Ⅴ 闘技場にて (3)
一日の半分が終わろうとしていた。シュラは昨日エリアが待ち合わせの場所に来なかったことに多少怒りつつも、逆に自分の考えを纏める時間が出来たのである意味では良かったのかもしれない、と思った。
シュラはシルヴァーレ近くのカミューナ平原で腰を下ろして今日の収穫とこの大陸に来てからの違和感を纏めることにした。まず、今日の収穫について。残念だが、これはほぼ無かったと言って良いだろう。そもそも「円」らしきものは一つしか見つけられておらず、それに炎の要素は一つもなかった。しかし、そのことについては前回のルナフールのこともある。あまり焦って探す必要はないだろう。それよりもシュラは「もう一つのこと」について考えを巡らせた。
「フレイム・サークル……まさかとは思うが、業火の儀礼のことなのか?この大陸には水竜が里を築いていたはずだ。つまり、それよりもずっと昔から?」
シュラはまず、フレイム・サークルというものを、火竜の伝説に伝わる業火の儀礼であると思っている。業火の儀礼というのは、シュラどころかドルガが生まれるよりもずっと昔、まだ人間と竜が共生していた頃の話だが、火竜が一人前になるための儀礼として確かに存在していたものだ。しかし、人間との関係が絶たれてからは、各大陸に棲みついていた竜たちは、同じ種族の竜たちと群れを成して一つの大陸に里を築き、そこでひっそりと暮らすようになった。火竜はカーレス大陸、水竜はラッター大陸といったようにだ。
「あのクソ親父、一体この皇の路で俺に何を伝えようっていうんだ?」
シュラは広げた皇の路を嘗め回すように何度も眺めたが、それでもフレイム・サークルの場所は分からなかった。シュラはかつての先祖たちに聞こえればいいのに、と思いながらボソリと呟いた。
「アンタらはどうやって大人になったんだ?」
答えるものは無く、ヒュウ、と一陣の風がシュラを置き去りにしていくだけであった。
「昨日はごめんなさい」
出会い頭にエリアが頭を下げてきたので、一瞬シュラは戸惑ったが、すぐに昨日のことかと納得した。
「いや、別に構わねぇよ。一人でいる時間も悪くはない」
そう言ってシュラが返したので、エリアも少しだけ表情が柔らかくなった。そしてエリアはシュラに声を掛けた。
「それよりも、どうだったの?フレイム・サークルは」
エリアの声にシュラの顔が少し強張った。その顔からエリアは察した様子で「そう」とだけ言った。
「ま、簡単に見つかるようなものじゃないだろうけどな」
シュラはそう言うと、ゴロンと横になった。
「きっと時間が経てば見つかるさ。気長に探すのも良いだろう」
「シュラ、変わったね」
エリアがそう言うと、シュラは不思議そうな顔でエリアの目を見た。
「変わった?」
「うん」
エリアは頷いた。
「なんか、落ち着きが出たというか、余裕が出てきたというか」
エリアがそう言ってくれるのは嬉しかったが、実際には疑問ばかりが頭を巡っていた。今は古き慣習となった業火の儀礼を探しだし、乗り越えることが今回の目的になるのだろうか。しかし、その儀礼は今からずっと昔の話だ。シュラは父が自分に、次代の皇に何を求めているのだろうか、と思った。
「シュラ?」
エリアの心配そうな顔が近くにあった。シュラは少し驚いて声を上げたので、エリアも少し後ずさった。
「すまん」
「いや、なんか考えごとしていたみたいだから」
シュラはため息を吐いてからエリアに言った。
「いや、上空から円は見つけたんだが、それが手掛かりになれば良いな、と思ったんだ」
「円?それはどこで見たの」
あれはどこだっただろうか、とシュラは考えた。上空から見たので、場所としては確か……。
「あっちの方だったような」
そう言って指差す先には、シルヴァーレがあった。エリアはその先にあったのだろうかと考えたが、ハッとなってシュラに聞いた。
「もしかして、シルヴァーレの町の中にあったんじゃないかな」
シュラはその言葉を聞いて、必死に記憶の糸を辿った。周りには大きな建物、小さな建物が散在していたように思える。
「ああ、確かそうだった気がする」
それを聞くとエリアは顎に手を添えて、「もしかしたら」と言った。そして少し考えた後にシュラに向き直った。
「シルヴァーレの闘技場のこと、かな。その円っていうのは」
今日、ロカの修行の時間の合間に少しシルヴァーレの観光をさせてもらった。シルヴァーレの中心には巨大な円状の闘技場、リーガ・シルヴァークがある。そして、そのリーガ・シルヴァークは、大会を行うときに円状に囲まれた松明に一本ずつ火を点けていき、闘士たちの士気を高める、と言っていたのを思い出した。
「もしかしたら、それがフレイム・サークルなのかもしれないよ」
シュラはその言葉にガバッと起き上がった。そして僅かに口角を上げてエリアに尋ねた。
「次にリーガ・シルヴァークに火が灯るのは?」
エリアは町に送っていた視線をシュラに戻して言った。
「明後日、だったはず」
ロカの家に戻ってくると、家事の疲れなのだろうか、ロカの母は部屋の明かりを消して眠っている様だった。他の兄弟たちもスヤスヤと寝息を立てているのが聞こえた。エリアは寝る前に水を飲もうと、居間に足を運ぶと黒髪の少年がうつらうつらと眠そうに座っていた。
