第10話 きらっと参上でしょ♪


 それは、最下層さいかそうひそんでいた幼少期の記憶。


 隕石魔人いんせきまじんは『魔法少女マジカルきらりん☆』の第一話に現れた怪人だ。


 大岩から人型へと変形できる隕石魔人は、回転による体当たりと腕から出す火山弾かざんだんできらりん☆と戦っていた。


 テレビで見た怪人の姿と、目の前に立つ化け物の姿が重なる。


「俺様の名前を知っていてくれているとはな? 本当に愉快ゆかいだぜ! 俺様はこれでも、お前らには感謝しているんだ。だから、その礼に願いを叶えてやる。大丈夫だ、痛くねぇよ? 気づいた頃にはもう肉塊にくかいだっ!」


 隕石魔人はニヤついたまま、こちらに向かって歩いてくる。


 その質量は大岩だった頃と同じで、隕石魔人が歩くたびに教室の床は音を立てて足跡を残す。


 テレビではコミカルに見えた怪人だったけれど、その恐ろしさは崩れかけた教室が物語っていた。怪人という存在が、現実では手を付けられない恐ろしい存在だということを、俺は初めて知った。こんな規格外きかくがいの化け物に、勝てるはずがない。


 どうすれば逃げられるのか考えていた俺の視界の端に、しずくの姿が映った。


 雫はよろめきながら俺の前に出て、両手を広げた。


「あいつの目的は私だから、ナルは逃げて」


 雫の後ろ姿を見ながら、コイツは正気なのかとうたがう。


 そんなことをしたら、隕石魔人の言葉通りに肉塊まっしぐらだぞ!?


「神様の言う通りって奴か? いいぜ。俺様はしたがうぞ?」


 隕石魔人が近づいてくる。


「私はいいから、ナルの命は助けて」


 雫はおくせずにそう言った。


 両者の背丈は倍ほども違うのに、雫は退かなかった。


 どうしてと、次に思うのは俺の番だった。どうして雫は、そこまで命を張れる? 怖くないのか? そう思った俺の思考は、雫の後姿を見つめ直して途切れる。


 雫のひざが、震えていた。


「その男は殺さない。約束するぜぇ?」


 隕石魔人は天井に這わせていた右手を下ろし、雫の顔の高さへと下げる。


 そして、間髪かんぱつ入れずに横なぎに振るった。


 その一撃は、岩の塊がぶつかるのと同じだった。


 隕石魔人の右手は、勢い余って奥の廊下の壁を突き破り、大量の粉塵ふんじんが廊下を舞う。


「お前さ?」


 反動でよろけた隕石魔人は、苛立たしそうに口を開く。


「どれだけ俺様の邪魔じゃまをしたら気が済むの?」


 俺は先ほどと同じように、雫の腕を引っ張って抱き寄せていた。


 雫の吐息をほおに感じて、それほど雫の顔が近いことに気付く。しかし、そんなことを気にする余裕はなかった。今回も避けられたけれど、それはまぐれに違いない。こんな子供騙こどもだましの方法が、何度も通用するはずがない。


 俺の視線は隕石魔人に向いているから、雫がどんな表情をしているかはわからない。


 でも、こんな化け物の前に立って、怖くないはずがなかったんだ。


「雫、逃げろ」


「でも」


「俺はこれでも男だし、少しぐらいなら時間稼ぎが――」


 隕石魔人は、もう笑っていなかった。


「無視してんじゃねぇよ」


 隕石魔人は巨体には似合わない速度で、今度は俺にめがけて左手を振り下ろした。


 隣の雫を突き飛ばすようにして離れたが、俺にできるのはそれが精いっぱいだった。重力も合わさるその振り下ろしは、人間に避けられるような速度では、なかった。


 俺はこんな訳の分からない理由で死ぬのかと、今更ながらに思う。


「ナルが死ぬなんて、間違ってる」


 雫の声が、聞こえた気がした。


 その瞬間、俺は目の奥が熱く、輝くように感じた。


 その熱は、瞬く間に俺の四肢ししに行き渡って、全身が白く塗りつぶされる。それは体だけに留まらず、意識をも侵食した。全てが白く塗りつぶされ、何も見えず、何も考えられない。まるで眠る瞬間の逆のようだった。死ぬとはそういうことなのかと、最初は思った。


 隕石魔人の振り下ろした左手が、俺の肩を直撃する。


 しかし、


「そんな、お前はッ!?」


 隕石魔人の狼狽うろたえる声が聞こえる。


 廊下の壁を貫通かんつうするほどに強靭きょうじんな一撃を、俺は肩で受け止めていた。


 俺は自分が無事なことに驚く。


 でも、そんなことよりも、体に違和感があった。


 なんていうか、視線の高さがさっきまでよりも下がっているし、どこか身体が軽くなって重心がふわふわしている。そして、最も気持ち悪いのは、足の付け根だ。


 ふとももの辺りがすーすーする。


 さっきまで制服の長ズボンをいていたのに、まるで何も着てないみたいな感じ。


 自分の体を見下ろしてみた。


「って、なんじゃこの恥ずかしい恰好はぁぁあああっ!?」


 叫んだはずの自分の声を自分で聞いて、思わず口に手をやった。


 なぜなら、俺の口から生まれたその声は――まるで興奮した少女のようにキーの高い、透き通るような萌えボイスだったからだ!


 手を口にやる視界の端で、自分の頭から伸びた金髪のツインテールが揺れている。そんな視線の先で、まるでセーラー服を極限までふわふわに改造したかのような服を着た――自分ではない少女の身体があった。


 引っ張ったら折れてしまいそうな華奢きゃしゃな手足と、控えめだけれど、確かに膨らみがある胸。そんな胸元には大きなピンク色のリボンがあしらえてある。


 どこかで見覚えのあるその恰好は、


「マ、マジカルきらりん☆っ!?」


 俺の驚きとまったく同じ雫の声が、すぐ後ろから聞こえた。


 俺は服装どころか、声帯せいたいや体のつくり全てが――


 魔法少女アニメの主人公、マジカルきらりん☆になってしまっていたっ!

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