第32話 観察


 兄の部屋は、ひなの部屋の隣だった。


 いつもはゲーム音などが聞こえてくるから嫌だったけれど、今回ばかりはそれに感謝せざるを得ない。これ以上に二人の様子を観察しやすい環境などないだろう。


 先ほど、兄が彼女を自室に案内していた。


 その後、兄が飲み物を取りに行ったきり、二人は兄の部屋から出る様子はない。


 壁に耳を張り付けてみれば、二人の談笑する声が聞こえてくる。


 二人は打ち解けている様子で、それなりに楽しそうだ。


 そして、兄が今朝に言っていた〝家で勉強する〟というのは嘘ではなかったらしい。


 二人は何かの映像を再生しながら勉強しているらしい。今のところ二人に不審ふしんな点はなかったが、唯一ゆいいつ気になったのは、その再生している映像の内容だ。


 聞こえてくるテーマソングから察するに、その映像は『魔法少女マジカルきらりん☆』だ。


 これは自分のイメージでしかないけれど、付き合った男女が二人きりで観るのなら、ラブロマンスとかホラーモノの映画とかが定番なんじゃないだろうか? 兄には魔法少女が好きな趣味はなかったと思うし、なぜそれをチョイスしたのかが分からない。


 それにも関わらず、彼女はそれを楽しんで観ているようだった。もしかしたら、この映像は彼女の趣味なのかも知れない。


 変な趣味の女だと思う。


 扉が開く音がした。


「一階の廊下の突き当りだから」


 兄の声が、今までよりはっきりと聞こえる。


 おそらく、彼女はトイレへ行くのだろう。


 雛はそれを、絶好の機会だと思った。


 まだ自分には恋愛経験がないけれど、恋は人を盲目もうもくにさせると聞いたことがある。空気の読めない短所こそあるけれど、良い所のない兄ではない。しかし、現実的に考えるのなら、あのレベルの美人と兄が恋人同士なのは不自然だと思う。


 良い話には間違いなく裏がある。


 そこまで考えるのであれば、彼女の目的が見えてくる気がした。


 例えば宗教の勧誘とか、高額商品を売りつけるのが目的とか。


 雛は音をたてないように自室の扉を開き、廊下をのぞく。


 二階の廊下には誰もおらず、兄の部屋の扉は閉まっている。


 足音が階段から聞こえてきて、彼女が一階へ降りていくのが分かる。


 慎重しんちょうに歩けば足音も立たないだろう。


 雛はゆっくりと廊下を進み、階段の下を覗く。


 ターゲットは警戒心もなく階段を降り続けている。廊下を降り切った彼女が、不意に立ち止まった。彼女は一階の廊下で辺りを見回し、玄関の方へと歩いていく。


 それを見て、頭に疑問が浮かんだ。


 兄の説明通りに、うちの家は一階の廊下の突き当りがトイレだ。彼女がトイレに行くのであれば、玄関とは逆方向になる。先ほど聞いた言葉を忘れた訳でもあるまいし、彼女は一体、何をするつもりなのだろう?


 雛はゆっくりと階段を降りていく。


 玄関から、鍵を開ける音がした。


 階段を降りると、雛は慎重に廊下へと顔を覗かせた。


 後姿の彼女は靴をいており、玄関の扉を開いている。


 彼女がそのまま外へと出て行ってしまって、雛は呆気あっけにとられた。


 帰ったのだろうか? こんな急に?


 疑問が頭に上っているけれど、それに追い打ちをかける出来事が起きた。




 玄関の扉の鍵が、外から回転して閉まったのだ。

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