Ⅳ 森にすむ魔女 (5)
「それと、これは興味本位で聞くのだけれど。どうして人間が竜と……いえ」
ローラは一度言葉を区切った。
「竜が、人と行動を共にしているのかしら?」
シュラはその問いが自分に向けられていることに気付いた。気付いたうえで、その言葉を無視していた。
「人と竜の諍いというものは、想像よりも浅いものなのかしら?」
「諍い?」
ローラの言葉に反応したのはエリアだった。ローラは目を丸くした。
「この子は人と竜の諍いを知らないの?」
シュラはそっぽを向いて答えた。
「そもそも、俺たちも伝え話でしか知らない。里の長でさえあの話が真実であるかどうか」
シュラが言うのをエリアは黙って聞いていた。何故そこまで竜が人間を、シュラが人間を遠ざけていたのか、理由が分かるのではと思ったからだ。
「俺たち被害者がそうであるなら、人間たちも、無理に不都合や負の歴史を残さないだろうさ」
しみじみと、ローラは頷いた。初めてローラとシュラの考えが通じたようだった。
「確かにその通りね。そもそも発端こそ、人間の小さなエゴなのだから」
エリアは二人の会話の中に入り込んだ。
「どういう、ことですか?」
シュラは少し困ったようにエリアを見て黙り込んでいる。ローラは髪を掻き上げると、静かに言い放った。
「人間が竜を殺そうとしたの。あまりにもくだらない理由で」
「え?」
初めて聞いた話だった。今まで、ある一つのきっかけで溝が出来た、ということまでは聞いたことがあるが、まさかそれが対立や敵意を持ち合わせたものだったとは……。憧れた伝説は、実は想像よりももっと非情で残酷な逸話だったのだろうか、とエリアは思った。
「人間と竜の関係を変えるために貴方たちは旅をしているのかしら?」
ローラは興味深そうに尋ねた。シュラは間を置いてから答えた。
「正直分からない。俺自身が人間と関わることに、未だに戸惑いを覚えているからだ」
ずっと伝わってきた伝説なのだ。今更人間を信用しろというのも難しいのだろう、とエリアは思った。しかしシュラが次に発した言葉はエリアを驚かせた。
「エリアは……こいつは良い奴だとは思うけどな」
少し恥ずかしそうに言うシュラに、エリアは微笑んだ。ローラも二人を見て微かに笑みを浮かべた。
「そうね、貴方たちが新たな人と竜の繋がりを作れることを期待しているわ」
そう言ってローラは空のティーカップを片付けると、最後にボソリと言った。
「決して第六の竜を生み出す悲劇を起こさないように」
シュラがその言葉に素早く反応した。
「第六の竜、だと?まさか本当に存在するのか」
シュラは驚愕の表情を見せながらローラを凝視した。ローラは無表情でシュラを見つめ返す。
「実在するのか、という問いには答えられないわね。それは貴方たちの方が詳しいのでしょう?」
「第六の竜って?」
エリアはシュラに問い掛けた。シュラは難しい顔で思案している。そして僅かに口を開いた。
「前にも爺さんが言っていたが、俺たちは厳密には火竜という種族なんだ。竜には五つの種族があって、火、土、水、風、光という自然の力を主とする五族に分かれている。それぞれ属性ごとに分かれて里を作って群れで生活しているんだ」
エリアは前に五族の竜という単語を聞いたことを思い出した。そして竜も人間と同じように、色々な種が存在しているのだと思った。
「しかし、そのどれにも属さない竜、第六の竜が存在するという話を聞いたことがあるんだ。勿論眉唾物だろうと思ってはいるが、前に爺さんが教えてくれたことがある。その第六の竜が出現すると、世界の自然のバランスが崩壊すると言われている」
壮大な話が出てきたものだとエリアは思った。たったの一日でこれまでの人生を覆す出来事がゴロゴロと出てきたので、頭が整理出来ていなかった。
「ハッキリ言ってその名前すら忘れかけていたが、本当に第六の竜は存在するのか?」
ローラは肩をすくめて言った。
「私もあなたと同じよ。話を聞いたことがあるだけ。長生きと錬金術の勉強の二つをすると、無駄に本を読むから伝説や伝記の類には詳しくなるの」
シュラは胡散臭そうな顔をしていたが、ローラは気にした様子はなかった。ふとエリアは空を見上げた。大分明るくなってきており、長く感じた夜は明けようとしていた。
「もう、そんな時間なんだね」
「そうね」
ローラも空を見上げる。まだお日様が出ているわけでもないのに、目を細めて眩しそうにしているようにエリアには見えた。それほどまでにローラは夜のイメージが強いのかもしれない。
後ろからガサガサと草を分ける音が聞こえてくる。誰かがここに足を踏み入れようとしているのだ。エリアに緊張が走った。シュラがいる。獣であれば良いが、もしも人間だったら……しかしそこにひょっこり顔を出したのは、意外な少女だった。
「魔術教わりに来たよ!」
