190 アルファメンバー


 昼食の時間が終わり、隊員達は会議室へと再度集合した。


 部屋の中には、津野崎を含めて12人。

 そのうち隊員は、11人。


 正確には、10人と1体である。


「……で、これで全員ですか?」


 アリスは、嵐のような午前の騒動と、昼食時のちょっとした『授業』から思考を切り替え、津野崎へと質問する。

 視線を交差させた津野崎は、いつものように嘘くさい笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。


「この11人が、アルファ小隊です。誓って、これ以上は増えません。ハイ」


 津野崎特有の笑顔は、アリスに『まだ隠し事をしているんじゃないか』という不要な心配をもたらすものであったが、とりあえずは信用し、アリスは次へと進める。


「……じゃあ、自己紹介といきましょう。

 午前は作戦会議と……まあ、いろいろあって、まともにお互いを知る時間がなかったから」


 午前中、話が全く進まなかったのは、クーの乱入によるもの。

 自分の隊のスケジューリングがズレるのはアリスにとって許されざることであり、急ぎ、自己紹介を進める。


「先ず、私はアリス・オルコット。リスのエボルブド、『矢印』の意匠。階級は特練准尉よ。

 西ヨーロッパ方面軍特別部隊『クイーンズナイト』と、今回の『アルファ小隊』の隊長も拝任してる。よろしく。

 それで、こっちは……」


 アリスが隊員の一人に目線をやると、少女が立ち上がる。

 動物的特徴を持たぬ少女は、おそらくエンハンスドであろう。ブロンドのショートヘアは、女性らしさを残しながらも、作戦に支障をきたさぬ清潔感のあるもの。キリッとしたアーモンド型の青い瞳は、『イギリス支部代表』であることに強い自信と自負を浮かべていた。


