128 『喫茶店』に必要なもの
翌日の月曜日から文化祭準備にむけてクラス内は忙しくなっていた。
彼ら1ーAが文化祭の店舗として割り当てられたのは多目的室の2階、階段から最も近い一室だった。
それは、屋内での販売の中で最も人が通りやすい場所であり、生徒会から通達された好立地に頬を綻ばせた。
教室内はいくつかの班に別れ、それぞれ喫茶店実現に向けて動き出す。
そんな中、『装飾班』の直樹と姫梨は喫茶店のレイアウトを考えるため、図面と向き合っていた。
「あ、そういえばさ、水樹から聞いたんだけど、助っ人を頼んだんだって。
衣装班は、どうやらうまくいきそうだねぇ」
「……そっか、良かったな」
姫梨の言葉にも上の空の直樹は、ペンを唇の上に乗せながら教室内を見る。
その視線の先には他ならぬ『衣装班』のレイラの姿。
「なに? 葛城クン。レイラっちと一緒じゃないから不服ぅ?」
「いや、そんなことはないって、なんだよ急に」
直樹は、頬を膨らませながら詰め寄る姫梨に驚いてペンを取り落とした。
「……ところでさぁ、葛城クンはなんでレイラっちが好きなのぉ?」
「え、な、ばか、何言ってんだよ桐津!」
「え? なに? バレてないとでも思ってたのぉ? 誰でもわかるよぉ?」
直樹と姫梨は中等部から一緒であり、中等部からずっと同じAクラスで過ごしていた。
姫梨は他人の恋愛に聡く、幾度となく『あの子とあの子付き合ってるよ』という名推理を聞かされていた直樹は素直に認めるしかなかった。
「そ、そんなに分かりやすかったか……?」
「やすいもなにも、隠れてないけどぉ?」
「う……隠れてない、って……酷いな桐津」
「で、どこが好きなのぉ?」
姫梨の質問に、直樹は頬を赤らめながら返答する。
「……か、かわいい、じゃん……」
直樹の、単純すぎる言葉に姫梨はため息をついた。
「単純」
「う、うるせー……」
恥ずかしげに首に手を当てる直樹に、姫梨はじとりとした視線を向ける。
この、葛城直樹という男子は、馬鹿で調子に乗りやすくガサツで、簡単に一目惚れする男だ。
でも、いざというときに周りをまとめられる。意外と花や鳥に詳しくて、アウトドアもこなせたりする、頼もしい人でもある。
そんな直樹を昔からずっと見ていた姫梨は、高等部から急にクラスに加わったレイラへの、直樹の想いもすぐに気づいた。
姫梨の見立てでは、彼女は恋愛感情を直樹に持っていない。興味すら持たれていないだろう。
彼女との恋愛に一番近そうなのは同じクラスの真也。だから、彼とレイラが近づけるよう、姫梨は何度も根回ししてきた。
それは真也のためでも、レイラのためでもなく、姫梨自身のためだった。
ポッと出に、彼を取られるなんて、くやしすぎる。
しかも、懸念事項は、それだけではない。
伊織を見る直樹の目が時々怪しいのだ。
直樹が『そっち』の道に進んでしまっては目も当てられない姫梨は、伊織の気持ちも応援していた。
真也に2人もの人間を押し付けることになっているのだが、姫梨は「それはそっちでうまくやってくれ」と真也の健闘を祈っていた。真也の身よりは、自分の恋路が優先。
……だったのだが、文化祭の出し物を決めた時の直樹の発言や、たった今もレイラを見つめる様子からも、自分の努力があまり功を奏していないようで姫梨はため息をつく。
「何でこんなのを……あーあぁ、憂鬱だぁ」
「なんだよ……」
「何でもないよ。さ、一緒にレイアウト考えよぉ?」
「そうだな。まず、席をいくつ用意するかってのと……チェキは専用の場所があったほうがいいか」
「うーん、ホワイトボードに背景を描いて、そこで撮ればいいんじゃないかなぁ。学生の文化祭っぽくていいんじゃない?」
「お、それ楽でいいな。小道具用意して近くに置いておけばいいか。じゃあ、逆側をキッチンにして……」
作業モードに入った直樹の、真剣な眼差しを覗き込みながら、姫梨は微笑む。
「おぉ、直ぐ決まりそうだねぇ、がんばってアタシを楽させてねー、『葛城クン』?」
