138 オンナの戦い(下)
まひるの異能である『鏡』。この力はコピー体を生み出し、それを操るというものではない。厳密に言えば、遠隔操作のできるコピー体を生み出すというマテリアル異能だ。
コピー体の肉体強度や最大数はそれぞれの異能強度によるものの、操作自体は本人の技量による。
『鏡』の異能者は多いが、実際に戦闘できるかどうかは本人の訓練や才能による部分が大きく、国疫軍内では『強度のみでは判断できない意匠』として有名だった。
まひるの『4人同時』は彼女の年齢としては世界でもトップクラスであり、正規軍人でも4人扱えるものは多くない。
しかし、4人のコピー体を『作るだけ』であれば、強度3でも可能である。まひるの強度5のコピー体製作数はもっと多い。
つまりは、彼女たちの戦場は地獄絵図だった。
林のそこら中に女子中学生の死体が転がる中、人外二匹と鬼気迫る少女が命のやり取りを広げる。
悲鳴が上がり、少女が死んだかと思えば、また同じ少女がとこからともなく現れ、襲いかかる。スプラッタホラー映画ですらお目にかかれないような凄惨な様子。
「くそ、くそ、いい加減にろっ!」
最初に苦悶の表情を浮かべたのは、キャタリーナ。
殺しても殺しても湧いてくる。まひるは死体もそのままに暴れまわり、キャタリーナは自分の足元に散らばる死体のせいで足の置き場が少なくなる。
キャタリーナの真後ろにあったまひるの死体が、ゆらりと立ち上がる。
「またかッ!」
キャタリーナは苛立ちながら、立ち上がったまひるをムカデで貫いた。
途中からはまひるが『死んだフリ』をするようになり、一々死体の四肢を砕かなければ安心すらできなかった。
終わりの見えない戦いは、『先を想像してしまう』文化的な彼女に対して効果的な戦術と言えた。
「このままじゃ……ウィルからのお願いを叶えてあげられない……」
「しねぇっ!」
舌足らずに暴言を吐きながら、クーはキャタリーナに襲いかかる。
まひるは鎧袖一触の存在だが、同時に飛びかかってくるクーの対処も迫られ、焦るキャタリーナは決断に出た。
クーに対しキャタリーナはこれまで『回避』を選んでいたが、スカートの中からムカデの尻尾の全身を解き放つ。
ムカデの全身は長く、まひるをいなしていた部分の倍はあった。その胴体が球体を形作り、キャタリーナを覆い隠す。
「ううううぅ! じゃまぁ!」
ムカデでできた球体にクーの節足が突き刺さるが、何重にも巻き付けられた『ムカデの鎧』によってキャタリーナの体までは届かなかった。
「ピィ!?」
驚くクーの胴体に、ムカデが絡み付く。
尻尾部分にも痛覚があるのであろう、ムカデの鎧から垣間見えるキャタリーナの顔は痛みから歪んでいた。
「痛いじゃない……でも、捕まえたッ!
ちょっと向こう行ってなさいよッ!」
「ピ——」
キャタリーナは口を開こうとしたクーが抜け出す前に大きくしっぽを振って投げ飛ばす。
クーは悔しげに「ギィィィ」と唸りながら木々の葉を撒き散らせ、瞬く間に林の奥に消えていった。
分断され、残されたまひるたちとキャタリーナが向かい合う。
「あいつが戻ってくる前に……全員殺してあげるわ!」
目下の脅威を振り払ったキャタリーナは
林の中を暴れ回り、幾本もの木をなぎ倒しながらムカデの竜巻がまひるを襲う。
今までの直線的な動きではない、全方位の攻撃。
「ぐっ……!」
「きゃあ!」
一人が吹き飛ばされて頭を割られ、もう一人の胴体が引き裂かれる。
「かは……」
「くそぉッ!」
3人目は貫かれ、そして4人目のまひるすら、足と腕、そして頭が胴体と離れる。
動くものが一瞬にしてなくなり、キャタリーナの尻尾の動きも止まる。
一瞬にしてまひる4人を破壊したキャタリーナは満足そうに頬を吊り上げる。
キャタリーナの『狩り』はまだ終わっていなかった。
「……そこね?」
キャタリーナの呟きと同時に、ムカデが彼女の背後の草むらへと突き刺さり、草むらががさり、と揺れる。
ずるりと這い出たムカデの頭は、隠れていたまひるの首を掴んでいた。
まひるは持ち上げられながら、口惜しそうに呻く。
「ぐ、ぐぐ……あ、が……あん、た……きづ、いて……」
「あはは、うまく隠れてたつもりでしょうけど、さっきの攻撃に驚いたのぉ?