「同じUKのエリノア・エイブラムス特練上等兵です。意匠は『波紋』。殻獣の探知はお任せください」


 エリノアは敬礼を掲げながら、よく通る声で自己紹介をする。

 アリスはエリノアの堂々とした態度に満足そうに頷き、手元の書面を見返した。


「イギリス支部からは私とエリノア、以上2名よ。じゃ、他の支部のメンバーも、再確認のために名前を読み上げるわよ。

 アラスカ支部、『雷光』の……イアン・アイアデル特練一等兵」

「いる」


 短く返事をしたのは、アラスカ支部『テュロック』のエースであるイアン。

 茶色の毛に覆われたエボルブド特有の尖った獣耳をほんの少し動かし、手をあげる。

 いつものようにだぼっとした大きなコートを着ている彼は、椅子に大きく背を預けていた。

 耳をピクピクと動かすイアンに対し、アリスは質問する。


「そういえば……あなた、何のエボルブドなの?」

「狐だ」

「特徴は?」

「何も。リスと一緒だよ。ふわふわした尻尾が暖かいくらいか?」

「……私の尻尾は、バランスを取ることに長けてるわ」

「へえ、すごいね」


 ふらふらと手を振り、無気力そうに返事をしたイアンにアリスは頬をひくつかせながらも言葉を続ける。


「……同じくアラスカ支部、『釣り針』フィル・パーセル特練一等兵は?」

「はい、自分です。よろしくお願いします」


 返事を返した青年フィルは、イアンと同じ大きなコートを着ていたが、彼とは対照的に礼儀正しそうな雰囲気だった。

 すっと立ち上がり、深く礼をする。元から糸のような細い眼尻を下げ、苦笑いを浮かべてアリスを窺った。


「イアンがすいません、オルコット隊長」

「……別に、気にしてないわ。次は……中国支部、『目』、李鈴玉特練一等兵」

「ほうっ!? はいっ!」


 急に名を呼ばれた鈴玉は驚きながらも、たどたどしい返事を返す。鈴玉の隣に座る、黒い長髪を一つにまとめた青年が、次は自分の番かと姿勢を少し正した。


「『はさみ』、ソン飛龍フェイロン特練上等兵」

ダオ


 中国語で短く返事した飛龍フェィロンは皆に見えるように己の左手を掲げる。

 手の甲には、彼の意匠であるハサミが描かれていた。


「中国支部からはこの二人ね。日本支部は……」


 アリスは、会議室の一角に集っていた日本支部の面々に視線をやる。


「『四つ葉』の友枝透特練二等兵」

「はいっス!」

「『杭』レイラ・レオニードヴナ・レオノワ特練上等兵」

「ここに」

「『箱』喜多見美咲特務官」

「は、はいぃ……」


 デイブレイクの面々は、三者三様の返事を返す。

 アリスは少しだけ間を置き、そして最後の一人の名を読み上げる。


「そして……『棺』。間宮真也特務官」

「はい。よろしくお願いします」


 『懇親会』で一躍、隊の有名人となった真也に、メンバーたちは思い思いの反応を返す。

 立ち上がり返事を返す真也に、アリスは複雑な感情を察されぬよう、一瞥もしなかった。


「残るは、人型殻獣の……」

「くーだよ!」

「ほぅっ!?」

「節足があるのか!?」


 クーは歯切れ悪いアリスの言葉を遮り、背から生える節足を高々と挙げて返事をする。

 急に伸びてきた節足に、メンバーのうち何人かが驚いた声を上げるが、アリスは落ち着いた様子のまま、微笑みを返す。


「クー……ね。頼んだわよ」

「はーい!」


 リスの尻尾が倍に膨らんでいるのを除けば、堂々とした隊長らしい態度だった。


「まあ……以上11人がアルファ隊のメンバーよ」


 アリスの言葉に、彼女と同じイギリス支部のエリノアが手を挙げる。


「待ってください、隊長。いま、特務官が二人……。

 『葬儀屋』、間宮特務官と、もう一人……日本支部の彼女も特務官なのですか?」

「喜多見さんは、日本支部では二等兵ですが、アメリカ支部では特務官ですからネ、ハイ」


 困惑気味なエリノアに、津野崎が返答する。

 話題に上がった当の本人は、どう言っていいのかわからずあたふたとしていた。


「えっと、えっとぉ……」

「……彼女はアメリカ支部でも階級を持っている、という事ですか?」

「彼女はトイボックスですから、ハイ」

「え、いま『トイボックス』と……?」


 急に出てきた『トイボックス』という言葉に、日本支部を除く全員の視界が、美咲へと集まる。


「ど、どうもぉ……」


 美咲は集まる視線から逃げるように、にへら、と愛想笑いを浮かべた。

 エリノアは美咲に眉をしかめ、津野崎へと向きなおす。


「……トイボックスは白人男性では?」

「エリノア。この金髪を見て、何か気がつかない?」


 ため息混じりのアリスの言葉を受け、最初に気がついたのはアラスカ支部の隊員、フィルだった。