姫梨は、直ぐに人を名前で呼ぶ。
それは、友人として懐に入り込む彼女の天性の才能だったが、彼の懐に飛び込む勇気は、未だ姫梨にはなかった。
直樹と姫梨が作業する姿に、別の一角で会議を広げる衣装班の水樹が頷く。
「うむ、よきかな」
「……どしたの? 吉見さん」
「ん、何でもないよ? さて、我々衣装班は、ゆめりんさんに送るデータの採取です」
「採取って……」
「レイラちゃんと私で女子のスリーサイズと身長を、間宮くんは男子の胸囲と肩幅、あと身長ね」
「分かった」
「……了解」
2人は短く返事をすると、メジャーを片手に教室内に分かれていった。
教室の片隅で悩む『食材班』の男子陣の元に真也はメジャーを片手に近寄る。
その中には、参加している位置にいながら全く会話に参加していない伊織の姿もあった。
真也が話しかけるより早く、彼の足音を聞いた伊織がうさみみを反応させて振り向き、小さく手をあげる。
「間宮」
真也は伊織の可愛らしい挨拶に手を上げて返す。
「おう、伊織。そっちは進んでる?」
「さあ?」
「お前なぁ……」
真也は、『興味なし』と言わんばかりに肩を竦めてスマホをいじる伊織の頭をぽんと叩く。いつものように、うさ耳がぐにょり、と曲がった。
「……だ、だって、ボク食事に興味ないし」
伊織の適当な言い訳に、真也は頭を撫でる手を押し込みながら冗談ぎみに言い放つ。
「だからちまいんだよー」
「う、うるせー……」
ぐしぐし、と音が鳴りそうな真也の乱暴な手つきに、伊織は顔を赤くしながら俯いた。
真也は、他の真面目なクラスメイトたちへと視線を向ける。
彼らは真也がこちらを向くと、驚いてバッと視線を机の上へ戻したように感じられた。
「ちょっといい? みんなの身長と肩幅……あと胸囲を測らせて欲しいんだけど」
「……お、おう、いいよ」
彼らの視線の先に真也が目をやると、机の上には大量のカタログが並んでいた。
「食材班の進みはどうなの?」
「クッキーとスコーン、あとケーキはあたりをつけたんだけどさ」
「おー、いいね、喫茶店っぽい」
喫茶店らしいラインナップに、真也は微笑み、クラスメイトの男子は笑顔を返しながらも、困ったように眉尻を下げた。
「ああ。ただ、飲み物……特に紅茶ってのがさっぱりで」
「ティーバッグでいいんじゃない?」
真也の意見に、彼らはうなずく。
「そう俺たちも思ったんだけどさ、女子が拘りたい、って」
「なら、そっちで選べよ、って話だよなー……」
男子達は女子に聞こえぬように、小さな声で不平を漏らしたが、真也はふと、思いつく。
「あ、そうだ……俺、紅茶なら詳しい人心当たりあるかも」
「お、まじで?」
真也は、九重家で紅茶を出されたことを思い出した。
あの紅茶は結局飲まなかったが、なにやら紅茶に拘っている雰囲気があった。あの木内という執事に話を聞けば、妙案があるかもしれない。
苗や光一に相談するのも手だな、と真也は脳内で計画を進める。
「ちょっと連絡とってみるよ。だから先に身体測定させてもらっていい?」
「おお、いいよいいよ。じゃあ、後はコーヒーとソフトドリンクだな」
「紅茶以外なら、直ぐ決まるっしょ」
大きな問題が解決したクラスメイト達は、喜色を浮かべて、真也の仕事に協力を申し出た。
真也は先ほどから全く仕事をしない友人を見つめると、カチカチカチ、とメジャーを伸ばす。
「じゃー、サボりの伊織から」
「さ、さぼりとか言うなよ」
「事実を言ったまでだ。さあ、さっさと両手上げろー。スリーサイズから行くぞー」
「ちょ、ちょっと間宮」
真也は伊織の腕を掴んでバンザイをさせ、彼の脇の下に手をのばす。
「んっ……ぁ、くすぐった、ぃ……」
真也の腕が自分の体を這う感覚に、伊織は声を上げた。
それは、男子が発したとは思えぬ艶っぽい声で、伊織も、真也も驚く。後ろのクラスメイト達は、完全に硬直していた。
「おい、伊織。変な声出すなって。驚くだろ」