そこにいたのは髪を二束、両サイドに結んだ黄色いワンピースを着た十歳くらいの女の子であった。
「サリィちゃん、どうして?」
「あれぇ、エリアお姉ちゃん!お姉ちゃんこそどうしてこんなところに」
「えっと」とエリアは言葉を濁らせた。どう説明すればいいのだろうか。魔女伝説に興味が出たとでも言えば良いだろうか、などと悩んでいるとサリィの興味は別に移ったみたいだった。
「ええ、ちょっと待ってよ。これなに?」
サリィはペタペタとシュラの鱗を触り出した。最初は恐る恐るだったのに、気付けば手のひらだけでなく、身体全体でシュラを感じているように見受けられた。
「なんだって人間はすぐに俺に触りたがるんだ」
目をそらしながらシュラはため息交じりに言った。するとサリィは更に目を輝かせた。
「凄い!喋ったぁ。魔女のお姉さん、これなにぃ?」
ローラは慈しみを秘めた視線でサリィを見ていた。そして指を立てながらサリィに言った。
「私の友達よ。遊んでもらうのは構わないけれど、あんまり困らせないようにね」
シュラは嫌そうな顔を見せた後、抗議をしようとしたがすぐにサリィのオモチャにされていた。伝説の竜も無邪気な子どもには形無しなのだな、とエリアは思った。
「なるほど、私の話はサリィから聞いたのね」
「貴方は、あの子に錬金術を教えているんですか?」
さっきのサリィの言葉から察するに、錬金術を定期的にサリィに教えているようだ。もっともサリィはそれを「魔術」だと思っているようではあるが。
「錬金術は一子相伝、そう考えるとサリィは私の弟子にあたるのかもしれないわね」
ローラはエリアの目を真っ直ぐに見て言った。
「今の私にとってやるべきことは、受け継がせることなの。自分が師匠から受け継いできた錬金術というものを絶やさないように。錬金術だけじゃなくて、私が生きていた証にもなる」
エリアはその言葉を聞き逃さなかった。生きていた証、というのはどういう意味かを問おうとしたが、その前にローラ自ら答えてくれた。
「私の創り出したエーテルは不完全だった。おそらく、それでも限りなく完全に近かったとは思うのだけれどね」
「それじゃあ、ローラさんの不老不死は……」
ローラは自分の髪を掻き上げた。そして、長い髪の先端をエリアに見やすい位置に持ってきた。
「少しずつ、老化が始まっているの。今まで生き続けてきた分の反動なのかもしれないけれど。今の私は、一切自分の死期を測れない」
黒髪に混じっている白い髪は、不老不死ではないことの証明だった。話によると突然髪が白くなり始めたらしい。そのスピードも日によって違う。明日死ぬこともあり得ないとは言えないとまでローラは言った。
「だからこそ、今の私に出来る事がこれなのよ。どんなきっかけでも、粗末な結末を迎えようとしていたとしても、自分に出来ること、伝えられることがこれなのよ」
そう言いつつも、純粋にサリィに教えることが楽しいのであろう。それでもローラの顔は清々しくすら見えた。エリアはローラの目を見て、ニッコリと微笑んだ。
「貴重なお話をいただけました」
「それはこちらの台詞。新鮮で楽しかったわ」
奥で未だにシュラにまとわりつくサリィの楽しそうな声が聞こえる。シュラは困り果てて、助けてくれの視線をエリアに向けている。
エリアとローラはその光景を見て、同時に笑い出した。
「皇の路も、皇になるために先人が残し受け継ぐようにしたものなんだよね」
日が昇り、青空広がる中竜の背に乗って、風を受けながらエリアはシュラに聞いた。
「そりゃそういう事になるな。同じものとは限らないけれども、基本的には皇の路を乗り越えたものが、次の皇になるわけだから。大体は皇になるためのノウハウや実績を得られるところを選んだりするらしいぜ」
シュラがそう言うと、エリアは「うん」と生返事をして仰向けになった。まるで意識ここにあらず、といった感じである。
「どうしたんだ、エリア」
シュラが心配そうにエリアに言った。エリアは少しだけ身体を起こしてシュラの問いに答えた。
「私はお父様から何か受け継ぐはずだったのかなって」
エリアは空を見上げながらそう言った。シュラは答えに困っているようで、時折唸り声が聞こえてくる。
「私とアリス、どちらかを王にしようとしていたわけだけれど……私はお父様から何かを受け継ぐことなんて出来たのかな」
エリアは考えても仕方のないことかもしれないと思ったが、それでも考えずにはいられなかった。自分の命を人に受け継がせることだけに費やすローラと、自分が死んだ後を考え、娘たちに受け継がせることを選んだサードレアン。もしかしたらこの二人は同じ考えを持っていたのではないか、と。
「……私は」
頭が痛くなってきたので、考えるのをやめた。きっと寝不足のせいだとエリアは思うようにした。
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