「ああ! 『B.B』だ! そうか、彼女がB.Bで、異能者本人だったのか!」


 トイボックスの真実に辿り着いたフィルの言葉を受け、隊員全員が美咲の正体に気がつく。

 しかし、フィルの隣に座るイアンだけは、渋い表情を浮かべていた。


「フィル、誰それ?」

「イアン、あの、ほら……いつもトイボックスの横にいる……」


 イアンに対して『B.B』の説明をするフィルを置いて、アリスは反応の薄かった飛龍と鈴玉に振り返る。


「中国支部は知っていたの?」

「ああ、鈴玉が『目』の異能だからな。ハイエンドであるとは聞いていたが……」

「ほぅー……まさか、トイボックスさんでしたか……」

「アメリカ国家機密だから、心の中にとどめておきなさいよ? 支部間のゴタゴタまでは、隊長の私は感知しないから」

「ほぅっ!?」

「まあ、アメリカ支部とのゴタゴタは……勘弁だな」

「僕たちに至っては、『アメリカ支部アラスカ方面軍』なのに、なんで知らされてないんですか……」

「ま、知らない方がいいこともあるだろ、フィル」


 全員の紹介を終え、飛龍は安堵からため息をつく。


「ハイエンドが3人。さらに、『雷』、『鋏』の高位キネシスと、『釣り針』『杭』という捕獲を得意とする隊員。

 『四つ葉』の回復要因。探索に関しても、殻獣の『波紋』、異能者の『目』、それぞれの探知異能者もいる。

 しかも全員が『各国の代表』に選ばれるほどの人材で、か。アルファ隊を冠するに相違ない戦力だな」


 飛龍の言葉に対し、アリスは表情を固め、腕を組む。


「たしかに、その通りかもしれない。ただ、それに見合った……いえ、それ以上に厳しい作戦内容よ」

「ハイエンドと人型殻獣の相手。確かにそうかもしれんが」

「中国支部の。人型殻獣の能力が『殻獣を操る』というのを忘れたのか?」


 イアンがぼそりと呟き、その言葉を引き継ぐようにアリスが頷く。


「私たちが戦端を開けば、アラスカ全土の殻獣が襲い来る可能性もあるわ。宇宙からもね。集まってくるならまだしも……」


 アリスの懸念を受け、真也は気が付く。


「もし、『i』が狙われたら……」


 殻獣を全世界に放てるような能力だ。であれば、特定の場所に放つこと、造作もないだろう。


「そう。この船を襲われたら帰還が一気に難しくなる。もしかしたら、悪あがきで世界中で再度バンを起こす可能性すらあるわね」

「なるほど……短期決戦で仕留める他ないか」

「ええ。手間取れば手間取るほど、世界を危険に晒すわ。

 敵の本拠地内に踏み込むのは、第一中隊のみ。少数精鋭で、全てを終わらせる必要がある」

「『サドンデスハイエンド』や、ほかの人型殻獣もいる中で、か……」


 飛龍は、自分の考えが楽観的であったことを再確認し、椅子に背を預ける。

 そんな満身創痍な彼に向かって、アラスカ方面軍のフィルがさらに情報をよこした。


「しかも、アラスカ全土は『A指定群体』ですよ。

 ハイエンドを有する我々以外の面々は、『希望の国』にたどり着くことすら困難かもしれません」

「視界の悪い森林が大部分なのにか。……周囲の安全確保部隊の活動可能時間も長くないな」

「なら、なんで……」


 次々と『第一号作戦』の困難さを実感する内容が飛び出る中、真也は眉間に皺を寄せる。


 なぜ、ハイエンドである3人を、一つの部隊に纏めたのか。

 真也は拳を強く握りながら、注目が集まる中、再度口を開く。


「……いえ、なんでも、ないです」


 自分はその答えを、すでに知っている。


 真也の心の中で蠢く思いを、アリスは察する。


「気持ちはわかるわ。でもね、貴方も知っているでしょう? 『国疫軍人の生命保持優先順位は、一般人より低い』のよ」


 一気に暗くなる雰囲気を晴らすように、アリスは手を叩く。

 ぱん、と乾いた音が会議室に広がり、全員の視線がアリスへと集まった。


「……私が隊長をするからには、この隊は、決して失敗しない。

 被害は最小限に、必ず任務を遂行する。私が、そうしてみせるわ。

 だから、不安要素は一つ残らず潰しておきたいの。今日から連携訓練を行うわよ。いいわね?」


 アリスの言葉に、全員が立ち上がり、指示を待つ。


 同様に真也も立ち上がるが、どうしても納得できぬ部分が、小声で口をついた。


「被害は、『最小限』……」


 真也がボソリと呟いたアリスの言葉は、美咲の言葉を思い出させる。


『今回も、きっと、人は死にますよ?』


 その現実が、ゆっくりと近づいてくる。そんな予感振り払うように、真也は奥歯を噛み締めた。

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