第8話 魔法少女マジカルきらりん☆


 頓珍漢とんちんかんな質問に、食道がおどろいてむせ返った。


「そんなに喜ばなくていいのに」


 目を細めて言うしずくに向き直る。


 ……何を言ってるんだコイツは? 


 魔法少女が好きな男子高校生なんて、この世にいるのか?


 俺の動揺どうようをよそに、雫は言葉を続ける。


「昔やっていたアニメなんだけれど『魔法少女マジカルきらりん☆』って知ってるよね?」


 知っていた。


 しかし、反論させてほしい。


 正直に言って俺は『魔法少女マジカルきらりん☆』に詳しい訳ではないからだ。


「マジカルきらりん☆は、地球のために戦う正義の味方なの!」


 雫は嬉しそうに説明を始める。


 それは俺が小学生だった頃、土曜日の朝に放送していたアニメ番組だ。


「〝きらりん☆が未来を切り開く!!〟って口上はナルも好きでしょっ!? ツインテールの金髪と、白を基調にした可愛いふりふりスカートと、散りばめられたピンクのリボンも本当に素敵っ! 胸元にある大きなリボンが私の憧れだったんだけど、ナルならその良さが理解できるよねっ!? でも、きらりん☆の魅力は可愛いところだけじゃないの! 怪人を倒すっていう大切な使命があるのに、レンジャー君との会話は漫才みたいで面白いし、どんな絶望的状況でも諦めないきらりん☆の熱いハートは最高よ!! それに過去を操るゆらりん♪と、未来を切り開くきらりん☆の対比が――」


 雫はつばを飛ばす勢いでしゃべり続ける。


 学年一の美少女で秀才だったはずの雫の面影おもかげが、音を立てて崩れ落ちる。


 ……俺たちは高校生だぞ?


 素直に、そう思ったのは否定できない。


 でも、そう思ったのも一瞬だ。


「長々と話しちゃったけれど、ナルは知ってるよね?」


 そんな雫の姿は生き生きとしていて、雫が心の底から魔法少女を好きなんだと思った。その熱を持つ笑顔は、どこかうれいをびて読書をしていた雫の表情よりも、何倍も魅力的に見えた。


 でも、その笑顔の前で、俺は罪悪感を覚える。


 なぜなら、雫が俺のことを、魔法少女が好きだと思い込んでいるからだ。


 雫が本当に欲しかったのは、魔法少女が好きな、魔法少女の話のできる彼氏だったのだろう。


「勘違いさせて悪い」


「……勘違いって、何を?」


 雫の瞳はまっすぐで、高校生なのに少しだけ幼く見えた。


 正直に言うと、どこで勘違いさせたのかが、俺には分からない。


 でも、雫がこの話題を誰にも話していなかったことは容易よういに想像がつく。なぜなら、雫が魔法少女を好きだという噂を一度も聞いたことがないからだ。理由もなく噂話が広がってしまうほど美人な雫は、それに細心の注意を払っていたに違いなかった。


「子供の頃にさ? 妹に付き合って『マジカルきらりん☆』を観たことはあるんだ。だけど、俺は魔法少女にも詳しくないし、好きかって言われても微妙なとこなんだよ。だから、俺は雫の期待には応えられないと思う」


 事実だから、仕方がない。


 しかし、俺の言葉を聞いた雫は、うつむいてしまう。


「……そっか」


 沈黙の後、雫は踏ん切りをつけ顔を上げる。


「でも、ナルは正義の味方を信じてるよね?」


 雫の揺れる視線を感じて、その言葉を聞いて、俺は言葉に詰まった。


 そして、俺は間違いを犯す。


 嘘でもいいから、信じていると、言えば良かったのに。


「……高校生にもなって、正義の味方を信じてる奴なんていないだろ?」


 俺は否定しかできなかった。


「俺は人助けなんて意味ないと思ってる。だって現実的じゃないだろ? 自分が損してまで誰かを助けるなんて、そんなの理想論で、馬鹿がすることだ」


 この世には正義の味方なんていないし、俺は正義の味方にはなれない。


 それは、何の変哲へんてつもない一般常識だ。


 そして、それは現実的な考え方に過ぎなくて、何も悪い考え方ではなかったのに。


「そう、だよね」


 雫は立ち上がったかと思うと、改めて笑顔を作った。


「ごめんなさい。私の勘違いだったみたい!」


 そのまま走り出した雫の後姿を見て、俺の胸に、よくわからないモノが沸き上がる。


 雫は視聴覚室の扉に手をかけ、振り向いた。


「ちゃんと鍵は閉めておくから。本当に、昨日と今日はごめんなさい。明日からは迷惑かけないから。今までのクラスメイトに戻る、から」


「ちょっと、待っ――」


 俺の言葉の途中で、雫の足音が遠ざかっていく。


 不意に、目の前に残された二つの弁当箱が視界に入った。


 つまり、雫は弁当箱を忘れるほどに動揺どうようしていたのだろう。


 そんな雫の笑顔が、どうしても頭から離れなかった。


 なぜなら、雫の笑顔は完璧だったけれど、その瞳に涙が溜まっていたからだ。


 このままじゃ、いられねぇよな。


 立ち上がる。


 雫を追うことにした。

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