124 会長と協力者と……?


 選挙結果を受け、真也と光一からの『策』にまんまと乗せられた満流は、暗い面持ちで二年棟の階段を上る。


 生徒たちが帰宅した頃を狙って、5階の多目的室の脇にある小さな階段へと進む。

 その階段の横には、満流の『元』選挙補佐が腕を組んで周りに目を光らせていた。


「誰も通っていないだろうな」

「はい。糸をしまいますので、ちょっと待ってください」


 選挙補佐の生徒が腕を上げると、きらりと光を反射した細い糸が「ひゅん」と音を立てて彼の腕へと消えていった。

 彼は屋上へ通じる唯一の階段の前に異能によって作った糸を張り巡らせ、幻影であろうとも誰も通れぬ結界を作っていたのだ。


「俺が通ったら、もう一度貼れ」

「はい」


 二人は短い会話を済ませ、満流は屋上への扉に手をかける。ドアを開くと、そこには二人の生徒が立っていた。


 今回の選挙の対立候補であり、密約を結んだ加藤と池田だった。


 加藤は一目でわかるほど不機嫌そうに腕を組み、満流へと声をかける。


「来たか、相模」

「ああ」


 加藤の横にいた池田が、周りを気にしつつ満流へと声をかける。


「相模さん、あのメッセージの真意を聞きたいのですが」


 二人の元には、『九重苗を副会長とする』というメッセージが届いていた。

 それ以上のことを文面に残されることを避けた加藤が、急ぎ池田と相模を屋上へと呼び出したのである。


「ふざけるなよ相模。あれはどういうつもりだ!」


 池田の言葉を遮り、満流の弁明も待たずして加藤が吠え、満流は顔をしかめながら加藤をたしなめる。


「静かにしてくれ。風の音は強いが、ここは防音装置などない」


 満流の言葉にハッと我に帰った加藤はバツが悪そうに口をつぐみ、今度は池田が静かに満流へと問いかける。


「少し、待て」


 満流は二人をたしなめると、周囲に視線を配らせる。


「俺たち以外は誰もいないぞ?」

「いや、『煙』の可能性も考慮しなければ。皆、入念に確認してくれ」


 満流の言葉に、二人は驚きながらも頷き、周囲の『安全』が確認できた段階で池田が口を開く。


「あの、私の書記はどうなるんです……? 副会長を九重苗に、ということなら私は関係ないですよね?」

「ふざけるな、俺が書記に座る」

「二人とも、すまん。九重会長と、一年の間宮にしてやられた。二人を生徒会に入れることすら難しいかも知れん」


 結局のところ、真也からICレコーダーを取り返せていない現状、彼が、そして何より光一が今後も口を出してくる可能性がある。

 そうなったら、彼らを生徒会に参加させることも難しい。


 加藤は、満流の腕にかかっている『生徒会』の腕章をじとりと睨む。


「お前……俺が生徒会選挙から降りなければ、お前も生徒会長になどなれなかったんだぞ」

「わ、私もですよ!」

「ああ……知っている」


 どこまでものらりくらりと返事をする満流に、加藤の苛立ちが限界を迎えた。


「ならば、すべてリークしてやる!」


 満流は、そんな加藤にため息をつく。


「おい、やめろ。冷静になれ加藤。お前がリークしたとして、その結果どうなる? それくらい考えろ」

「九重苗が生徒会長になるだけですよ、加藤さん」

「うっ……」


 九重苗が生徒会長になる。それは、下手をすれば自分のもつ『特権』が全て失われるのと同義だ。


「必ず、二人とも生徒会に参加できるようになんとか説得する。庶務でも、なんでもだ。だから、勘弁してくれ」


 普段、誰にも頭を下げることのない満流の謝罪に、二人の怒りはくすぶっていく。


「くそ、お前のことを過大評価していたようだな……こんなことなら、もっと違う手を探すべきだった」

「というか、そのレコーダーの中身、それほど危険なものなんですか」


 池田の言葉に、満流が声を上げる。


「……どういうことだ?」

「そこには、『あなた』がそのようなことをしたと、たった一言入っているだけ。

 ならば、我々が認めなければ……だれか選挙補佐に立候補取り下げを進言されたということにしてしまえば……」


 『やりとりをしたのは自分たちではない』。という言い逃れができないかという池田の提案に、満流は顔を歪める。


