193 同時刻、『i』発着場にて


 『i』の発着場には、いまだ出撃を行っていなかった第一中隊の面々が、小隊ごとに別れて待機していた。


 上陸部隊が出発したあと、『i』は再潜航し、ごうんごうんと重い音を伴って、別の上陸地点へと移動している。

 第一中隊は、最初の上陸地点とは違う場所からの強襲を予定していたのだ。


 『指揮者コンダクター』の立てた作戦は、どこまでも内通者を懸念し、周到に用意されていたのだ。


 第一中隊アルファ小隊は発着場の中でも中央の、天井が開き次第最速で出撃できる位置に待機しており、全員が静かに『その時』を待っていた。


 そんな中、『ピピ』という小さな音とともに、アリスが持っていた隊長用のタブレットに信号が入ってくる。


「……始まったわね。これも『指揮者』の戦略のうちなら反吐が出るけれど。どうなのかしら」

「あ、アリスちゃん、どどど、どうしたんですかぁ?」


 眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに尻尾を揺らすアリスの様子に美咲が不安そうに声をかける。

 アリスは言うべきか一瞬だけ逡巡したが、隠しても仕方がない、と口を開いた。


「敵襲よ。上陸部隊が襲われてるわ」

「えええぇ!?」


 先行し、上陸した部隊が襲われている。その事実に美咲は驚いて大声を上げ、その悲鳴が発着場に響いた。


「敵襲!? 隊長、押されているんですか?」


 混乱する美咲とは対照的にイギリス支部のエリノアは落ち着いた様子で質問し、アリスは顎に手を当てて鈍い表情を返す。


「交戦報告を見る限り、完全に混戦ね。押されるどころか、前線すらないわ」

「優劣は不明か」


 会話に加わってきた中国支部の飛龍の言葉に、アリスは頷く。


「そうね。上陸した全員が学生とはいえ一流の戦闘要員でもあるから、完全に押されていると断定はできないけど……」

「正確な情報が欲しいところだな」

「だ、大丈夫なんですかねぇ……?」

「……意外」

「何が?」


 アルファ小隊の面々がお互いの意見を述べ合う中、レイラがぼそりとつぶやいた。

 短い言葉の意味を掴みかねた面々の視線が、レイラへと集まる。


「上陸直後、背後は海。防衛拠点も、完成して、ない。

 私なら……前線を作り、海へ、追いやる。そのほうが、効率が、いい」


 味方が襲われているという混乱状況の中、レイラは冷静に戦況分析をしていた。


 レイラの分析を受け、アリスは苦々しげに口を開く。


「知性はあるけど戦術を理解していないか、若しくは——」


 全世界の主要地域で同時強襲を行いつつ、未開の地であるアラスカに拠点を立てる。

 そのような戦術を用いる『フェイマス』が、効果的な戦術を使わなかった理由。


 アリスの言葉を、レイラは引き継ぐ。


「戦術など、いらない。そう、考えられてる」


 『アンノウン』は、人型殻獣たちにとって、戦術など必要としないような存在であると思われている。

 その結論を受け、アラスカ支部のイアンは尻尾をぶわっと膨らませ、拳を手のひらに打ち付けた。


「虫どもが……舐めた態度を」

「でも、これは好機」


 血気をみなぎらせるイアンに、レイラは相変わらずの冷静さを以って言葉を続ける。

 眉をしかめるイアンと対照的に、同じアラスカ支部のフィルが納得したように頷いた。


「相手に油断があると言うことですね」

「そう」

「その余裕をあの世で後悔させてやる」

「イアン、あんまり怒りにまかせちゃダメだよ」

「あ、あの!」


 議論を続ける面々に対して声を上げたのは部隊最年少である透だった。


「その、た、助けに行かなくていいんスか!?