かくれんぼは動いちゃダメなのよぉ? あはははははははは!」
まひるは力なくムカデの頭を掴み、右手に持ったナイフで必死に叩く。
しかしながら、その程度の反撃はキャタリーナの嗜虐心をくすぐる以上の効果を何ももたらさなかった。
「あははは、さあ、死んで頂戴ね?」
「ぐ……く、そぉ……」
ぱきり。
細い首が折れる音。
音と共にまひるは「かひゅ」と呼吸音を鳴らし、四肢をだらりとさせて動かなくなった。
方々で倒れていたまひるの異能も掻き消える。
「あはははは! ちょっと時間かかっちゃったけど、これで……」
どす。
急に体に衝撃を受け、キャタリーナは前を向く。
そこには、キャタリーナの胴体に深々とナイフを刺したまひるがいた。
「はいっ、内臓、もーらいっ♪」
まるで無垢な子供がお菓子をもらった時のような、軽い言葉だった。
しかし、その瞳は鈍く、そして爛々と輝いていた。
「仕留めたと思った? まひる、なかなかに『女優』でしょ?」
まひるの瞳に『本能的』な恐怖を感じたキャタリーナは、口を開く。
「なんで、アンタ……アンタの死体は、全部入念に……砕いていた……ハズ……他には、どこにも……」
キャタリーナはまひるが分身で『死んだふり』をして奇襲してきたため、『それから』まひるの死体を入念に破壊した。しかし、それは誘導された考えだった。
「最初の一人。お前が毒で殺したと思ってたやつだ……よッ!」
「ギィっ……」
まひるは答えを言いながら、キャタリーナの腹に突き刺さっていたナイフをひねる。
「死体を確認しないのはダメ、って、私最初に教えてあげたよね? 学ばないなんて虫レベル。
……いや、厳密に言うなら死体が途中ですり替わったことにすら気づかない点で虫以下じゃん……ねッ!」
さらにまひるは煽り、より深くナイフを突き入れる。
最初のナイフよりも、今回のナイフの方が深々とキャタリーナ刺さった。
それは、分身よりも本体の方が身体強度が高い結果だった。
隠れ、潜み、そして『ここぞ』でとどめを刺す。
まひるの戦いは、緻密に組み上げられたパズルのよう。
「くそ、くそぉ……一度ならず、二度までもッ……! コロス、コロスッ!」
ムカデが咥えていたまひるの死体を放り投げ、まひるめがけて牙を開く。
今度こそ殺せる。そう思ったキャタリーナの考えすら、まひるの術中だった。
突進が、途中で止まる。
「もう、うごけない、ぞ」
ムカデの体を、クーの節足がガッチリと掴んでいた。
一度解き放った巨体は、クーの姿を自身の体躯で覆い隠してしまっていた。
「もう戻ってきたのッ!? ……なら、直接アンタの頭を潰すだけよ!」
キャタリーナは声を荒げ、自分の腕を振り上げる。
全力で殴れば、この少女の息の根を止めることくらいできるだろう。
しかし、それすらも叶わない。
「よくやった、お前ら」
林の中に知らない声が響く。
次の瞬間、キャタリーナには白い光が自分の尻尾の上を通過したように見えた。
光が通過した直後、キャタリーナの尻尾が切断される。
「い!? 一体なにガァハ!?」
混乱するキャタリーナは喋り切る前に顔面に衝撃を受け、そしてそのまま吹き飛ばされて木に激突する。
その場に残されたまひるの目の前には、先ほどまで無かった白いウサミミが自慢げに揺れていた。
真っ白なロリータドレスそのままの伊織はため息混じりにキャタリーナを睨む。
「この虫も喋るのか。嫌になるな」
真也に武装を届けた後、全速力でやってきた伊織がキャタリーナの尻尾を切断し、そして彼女の顔を蹴り飛ばしたのだった。
なんとか作戦通りになった、とまひるは胸を撫で下ろす。
「……押切先輩、もうちょい早く来てください。危うく死ぬとこです」
「これでも学園一の俊足なんだけど。なんなら日本最速だと思ってんだけど。
なんにせよ間に合って良かった」
「はいはい助かりました」
「お前……ま、いい。ボクは今機嫌がいいんだ」