「……それは、無理があるのではないか?」

「しかし、私たちの言葉が一言も入っていませんから。選挙補佐の誰か一人に罪をかぶって貰えば……そうだ、加藤さんと苗さんの一騎打ち。ならば……」


 池田が加藤に視線を合わせ、加藤は顎に手を当てて計算する。


「『6割の生徒はついてくる』とでも言うのか? ……流石に見苦しすぎないか?」

「見苦しかろうと、もう今回の選挙は泥沼です。このまま終わるよりは……」


 まだ、自分たちの選挙は終わっていない。加藤は『本当に可能か』と無言で計算する。



「残念、もう手遅れや」



 そんなやりとりに屋上のさらに上、給水塔から声がかかり、驚いて3人とも振り向く。


 そこには、給水塔に腰掛けた狼のエボルブドの姿があった。


「よお、お三方」

「田無、先輩……」


 唖然とする3人の元へ、修斗は飛び降りる。

 そしてぐるぐると3人の周りを回りながら、心底愉快、といった表情で尻尾を揺らめかせた。


「ほんま、わっかりやすいなー。光一の言う通りやわ。

 間宮くんの引っ張り出した証拠では弱すぎると判断する可能性がある、そして、相談を行うはず」


 つらつらと彼らの思考を説明しながら、修斗は手に持った機械を3人へと見せつけた。


 『ICレコーダー』。


 またか、と満流は肩の力が抜け、静かに床を見つめる。


「相談は、記録に残らんよう話し合いで。2年棟の屋上が可能性として一番高い。ってなー。

 いやー、うちのお兄ちゃんズは頼りになるなぁ」


 うはは、と笑い声をあげると、一転、修斗の瞳が獰猛に輝く。


「笑いが止まらんわ。下衆どもが」


 修斗の言葉とともに、彼の喉の奥から狼の唸り声が漏れ、3人は怯む。

 狼のエボルブドの威嚇に、3人は動けなかった。


「い、一体どこから……こ、今度こそ……幻影の確認をしたはず……」


 満流の言葉に、修斗は笑う。


「ああ、幻影ちゃうで。光一はこんな尻拭いと違ごうて、もっと『大事な用』があるからな。

 ……人の立ち入りが一箇所しかない屋上やから。幻影の確認をしたから。だからセーフ? アホやろ」


 彼の怒りを表すように、周囲に風が渦巻いた。


「『竜巻』の異能者に、行けへんところはない。普通なら人がいるとは思えへん、給水塔の上でもな」

「ぐ……」


 修斗の言葉に加藤はたじろぎ、池田は反論する。


「が、学園内での異能使用は禁止ですよ」

「禁止? ほな、その証拠ある?」

「ここにいることが……」

「ええで。俺が異能を使用してここにいたこと喋っても。

 そしたらオレかて、ここで見聞きしたことを音声データと一緒に公表して謹慎くろたるわ」

「さ、三年生の謹慎は、内申に響きますよ!」


 池田の言葉を、修斗は鼻で笑う。


「……選挙での不正すら起きるほどの『編入生』と『純東雲』の確執。

 それをマスコミが嗅ぎつけたら、学園困るやろなー。今回の一件は、社会倫理として、あまりにもことは大きい。

 ……謹慎ですんだらええなぁ? お三方は」


 修斗の脅しに、3人は完全に口を閉じた。


「いやー、いい就任演説やったでー、相模かいちょ。……新しい生徒会メンバー、楽しみにしとくわ」


 修斗はニヤリと笑うと、振り返ることなく屋上につながる唯一の出入り口である階段から去っていく。

 階段の方から「はぁぁ!?」という、糸使いの異能者の滑稽な声が3人の元まで届いた。


 その場に残された3人は、夕陽を浴びながら俯く。


「やはり……やはり『九重』を敵に回すんじゃ……なかった……」


 満流は、九重家は権威はあれど、過去の存在だと思っていた。

 隠されていたその本当の実力に、ぼそりと悔恨の念がこぼれ落ち、ひゅう、と春にしては寒すぎる風が吹いた。




 後日、満流は生徒会メンバーを発表し、学内はもう一度大きく揺れる。


 彼の本心ではない結果。

 しかし皮肉にも、その生徒会メンバーの選出は後々まで語られるような『名采配』として、彼の将来を照らしたのだった。

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