「ロ、ロカくん?こんな時間まで何をしているの?」
周りが寝ているのであまり大きな声を立てないようにしてロカに駆け寄っていくと、ロカはパッと顔を輝かせた。
「おかえりエリア姉ちゃん、心配したんだぜ。もう少し遅かったら迎えに行こうかと思ったよ」
そう言いながらもふわぁ、とあくびをするロカに、思わずエリアは吹き出した。しかし、この子は遅くまで自分を待ってくれたのかと思うと、少し申し訳なさが出てきた。
「そんな、気を使う必要なんてないのに。あらかじめ、おばさんには遅くなりますってい言っていたんだから」
そう言ってエリアは微笑みかけるが、ロカは鼻息を荒くして、それでも出来るだけ小さな声で言った。
「母さんがどうとか関係ないよ。俺はエリア姉ちゃんが心配だからこうして待っていたんだ。女の子をちゃんと守るのが騎士のつとめなんだから」
そう豪語したロカをエリアは意外な目で見た。可愛い少年だと思っていたが、このような男らしい部分も持ち合わせているのか、と感心した。そして、自分の知っている男性なんてサードレアンとガルファンクとシュラぐらいなことに気付いて苦笑した。
「ありがとう、小さな案内人さん、改め小さな騎士さん」
そう言ってエリアはロカの頭を撫でた。ロカは顔を赤くして照れながらニッコリと笑った。
「じゃあ、エリア姉ちゃん。そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」
そう言ってロカは部屋の外にエリアを送ろうとしたが、エリアはふとロカに聞きたいことが出来たので聞いてみることにした。
「ロカくん。一つだけ聞いても良いかな」
ロカはうん、と頷いた。エリアはペンダントをギュッと握りしめて言った。
「ロカくんの、お父さんのことなんだけれど」
そう言うと、ロカは目を光らせながら胸を叩いた。
「良いよ、ドンドン聞いてよ。あ、でも」
周りの家族は眠っているところなので、家の中で長話をするわけにもいかない、とロカは思った。その姿を見たエリアはクスッと笑ってロカに言った。
「じゃあ、ちょっとだけ夜遊び行こうか。騎士様」
夜風を浴びながら空を見上げると、三日月が上空に浮かんでいた。城を出てからそろそろ二週間になるな、とエリアは考えた。見上げたこの空と同じ景色を父と、姉と、義母は眺めているだろうか。眺めていたら、何を思っているだろうかと思い、それが自分のことではないだろうなと笑った。
「それで、父さんのことだよね」
後ろ歩きをしながらロカはエリアに言った。エリアはコクリと頷く。ロカはうーん、と唸って、何を話そうかと悩んでいるみたいだった。
「父さんはホンドエルの騎士だったんだ。お仕事が忙しかったみたいで、帰ってくるのは月に一、二回くらいだったかな。父さんが帰ってきたときには母さんも張り切ってご馳走を作ったりしてさ」
そう話すロカの顔は本当に楽しそうだった。エリアもそれに釣られて少し表情が柔らかくなる。
「でも、二年前に死んじゃったんだ。戦争に行って、それで死んじゃった」
ロカは少し表情を曇らせた。
「エリア姉ちゃん、母さんから聞いたんだろ?父さんのこと。そして俺が騎士になるのを本当は嫌がっていること」
エリアはハッとなった。まるで初耳だ、というように取り繕うのが正解なのか、とも思ったがエリアは小さく頷いた。
「大丈夫だよ、俺は知っているから。母さんが俺を心配してくれていることは」
そう言ってロカはズボンのポケットに手を入れてクルリ、と前を向いて空を仰ぎ見た。
「でも、俺は父さんの生きざまをカッコいいと思った。最後まで国のために戦った父さんを、俺は誇りに思っているよ」
父親を誇りに思う、というのはエリアでも辛うじて理解が出来た。しかし、ロカみたいに「父のようになりたい」という意思を持つことは出来なかった、と思った。むしろそれは姉のアリスの方が持ち合わせていたかもしれない。
「父さんは国を守ることと同時に俺たち家族を守ってくれていたしね。聞いたことがあるんだ。一回、この前のグローリアに参列に来ていたホンドエルの騎士に」
「……何を?」
エリアが尋ねると、ロカは満面の笑みを見せた。
「本当は父さんが死んだあと、貴族たちに俺たち家族の家は潰されるかもしれなかったんだ。でもそのときの、今でもそうなんだけど、騎士団長が断固としてそれを許さなかったんだって。だから貴族たちも俺たちには何も出来なかった」
そうか、とエリアは思った。保護こそなくなったが、迫害や差別等を貴族から受けることなく生活出来ている、という見方も存在するのかもしれない、と思った。
「父さんは最後まで俺たち家族を守ってくれたんだと思う」
だから、父のようになりたいと思うようになったのだろう、とエリアは確信した。この少年の瞳は真っ直ぐに目標を見据えている。
「ロカくんは凄いね」
エリアがそう言うと、ロカは頬を掻きながら照れくさそうにしていた。
「いつになるか分からない目標だけどね」
笑いながらそう言うロカに、エリアは心の中で「頑張れ」と応援しながらニッコリと微笑んだ。
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