第29話 待ち合わせ1


 現在時刻は午前八時二十五分三十六秒。


 満谷みつたにえきは数年前に改装を終えたばかりの真新しさの残る駅だ。休日だからか改札へ向かう人の姿は多いが、バスが出た直後らしく、駅前のバス停のベンチには誰も座っていなかった。


 俺はそこに腰を下ろし、携帯を取り出す。


 家までむかえに行くと言ったのに、しずくは「駅前で集合したい」と言った。


 理由を聞くと、雫は「そのほうがデートっぽくない?」などと意味不明な供述をし、取りつく島もなく俺はそれを受け入れた。八時半に駅前で集合に決めたけど、北口と南口のどちらで待ち合わせをするのか決め忘れていた。


 携帯の電話帳を開く。


 依代よりしろ 雫


 俺の携帯に、雫の電話番号が登録されている。


 理由は分からないけれど、その事実は俺の心をくすぐっていて、たまらず身をよじってしまいそうになる。俺は深呼吸の後、慎重にその電話番号を押――そうとして、携帯が震え出した。


 慌てて画面を見る。


 依代 雫


 そう表示された画面は、着信中と続いている。


 通話ボタンを、押す。


『もう着いてる?』


 俺とは真逆な、気の抜けた雫の声だった。


「着いたとこだよ。雫は?」


 俺は答えた後に、気付かれぬように電話口を離して深呼吸した。


 これはデートではない。


 二人で待ち合わせをして、自宅でテスト勉強をしながら『魔法少女マジカルきらりん☆』を観るだけだ。お家デートという単語が浮かぶけれど、そんな甘酸あまずっぱいイベントが俺の身に降りかかるはずがない。緊張する要素など微塵みじんもない、はずだ。


『もうすぐ北口のバス停だよ』


 北口はここじゃないか。


 そう思って顔を上げると、道路をはさんだ向こう側に、私服姿の雫が携帯を耳に立っていた。俺が腰を上げて片手を振ると、その姿に気付いた雫は、通話を切って手を振ってくる。


 ぱたぱたと横断歩道を渡ってきた雫は、


「ナルって、そういう服を着るんだね」


 俺の姿をまじまじと見つめてくる。


 瞬間的に自信が持てなくなった。


「俺の服って変?」


「ううん。制服じゃないのが新鮮しんせんだっただけ。似合ってる」


 有事ゆうじのために私服を買っておいてよかったと思う。


 一張羅いっちょうらを選んでくれた妹のセンスは間違っていなかったらしい。


「そういう雫こそ、似合ってるぞ?」


「あ、ありがと」


 れて小声になる雫の姿は、見ていて恥ずかしかった。


 雫は紺色こんいろのワンピース姿だった。


 そのワンピースは胸上からそでにかけて白色のレースになっている。両腕の白い肌が透けて見えていて、それは俺にとって太陽よりもまぶしい。俺が思わず目をらした先には、雫が手で引く小さめのスーツケースがあって、それが気になった。


「大荷物だけど、けっこう時間かかるのか?」

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