耳をピコピコと動かし、先輩面でにやりと笑う伊織に、まひるが首を傾げる。
「なんでですか」
「ん? だってこれで、間宮に褒めてもらえるからな」
「気持ち悪い」
「お前な。嘘がバレるからって何を言ってもいいとは限らないってさっきボク言ったよね?」
二人から少し離れたところで、クーが切断されながらも蠢くムカデの頭を「きもちわるい!」と投げ捨てた。
「な、ななななによアンタ! ウサギ、ウサギの……め、メス? オスじゃなくて?」
「は? 死ねよ」
強打した鼻を押さえながら混乱を続けるキャタリーナの言葉に、即座に伊織が噛みついた。
まひるは肩で息をしながら伊織に注意する。
「先輩。あいつ、私たちの異能を知ってます」
まひるの注意を、伊織は鼻で笑う。
「知られてるから何さ?」
「なによ! 悠長に話して、馬鹿じゃない! おかげで尻尾はこの通りなんだから!」
無視された、とキャタリーナは顔に血を滾らせて叫ぶ。
キャタリーナの尻尾は斬られた所から『新たな頭』が生えていた。
斬られてしまったせいで長さは少し短くなったものの、『再度武器を手にした』キャタリーナの顔に笑顔が戻ってくる。
しかし、伊織にとってはそんなことは問題にすらならなかった。
「へぇ。で?
さっき切った感じで分かった。お前はボクに勝てない」
「負け惜しみを……! アンタの異能は早くなるだけでしょうがぁ!」
怒り心頭のキャタリーナは、尻尾を伊織へと差し向ける。
「それは正確じゃないな。ま、どうでもいいけど」
一方の伊織は落ち着いた様子で言い放つと、消える。
全員にそう見えたが伊織は異能の効果を万全にするため、一度ムカデから離れて助走をつけ、
獰猛なムカデに対し伊織の武器は『手刀』。
瞬く間に伊織の手刀とキャタリーナの尻尾がぶつかり、そして、キャタリーナの尻尾が縦に裂ける。
なにが起こっているのかわけがわからない、とキャタリーナは目を見開く。
キャタリーナの反対側に着地した伊織は、手についた緑色の体液を振り払う。
手に体液が付いている以外は、真っ白なドレスのどこも汚れていなかった。
「ボクの異能は『速度向上と、それに応じた肉体の硬化』だ。っていうか今更驚くなよ。さっきだって手刀で切ってたぜ?
……ネームドを舐めるなよ、虫風情が」
千切られたわけでもなく、綺麗に縦に裂けた尻尾は先ほどと違ってゆっくりとしか再生しなかった。
「キィィィィィィ! ギッ、ギギギ……ギィィ!」
キャタリーナは怒りから鳴き、ムカデの頭を潰して毒液を撒き散らす。
「ギぃァァあ!」
そしてそのまま、髪を振り乱しながら根元から尻尾を引き千切り投げつける。
「あっぶ!」
驚いた伊織は後ろに飛び退き、またもや速度を上げてムカデを切り刻む。
ムカデがぴくりとも動かなくなり、キャタリーナの姿はどこにもなかった。
「逃げられた!? なにやってるんですか先輩! ちゃんと駆除してくださいよ!」
後一歩で仕留められたのに、とまひるは大声をあげる。
「……放置だ。奴はもう逃げられないさ。
あの様子じゃ他の戦闘への参加も難しいだろう。ムカデの尻尾も短くなってるし、腹には大穴が空いてる。
最初に言っただろ。『遅滞戦闘』。捕獲するには人員不足だ」
「殺せばよかったのに!」
「駆除指示は出てない。おまえと違って、ボクは作戦を守る方の軍人なんでね。あいつから聞き出したいことでもあるんだろう。
……それよりも、伝えることがある」
軽口もそこそこに、伊織は真剣な表情でまひるへと告げる。
「グリーンウッド曹長からの報告で判明した。この学園内には、4体の人型殻獣がいる」
戦闘に夢中で気がつかなかったが、いつのまにかまひるの頭上では、ヘリコプターが周回していた。
「クー、キャタリーナ、プロスペロー。そして……あと一体、ここにいるみたいだ」
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