の溜まりすぎたボンベのようなものだ。安全あんぜんべんって知っているかい? 限界を超えた圧力を本体が破裂する前に抜く機構なんだけれど、君の出会った隕石魔人いんせきまじんやレンジャー、それに瀧本たきもと君の変身したゆらりん♪君、そして、ナル君自身のきらりん☆への変化。その全てが生み出された理由は、雫君から魔力がれ出したためだ。雫君が原因ではあるが、今の雫君には記憶がないために魔術を操ることができない。雫君が神になろうと決意したのは、巻き込んでしまったナル君を、普通の人間に戻すためなのさ。まったく泣ける話だろ?」


「その対象になっているのは、彼らだけではないでしょう?」


 話に割って入ったのは、ウェントスだった。


「その饒舌じょうぜつっぷりは変わっていないようですが、あなたは本質が変わり果ててしまったのですね。あなたは、いつから女性になったのですか?」


 それを聞いて、アクアは声を上げて笑い出した。


 可笑おかしくてたまらないとばかりに身をよじり、腹を押さえる。


 ようやく笑いが収まったアクアの目には、獰猛どうもうな獣を思わせる光が宿っていた。


「私はすでに性別なんて些細ささいくくりにとらわれる存在ではない。ナル君には黙っておこうと思っていたんだが、私が魔術協会から雫君の元へ寝返った理由がこの姿という訳さ」


 アクアは俺を見据みすえて続ける。


「私は『魔道まどう戦記せんき アズバラン』に登場する魔導士の一人だ。作品は違うけれど、私もゆらりん♪君と同じ、雫君に呼ばれた別世界からの転生者ということさ」


 ふわりと浮いていくアクアの姿を見上げながら、妙な静けさに違和感を覚えて周りを見渡した。先ほどまでにぎわっていたはずの公園には、いつの間にか誰の姿もない。


 車の排気音や街の喧騒けんそうも、何もかもが遠く、いや、聞こえなくなっている。


「そして、私はナル君や瀧本君のように一般人ではなく、もともと魔術師であったアクアを媒体ばいたいに転生した。この意味が解るかな? 私はこの世で、最も神に近い人間というわけさ」


 まるで、世界から切り取られてしまった様な静けさだった。


「人避けの結界も準備できたし、いつでもかかってきなよ? 実はこの力を試せる相手とはまだ出会えてなくてね。ああ、安心したまえ。命は取らないように手加減してあげるからさ」


「……あらためるのであれば、教王きょうおう様もお許しになるでしょう。しかし、これ以上は魔術協会への反逆です。それはアクアが最も嫌っていた行為ではなかったのですか?」


 目を伏せるウェントスの問いに、アクアは鼻で笑う。


「そう思っていたのはウェントスだけさ。魔術師の本質を量ることなどできはしないよ?」


 アクアの余裕の笑みに、ソルムは我慢ならないようだった。


「カエルの子はカエル。ただそれだけの事じゃ。ウェントスは見ておれば良い」


 ソルムが杖を上げるが、ウェントスが一歩前に出る。


「私が説得しますから、ソルム様はお待ちください!」


 ソルムはアクアを睨みつけたままだったが、そのまま杖を収めた。


「思う存分、私を説得してくれたまえ」


 アクアの声に、ウェントスが身構える。


「行きますよ!」


 ウェントスが動いた。

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