第三章 ☆ きらっとお家デートでしょ♪ ☆

第28話 東條 雛


「ちょっとお兄ちゃん!? 口を付けて飲まないでって、いつも言ってるでしょっ! 昨日だって洗面所に制服が脱ぎ散らかしてあったから邪魔じゃまでしょうがなかったし、あんな嫌がらせされたら歯も磨けないし、顔だって洗えないから同居人の困り度マックスなんだけど!?」


 俺は冷蔵庫からペットボトルを出し、そのまま飲んでいたところでひな逆鱗げきりんに触れていた。


 雛はショートカットを怒りに震わせながら、小さい胸を張って俺を睨みつけていて、俺は悪いとは思いつつも反論してみる。


「レモンティは俺しか飲まないからいいだろ?」


「……私だって、たまには飲みたい日があるもん!」


「俺が買ったレモンティだぞ?」


「うるさい! 下品な事には変わりないじゃん! 辞めてったら辞めて! 私の堪忍袋かんにんぶくろにも限界はあるんだからね!?」


 随分ずいぶんと容量の少ない袋だな。


 そう思っても口にはしない。


 なぜなら、知っていて地雷原に飛び込むのはバカのやることだからだ。


 しかし、妹を相手に素直に謝るのもしゃくさわる。そんな風に考えていると、


「時間もないんだし、ひなちゃんもそれぐらいにしときなさい。ナルもやっぱり一緒に行かない? お婆ちゃんもお爺ちゃんもナルの顔を見たら喜ぶのに」


 口をはさんだのは、身支度みじたくを整えている母だった。


「お母さんはお兄ちゃんに甘いんだから口を出さないで! お母さんだって昨日、洗濯物を取り込んだだけで畳んでなかったでしょ! あんなくしゃくしゃにしたらしわが付いちゃうじゃない! お母さんのズボラが遺伝してお兄ちゃんが駄目人間になっちゃったんだからっ!」


「あははは」


 母はそれに言及せず、ほうほうの体で退散たいさんする。


 恐らく、昨日の洗濯物は母の代わりに雛が畳んだのだろう。


 弱すぎる母の権力にむなしさを感じつつも、それは俺も同じだったかと思い直す。


 東條とうじょうは両親と俺、そして妹の雛の四人暮らしだ。温厚な母と無口な父に育てられたにも関わらず、妹の雛はきっちりとした性格の持ち主だった。雛は我儘わがままを言うだけならばいざ知らず〝有言実行〟が信条しんじょうの中学一年生で、雛の言葉にはいちいち正当性があるために家庭内カーストで最上位に君臨している。


「――っていうか、お兄ちゃん、今日はお婆ちゃん家に行かないの?」


 吊り上がっていた雛の眉が、急に下がった。


「行っても暇だし」


 俺が答えると、雛は大きくうなずき、何を思ったのか、


「じゃ、さっきの罰としてお兄ちゃんも行こう」


 そう提案してきた。


「えぇ?」


 俺の困惑もいざ知らず、母がここぞとばかりに戻って来て、


「あら、雛ちゃんもナルを誘ってくれるの? それなら味方ね」


 そう言いつつ、ひょっこりと廊下から顔を出している。


「いや、期末テストも近いし、家で勉強しようと思ってさ」


「勉強なんて、いつもしてないじゃない?」


 俺はあらかじめ考えていた言い訳を口にするが、母には通じなかった。


「それに、勉強なら教科書を持っていけばいいでしょ? お婆ちゃんはあれでも元教師なんだから教えてもらえば?」


 昨日の夜、お婆ちゃんの家には行かないと伝えた時には、すぐに諦めた母だった。


 しかし、雛の援護があれば説得できると踏んだらしい。


「いや、実は、その……高校の友達を呼んで、一緒に勉強しようと思ってさ」


 俺の言葉を聞いて、母の目が見開かれる。


「まぁ。ナルが友達を家に呼ぶなんて小学生以来いらいじゃないの。私も残ろうかしら?」


 腕を組んで悩む母の姿は面白かった。


「何を言ってんだよ。母さんの実家に父さんだけで行かせるつもりかよ?」


「いやねぇ、冗談よ」


 母はなぜか上機嫌になって「それじゃ仕方ないわね」と言葉を残してどこかへ行ってしまった。残された雛が怪訝けげんそうな顔をしてこちらを見上げている。


「お兄ちゃんに友達なんているの?」


「失礼な奴だな。俺にだって話し相手の一人ぐらいいるぞ」


 それは一人だったし、本当は〝彼女〟だったけれど。


 雛はさきほどの怒りを忘れて、何かを真剣に考えながら口を開く。


「私の部屋には入らないでよ?」


「入るわけねぇだろ!」

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