「ご、ごめん。……ほんとごめん」
「……いや、いいけどさ」
不意打ちを食らった真也は、なぜか赤くなる顔を見られないように、気合を入れる。そして、肌に手が触れぬよう慎重にメジャーを回した。
放課後、もはや生活の一部となった九重家の道場での稽古。
真也は稽古終わりの道場の清掃後、紅茶のことを苗へと切り出した。
説明を受けた苗は、武道により得た素早い動きを無駄遣いし、目にも留まらぬ勢いで真也へ詰め寄る。
「お任せください! 他でもない真也さんのため、私、最高級のものを用意します!」
「最高級のものって言われても予算が……」
「何言ってるんですか。お金なんて取りませんよ?」
「いや、それは申し訳ないですよ!」
慌てて固辞する真也を、どう説得しようかと苗は考える。
彼は他人に甘えるような存在でないとわかっていても、それでも苗は、どんな小さなことでも彼の力になりたかった。
「そうですね……。では、私たちのクラスで大量に茶葉を発注するので、それに追加して真也さんのクラスの分も頼みましょうか。
そうすれば、いい紅茶を、安く手に入れられますよ」
「それは助かります! お願いしてもいいですか?」
「もちろんです! ……真也さんのためだったら、私は『なんだって』しますから」
苗の微笑みになぜか体が震えた真也は、話題を変える。
「あー、もしかして苗先輩のところも喫茶店なんですか?」
「いえ、私のところは販売のみですね。本格的なタピオカティーです」
「なるほど……人気出そうですね」
タピオカティー。真也は飲んだ時に喉に固形が当たる感じが苦手だったが、今や大流行の人気ドリンク。
2ーAは売り上げコンテストを本気で狙いに来ているな、と真也は腕を組む。
「ところで、真也さんのところは性別反転メイド喫茶ですよね。必ず行きますね!」
「え……」
苗が自分たちの出し物を知っていることに、真也は驚いた。苗はそんな彼へと笑顔で言葉を続ける。
「真也さんのメイド服、楽しみにしてますから」
「な、何で知ってるんですか!?」
文化祭当日ともなれば、知られても仕方ないかもしれない。しかし、文化祭の準備期間が始まった段階で女装をすることを知られているというのは真也にとって意外だった。
なぜ知っているのか、という真也の問いに、苗はキョトンとした顔だった。
「なんでも何も……生徒会に申請を出したじゃないですか」
「あー……」
その指摘は、最もなものだった。苗は今年副会長。
生徒会に文化祭の出し物の申請を出す関係上、彼女に内緒にしておくことなど不可能だったのだ。
「必ず、チェキを撮ります。楽しみにしてますね!」
「うっ……」
「うふふ、いいですよね、形に残る思い出って!」
苗の言葉に、真也は頭を掻く。『思い出に残る』などといえば聞こえはいいが、その実、売上コンテストを戦うための作戦なのだ。
苦笑いの真也を見ながら、苗は『自分の努力』を心の中で褒めていた。
真也の女装姿。恥じらう彼は可愛いだろうと苗は想像、もとい妄想していた。
そしてそんな彼とともに写真を撮って、自分の持ち物にできる。お金を払う、という関係上、彼は断ることはできないだろう。
お願いすれば写真くらいは取らせてもらえるだろうが、真也の恥じる姿を『金で買う』という点に、苗は薄ら暗い興奮すら覚えていた。
実際、『チェキ販売』は申請を受けた際に生徒会内で少し問題になった。
生徒を見世物にするような低俗なものであると意見があがり、それはもっともなものだった。
『私たち、そして彼らたち士官高校生にとっては、学園祭は心から楽しめる数少ない場です。
そんな彼らの、『形に残る思い出』を否定して、なにが生徒のための会ですか!』
熱意をもって意見をぶつけ、反対意見を握り潰し、『チェキ販売』ゴーサインを出したのは、他ならぬ副会長の苗だった。
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