第20話 悪意


「俺はきらりん☆を最後まで観てないんだ」


 そんな俺の言葉に、しずくが目を丸くしている。


「冗談でしょ? 途中までは観たんだよね? どうして観るのを辞めたの?」


「俺は妹に付き合って観てたって言っただろ? それに、小学生の行動にしっかりとした理由なんてないんじゃないか? 例えば他のことに興味を持った、とか?」


「魔法少女より面白いモノなんてないのにぃ」


 雫のうらめしそうな声に「そりゃ人それぞれだろ」と答える。


 恒例こうれいになった視聴覚室での昼飯が終わって、俺達は教室へ向かって廊下を歩いていた。


 俺が〝勘違いをさせて悪い〟と言った後も、雫はしつこく魔法少女の話を続けていた。雫は俺に対して、魔法少女の魅力を伝えることに使命的なものを感じているらしく「絶対に気に入るから、だまされたと思って観てみてよ!」と、何度も視聴を進められていた。


 そんな話をしていたから、俺は休日の予定について切り出せていなかった。


 なぜなら、それはまるで『魔法少女マジカルきらりん☆』を見ようと雫を誘っているような気がしたからだ。


 結局、休日の予定は、まだ決められていない。


「どの魔法少女がオススメとかあるのか?」


「そうねぇ」


 雫が腕を組んで真面目に悩んでいる。


「マジカルきらりん☆は観てもらうとして、他にも名作はたくさんあるの! 魔法少女の歴史は長いからねぇ。友情モノとかシリアスモノとか? 世界系だってあるし、恋愛モノや戦闘モノは王道ね。面白い設定で言えばエイリアンと戦う魔法少女もいるよ?」


「……マジかよ」


 魔法少女のジャンルの豊富さに驚きつつ、教室の扉を開く。


 教室の中は、ある種の緊張感に包まれていた。


 クラスメイト達の話し声は抑えられていて、どこかよそよそしい雰囲気。


 その違和感の中心にあったのは、瀧本たきもとの机だった。


 瀧本の机の上は、黄色いマーカーで〝シネ〟と大きく書かれ、真ん中に花瓶が置かれていた。


 白い陶器とうきに色とりどりの花がけてあるのが、逆に気持ち悪い。あの花瓶は、いつもなら窓際のロッカーの上に置かれていて、毎日、日直が水を替えることになっている。


 いつもは何とも思わない花瓶なのに、今では、その花瓶の持つ意味は大きく変わっていた。

 

 机に書かれた文字と合わせれば、それは分かりやすいぐらいに安直で、悪意が剥き出しだ。自分の机でもないのに、その光景は吐き気が込み上げてくる。


 隣の雫も絶句していて、俺は直感的に、まだ瀧本がいないことに安堵あんどした。


「今なら、まだ間に合うかも知れない」


 俺は瀧本の机に置かれた花瓶を手に取る。


 ロッカーへ戻してしまおうと振り返ったその先で、教室の扉に、瀧本が立っていた。


 最悪のタイミングだったと思う。


 瀧本が何を思ったのか、ゆがんだその表情から想像できた。


「これは、ちがうっ!」


 俺の声も虚しく、瀧本は廊下へと戻って行ってしまった。


 ちらりと壁時計を見る。


 五限目が始まるまでにはもう五分もない。今から追いかけたら、授業までに戻れないと冷静な自分が言っていた。


 それでも、俺は花瓶をロッカーの上へと置いて走り出す。


 教室の後ろ扉から顔を出すが、すでに瀧本の姿はない。


 どっちに行ったのかも分からなかった。


「ナル!」


 呼ばれて振り返ると、雫が瀧本の机の上をポケットティッシュで拭いていた。


 黄色いインクはまだ乾いていなかったみたいで、瀧本の机はすぐに綺麗になる。


 雫は俺の元へと小走りで近づいて、


「私も探す」


 そう言ってくれた。


「悪いな」


 二人で探せば、すぐに見つけられるかもしれない。

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