第37話 雫が?


「ああ、こいつはレンジャーって言ってな! STARスター LIGHTライトを直してくれたんだ!」


 俺の言葉に、なぜかアクアは目を細めた。


「失礼するよ」


 アクアは器用に窓を抜けて、俺の部屋の中に着陸する。


 その足は靴下で、いつものブーツは脱いできてくれたらしい。


「目的は達成できたかな?」


 レンジャーの頭をでていたしずくが、ようやくアクアに視線を向けた。


「……もう、そんな時間ですか?」


 雫が目を伏せる。


「ナル君にはすまないと思ったが、これも雫君の希望でね。最後までナル君には話さないようにと言われていたんだ」


「二人は、何の話をしているんだ?」


「……彼を見て、ナル君にも思う所があるんじゃないかな?」


 アクアの言葉は、俺の疑問にまるで答えていなかった。


 アクアはそっと指先で円を描く。


 アクアの指先をなぞるように、描いた中空には青い線が残り、それが魔法陣へと変わっていく。アクアはその魔法陣の中心をつらぬくように指を伸ばした。


 その先にいるのは、雫に抱かれたレンジャーだ。


『私ハ目的達成ヲ致シマシタ。アナタノ願イモ叶ウト良イデスネ』


 アクアは首を横に振った。


「私は疑似ぎじしんまもり、覚醒かくせいさせるために来た。君に応援されるのは気が引けるな」


 レンジャーは考えるように間を開けて答える。


『ドチラニころブニセヨ、我ラガ神ヲ、オ願イ致シマス』


 アクアとレンジャーの会話も、俺には理解できない。


「……ところで、彼のかくは何だい?」


「核?」


 突然問いただされて、俺は眉を寄せる。


「彼を生み出した元の存在があるはずだ。何が変化して彼は生まれたんだい?」


「それなら、私の枕です」


 雫が答えると、アクアは安堵あんどするように薄く吐息をらした。


「無機質か。不幸中の幸いとでも言うべきだろうね。しかし、隕石魔人いんせきまじんの時にも驚いたけれど、まやかしの命にここまで自我を持たせるのは並みの魔術ではないな。彼には悪いけれど、不確定要素は排除させてもらうよ」


 アクアは魔法陣しに伸ばした手でレンジャーを掴む。


 レンジャーはアクアに引っ張られ、魔法陣を抜けると――普通の枕に戻っていた。


「さて、雫君の精神的負荷に関わらず創造が行われたということは、残された時間もないと言う訳だ。すぐに儀式を始めるよ」


「……はい」


 雫はうなずいているが、俺は納得できなかった。


「ちょっと待てよ!」


 雫とアクアの間に立つが、アクアは目を細めて口を開く。


「私は最初に言ったはずだよ? 君達にかかった魔術の元凶である魔術師を見つけて始末しまつするとね。ナル君もここにいたのなら見たはずだ。いや、最初からナル君は気付いても良かったはずなんだ。隕石魔人が生まれた時、ナル君や瀧本たきもと君が変身した時、さらに言えば、先ほどの彼を生み出した人物に」


 俺は困惑した表情で、雫の方へと顔を向けた。


 雫も俺と同じように眉を寄せていた。


「――雫が?」


「黙っていて、ごめんなさい」


 雫は頭を下げた。


 雫のつむじを見ながら、どこか嫌な予感がする。


「私のせいで、このおかしな現象は起きていたの」


 雫は顔を上げたが、その硬い表情は変わらなかった。


「ナルは私を守ってくれていたのに、その原因が私だってことを、私は自分で言い出せなかった。今まで迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい」


 泣きだしそうな雫に、何も答えられない。


「雫君も、好き好んでそんな体質になった訳じゃないからね。許してあげてくれ」


 そう言うアクアに向き直り、俺は口を開く。


「……雫を、始末するのか?」


「それが私の日本に来た、本来の目的だった。魔術協会は自分たちが管理できる魔術師以外の存在を恐れている。だからこその命令さ。しかし、状況が変わってね」


 アクアは杖を持ち上げる。


「私の今の目的は、雫君を無事に神へと覚醒させることだ。ナル君への説明は、儀式をしながらでもできるから後回しにさせてもらうよ」


 アクアが杖の先で大きな円を描くと、先ほどと同じように魔法陣が浮かび上がる。


 その魔法陣の中央にけ目が生まれた。


 その裂け目は人が入れるぐらいの大きさで、その向こう側には別世界が広がっていた。


 そこはどこかの荒野で、岩がごつごつと並んでいる他には植物もない。山によって地平線までは見えないけれど、人工物は見当たらなかった。


 俺を置き去りにして、アクアは口を開く。


「ゆらりん♪君には向こうへ行ってもらっている。儀式と言っても私はゆらりん♪君の力を借りるだけだから、雫君はゆらりん♪君の指示に従ってくれ」


「……アクアさんは来てくれないんですか?」


 雫の言葉に、アクアはうなずく。


「魔術協会に狙われているのは事実だが、この空間にも人避けの結界をほどこしてあるんだ。雫君の所在しょざいを探るためには探索用の魔術を使うしかないが、その魔術を使うことで私にもその術者の居場所がわかる。つまり、私は結界の外にいた方が魔術協会の出方を探りやすい。それに、ナル君への説明もあるしね。覚醒の瞬間には立ち会うから安心してくれ」


「……わかりました」


 そう口にして、雫は躊躇ちゅうちょしながら魔法陣の裂け目へと歩いて行く。


 そんな雫の後ろ姿は、視聴覚室から走り去る姿を思い出させた。


「雫っ!」


「……なに?」


 雫は振り返ってと小首をかしげている。


「雫は、それでいいのか?」


 何も事情が分からなくて、俺に聞けるのはそれだけだった。


 でも、雫はうなずいて、


「これが私の望みなの。今までありがとう」


 そう笑っていた。

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