 いまも、『アンノウン』のメンバーがやられてるんスよね!?」

「そうよ。戦闘しているわ。分が悪そうね」

「じゃあ、助けに!」


 アリスは透の怒りを伴った声に答えたが、しかし答えるのみ。他の面々も、同様に動くことはなかった。

 一向に何もしようとしない彼らに、透は声を荒げる。


「……ハイエンドの皆さんなら、すぐじゃないっスか! なんで司令部に進言しないんスか!?」


 ハイエンドは、軍の上下関係すら無視できるほどの存在だ。

 そんな彼女が一言言えば、すぐに救援に向かうことができるだろう。


 しかし、いくら説得しようとも、誰も動かない。


 透は苛立ちから足音を立てながら、少し離れた場所に座っていた、『先輩』のもとへと歩み寄り、真っ直ぐに彼を見つめる。


「間宮先輩。間宮先輩も……同じ意見なんスか……?」

「友枝……」


 透に声をかけられた『葬儀屋』の姿の真也は、口元を覆う機械製のマスクを外し、透を見上げる。


「俺は……行かない。いや、行けない」

「先輩ッ!?」


 誰よりも『守る』ことに拘っていた真也の、見捨てるとも思える言葉に透は驚く。


「……なんなんスか。オーバードは……人類の盾じゃないんスか……。戦う力が、あるのに……俺には、無い力なのに……」


 透はさらに苛立ちを強めながら真也から離れ、誰にも聞こえぬように、小さな声で呟いた。


「……しんやー?」


 真也の隣に座っていたクーは、武装を握る真也の手を握り、彼の顔を見上げる。

 クーの握った真也の手は力強く握られ、血の気が引き、冷たくなっていた。


 透の怒りによって場の空気が緊張をはらむが、アリスの持つタブレットからの『ピピ』という小さな機械音によってその空気は再度砕かれる。


「司令部から命令が来たわ。ブラボー、チャーリー、デルタは予定された作戦を続行」

「そんな……」


 『予定された作戦を続行』。アリスの言葉に、透は落胆する。


「友枝」

「え? 間宮先輩……?」


 しかし、肩を落とす透の横には、いつのまにか真也が立っていた。

 真也は透の肩に静かに手を置くと、今度は真也が真っ直ぐに彼の瞳を見つめる。


「頼んだ」

「な、え……?」


 混乱する透の肩をもう一度叩くと、真也は発着場の中央へと進む。


「オルコット隊長、『アルファ』への命令は?」


 真也の言葉を受け、アリスはほんの少しだけ頬を釣り上げた。


「アルファ小隊は第二、第三、第四中隊の救援へ。その後、予定された任務に合流するわ。ハッチオープン、10秒後。

 隊長命令よ、『異能発現許可15分。目標、殻獣の殲滅』。足りるわね?」

「はい」

「総数は言ってないけど?」

「何体いようとも、必ず殲滅します」


 真也の感情を表すように、彼の周りに、13枚の棺が姿を表す。

 その中央で、真也は『葬儀屋』のトレードマークである鉄のマスクを装着し直した。


「私は先に行って上陸地点の確保をするわ。各員、私が送る上陸地点を目指しなさい。

 移動は……ミサキ、頼める? ヘリの準備なんて待ってられないし」

「は、はぁい!」


 美咲はわたわたと返事をしながら、それでも一切の無駄なく、発着場内に無数のコンテナを生み出した。


 着々と準備が進む中、アリスは再度真也へと声をかける。


「よく、『我慢』したわね?」

「俺の身勝手で作戦を台無しにしたら……世界中の人が、危険に晒されます。

 俺は今、この世界を守るただの『盾』です。まだ、『守り手』じゃない」


 真也は、アリスへと返答する。

 自分の力をどのように使えば、より多くの人を守ることができるのか。


 それを判断する能力は、いまだ自分にはない。

 真也は歯痒く思いながらも、同時にその現実を受け入れていた。


 だから、勝手に飛び出すことはしない。

 しかし、自分よりも多くを知り、的確に判断することのできる人間が『今だ』と言うのであれば、真也は自分の力すべてをもって、作戦を遂行する。


 それが、味方を守るためというのであれば、真也にとってこれ以上のものはない。


 真也の導き出した、『とりあえずの答え』を聞いたアリスは少し顔を赤らめながら、唇を尖らせる。


「あなた、臭いわね」

「えっ!? お、俺、臭いですか?」

「……さ、行くわよ、『葬儀屋』さん」


 アリスの言葉がきっかけになったかのようにけたたましいアラートが響き、発着場の天井が開いた。


 一気に潮の音があたりを埋め尽くし、天井からは波飛沫が飛び込む。


「私は先に行ってるわ。すぐ来なさい」


 アリスはそう呟くと、空いたハッチから覗く空を見上げる。

 ばさばさと髪と尻尾がたなびき、彼女の身体はふわりと宙に浮いて、発着場から『発進』した。


 先に出て行ったアリスを追うように、真也も大楯の一つを足元に配して飛び乗る。


「しんや!」

「クー、乗って!」


 真也は飛び出してきたクーを抱えると、自分が乗っていた棺の端に座らせた。


「喜多見さん! みんなをお願い」

「ま、任せてくださぁい!」


「真也!」


 今まさに飛び立とうとする真也を呼び止める声があった。

 真也は声の主を視界に収めると、彼の癖である、困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ごめん、レイラ。俺は先に行くから、後から来て。……気をつけてね」


 真也はレイラの答えを待つことなく、『i』から飛び立つ。 


「真也っ!」


 残されたレイラは飛び立つ真也を一瞬見つめたが、直ぐに美咲の用意したドローンへと、いの一番に飛び乗った。

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