第35話 語りたい


 俺は『魔法少女マジカルきらりん☆』のDVDパッケージ裏から顔を上げた。


 思わずこめかみを押さえる。


 ……ツッコミが追いつかねぇ。


 深呼吸をして、パッケージの裏をにらむ。


 なんだこの悲壮ひそうかんあふれる導入部は? っていうか社畜になるにしても六十時間以上の残業代がカットってことは、そもそも六十時間以上も残業するってことだろ? 日本の社会ってそんなに厳しいの? マジで? っていうかそれを魔法少女が解決するって意味わかんねぇぞ?


 最初は、そう思った。


 俺は幼少期に観たきらりん☆のことなんてすっかり忘れていたし、魔法少女モノのアニメに熱狂することは恥ずかしいと思っていたのも事実だ。


 だけど、一期を観終わった俺に、そんな色眼鏡は存在しない。


 むしろ語りたくすらある。


 だってよ? 毎月百時間以上の残業を続けるモブの根岸ねぎしさんの悲壮感たるや、涙なしでは見られねぇぞ? 追い詰められて「死んだら出勤しなくていいや」って思いにりつかれる人間を見たことあるか? そんな現実をぶっ壊してくれる魔法少女だぜ? 


 しかも、どれだけ理不尽りふじんに追い詰められても、きらりん☆は諦めずに戦い抜いていた。


 その戦いぶりに、魂を揺さぶられた。


 好きにならない方がおかしいだろ?


 俺がそんな感慨かんがいにふけっていると、トイレからしずくが戻ってきた。


 俺は自分の部屋に雫がいる事実を前に、改めて気恥ずかしさというか、むずがゆさを覚える。


 そんな感覚の中心にいる雫は、なぜか上機嫌だった。


「何を笑ってんだよ?」


 雫は笑って、


「妹さんって、可愛いなって」


「……俺に妹がいるって話したっけ?」


「えっと、違うの。隣の部屋、ひなって名前がかかってたよ? なんとなく、妹さんの部屋なんじゃないかなって」


 よく見てるな、と思う。


「妹なんて鬱陶うっとうしいだけだぞ?」


 俺の否定的な言葉に、雫は首を振る。


「そんなこと言っちゃ駄目よ。私に兄妹がいないからうらやましいのかも知れないけれどね」


 雫の言葉に、また考える。


「雫の家族の話って、初めて聞くよな?」


 雫はうなずく。


「私には兄弟どころか、両親もいないの」


 続きを聞いてしまっていいのか躊躇ちゅうちょする。


「一人暮らしなのか?」


 雫は首を横に振って、


「私、今は叔父おじさんと二人で暮らしているの。交通事故にあって、両親は二人ともいなくなっちゃった。それも小さい頃だったから、その顔も写真以外では覚えてないんだけどね」


 雫はうつむいてしまう。


 そんな雫を見て、俺が言葉を探している間に――雫がよろめいた。


 雫は床に倒れなかったものの、額を右手で押さえて扉にもたれかかる。


「大丈夫か!?」


 思わず近づくが、雫はかぶりを振った。


「ちょっと眩暈めまいがしただけだから」


「顔が真っ青だぞ!?」


 雫は笑顔こそ作っているけれど、その顔は血の気が引いていて、白い肌には大粒の冷や汗が浮かんでいた。そこまで急に体調を崩すことが〝ちょっと〟なわけがない。


「とりあえず、横になるか?」


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないって!」


 遠慮えんりょする雫を、俺は構わず自分のベッドに寝かせることにした。


 しぶしぶ横になった雫は、それでも体調が悪そうだった。


 眉は八の字を描いているし、吐息は荒い。


「病院に行くか?」


 雫はそれにもかぶりを振った。


「これはその、病気じゃないの。少し休めば、治る、から」


 本当だろうか?


「何かしてほしい事とか、あるか?」


「それなら」


 雫は寝たまま視線を動かす。


 その先には、雫のスーツケースがあった。


「あの中に枕があるの。私、自分の枕じゃないと眠れないから、取ってくれない?」


「待ってろ」


 俺は雫のスーツケースのふたを開ける。


 スーツケースに鍵はかかっておらず、中にはマジカルきらりん☆のDVDケースが沢山詰められていて、その横に小さな枕が入っていた。さすがに着替えは入ってないけれど、泊まれるなら本気で泊まる気だったのかも知れない。

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