第15話 ビックカツサンドセット


 平日だったからか喫茶店きっさてんには人影が少なく、すぐにテーブルに通された。


 店員はぶしつけな視線を寄こしていたけれど、魔術師はまるでそれを気にしない。


 席に着き、俺はSTARスター LIGHTライトを机に立てかける。


 ……小道具まで用意している気合の入ったコスプレみたいで恥ずかしい。


 そんな思いの俺を無視して、魔術師はメニューを開きながら目を輝かせていた。


「どうしてもこの喫茶店に入ってみたかったんだ! 事前にリサーチしたんだが、この店は馬鹿みたいに巨大なカツサンドが出ることで有名なんだろ?」


 笑顔でそう言う魔術師に、思わず仏頂面ぶっちょうづらになってしまう。


「何しに来たかわかってんのか?」


「そんな生き急ぐ必要なんてないさ」


 魔術師は肩をすくめて続ける。


「それよりも私は今を最大限に楽しむべきだと思うよ? ナル君なんて、本物の美少女に細胞レベルで変異できている。そんな経験のできる人間など人類史でもまれなはずだし、自分の胸だから揉み放題だ。もっと現状を楽しむといい」


 自己紹介もしていないのに名前を言い当てられたことよりも、思わず自分の胸元に視線が吸い込まれる。


 成長過程なのだろう。


 そこには、こぶりなおかが二つ、確かに存在している。


「ナルは少女の胸を揉むような変態じゃありませんっ!!」


「……お、おう」


 しずくが俺のために反論してくれる。


 しかし、雫よ、すまない。


 正直に言うと、この知的好奇心を押さえられる自信はゼロに等しい。


 俺と雫はドリンクバーにジュースを取りに行き、魔術師の頼んだビッグカツサンドセットが運ばれてくる。


 ビッグカツサンドセットは、地元では有名な大食い用のメニューだ。


 抱え込むほどの大皿に乗ったソレは、冗談かと思えるほどのサイズのカツが、これまた巨大な食パンに挟まれている。その大きさのせいで、セットのドリンクがミニチュアに見えた。


 こいつ、本当に食いきれるのか?


 見ているだけで腹がいっぱいになりそうな俺とは対照的に、魔術師は嬉しそうに笑っている。


「コスパの悪さだけ気になるが、この国の食べ物は本当に素晴らしいよ! 努力して日本の担当になった甲斐かいがあったな! ……って、そういえば自己紹介がまだだったね」


 魔術師はローブの下から名刺を差し出す。


「私の事は魔術師でもアクアでも好きに呼んでくれ。これでも四大元素である水の真名まなを与えられた魔術師として、この界隈かいわいでは有名なんだ」


 そこまで話すと、魔術師は両手で掴んだカツサンドに食らいつき始める。


 俺は仕方なく渡された名刺に視線を向けた。


 その名刺には〝異能対策委員会実動部隊長 水型特級魔術師 アクア〟と書いてある。


 名前が書かれているだけで、連絡先や住所の記載はない。


 俺が視線を上げると、アクアは物凄い速度でカツサンドを口に頬張り、うっとりと幸せそうな表情を浮かべていた。黙っていれば美人な顔が台無しだぞ。


「……さっきの怪人のこととナルの変身について、アクアさんは知っているんですよね?」


 雫の言葉に、アクアはカツサンドから口を離してうなずく。


「私の事は呼び捨てで構わないし、敬語も使わなくて良いよ。……そうだな? その説明をしようと思っていたところだ。あの怪人――隕石魔人いんせきまじんだったか、それと、ナル君が変身した現象は何なのか? そこから説明しよう」


 その口元にはカツサンドに塗りたくってあったソースがべっとり付いていた。


 ……本当に優秀な魔術師なのかよ。


「あの、どうぞ?」


 雫が見かねて紙ナプキンを差し出している


「ありがとう」


 アクアは口を拭い、改めて話を続けた。


「私の存在からさっしてもらえると有難いんだが、両者がこの世界に出現したのは、ある魔術が発動したからだ」


「……魔術? そんなものがあるのか?」


 俺の疑問に、アクアは笑った。


「そこは信じてもらうしかないね。非現実的な現象を目の当たりにした君たちには、十分に信じられる話だと思うよ? しかし、ここでひとつ注意して欲しいのは、君たち一般人は魔術と聞くと、何でも無制限に願いを叶えられる技術だと考えがちな所だ」


 アクアは器用に喋りながらカツサンドを口に突っ込む。


 咀嚼そしゃくしながらにも関わらず、アクアの声が聞こえてきた。


(実際の魔術はもっと地味じみ堅実けんじつで、種も仕掛けも制限だってある。例えば〝痛いの痛いの飛んで行け〟って、したことあるかい? あれだって簡易的な魔術の一つだ。思想、思考、つまり魂の欠片である精神エネルギーを媒介ばいかいに、呪文と言う術式を与え現象を発動する。強力な魔術であっても、その基本きほん概念がいねんは変わらない)


 アクアは話しながらカツサンドをたいらげていた。


 食べるのがめちゃくちゃ早い。


 それに、


「……こいつ、直接脳内に!?」


「食べながら喋るのは行儀が悪いからね。これもテレパシーを使える魔術師の特権だ。これで魔術の存在を少しでも信じてもらえたかな?」


 水を飲み、アクアはまた笑顔になる。


「さて、ここからが本題だけれど、その分だけ難しい話になる。素人しろうとである君たちに細部まで理解してもらえるとは思っていないから、気楽に聞いてくれ」


 アクアは白髪はくはつをかきあげて真顔になった。


「修復力については先ほど話した通りだが、世界に現れた異物、つまり魔術により発現した現象全般になるんだが、それらは全て修復力の影響を受ける。それは異物が、この世界の物理法則をじ曲げる力があるからだ。よってその影響は消え去ってなかったことになる。その修復力をあざむくために魔術があるんだけれど、それは関係ないから省略するよ。……どこまで話したかな? そうそう、修復力によって世界は均衡きんこうを保っているわけなんだけれど、それにも限界があるんだ。強大な異物は修復力を跳ねのけて、この世界に定着する。この際に起きる矛盾が世界の法則を捻じ曲げた場合、世界はその矛盾との狭間はざまで押し潰され、空間そのものが消滅してしまう。君たち一般人は、その消滅現象をブラックホールと呼んでいるよね?」


 俺はその説明だけではわからなかったが、隣の雫が、


「つまり、強力な魔術が発動すると、空間が潰れてしまう?」


「一言でいえばその通りだ。私の仕事は、その消滅現象を起こさせないことと、もし万が一に消滅現象が観測された場合に、それを空間転移で地球から遠ざけることだ。話がスムーズにできて助かるよ。雫君は魔術の心得があるのかな?」


「いえ、何となく、そう思っただけで……」


 戸惑とまどう雫に対して、アクアは言及げんきゅうしなかった。


「話を続けよう。なんであれ、今のところ君たちは被害者だ。恐らく、君たちは何者かの魔術師が施した術式に飲み込まれ、魔術を偶然発動させてしまったにすぎない。これから私は、君たちの魔術のみなもと辿たどる。原因の魔術師を見つけ次第、私が始末しまつするよ。それで君たちの術式は崩壊し、君たちの日常は元通りだ」


 機嫌の良さそうな物言いと、始末という言葉があいいれない。


 始末というのは、やはり殺してしまうという意味なのか?


「さて、私がそこまで説明したのは、君たちに協力してほしい事があるからだ」

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