095 合宿の反響
レイラは記者陣に囲まれながら、目を白黒とさせていた。
ロシアでも同じように記者に囲まれていたが、今度は相手の言っていることが理解できない。ロシアの時と違って『はい』『いいえ』を繰り返す戦法も使えなかった。
「まひる、先に行って」
真也はまひるに短くそう告げると、目に見えて顔から汗を噴き出しているレイラと記者の間に割り入る。
真也からの言葉に、まひるは頷いて記者の間をすり抜けて校門へと走っていった。
記者は急に取材対象の前に割り込んできた少年に一瞬顔をしかめたが、すぐに機嫌をとるようにニコニコとした顔に戻る。
「クラスメイトの子かな?」
「……そうです」
「ちょっと、レオノワさんに取材がしたいんだけど……レオノワさんも、テレビや新聞に取り上げられたら嬉しいと思うんだけど」
記者の身勝手な言葉に、真也は奥歯を噛んでそのまま立ちはだかる。
真也が自分を守るように立ちはだかる姿に、彼の後ろのレイラは少し頬を赤らめていた。記者たちからガードしようと立ちふさがった真也の背中は戦場で彼に守られるというのとは少し違って、純粋に好意を感じることができた。
殻獣に対してではなく、人間に対してはレイラもただの女子高生なのだ。
「あの、ロシア語を話せる方は? 取材するにも、レイラは日本語がわかりませんけど」
日本語でまくしたてた記者陣を責めるように、真也は声をあげ、真也の言葉に記者陣はお互いを見合わせる。
「ロシア語話せる人か、オーバードの人、前に来てください」
真也に話しかけてきた女性が落ち着いた雰囲気でほかの記者に話しかけるが、その内容は『私は通訳を連れていません』というのと同義であり、真也は静かに苛立つ。
レイラのことを何も考えないまま、この女の人はやってきたのか、と。
女性の記者の言葉に、しぃん、と一瞬静まり返った。
まさかの、どの記者も通訳を連れてきていなかったのである。
「まじかよ。どこかが連れてくるかと思ったのに……」
記者団の1人がそう声をあげる。
あまりにも予想外の状態に真也は呆れを通り越して驚いたが、これはチャンスとレイラの手を引き、記者陣を割ってすすむ。
「じゃあ、取材は無しということで……」
「ちょ、ちょっと!」
記者を割って進もうとする真也の腕を、女性記者が掴んだ。
「ねえ、君、オーバードでしょう? 通訳お願いできない? バイト代出すから!」
「お断りします」
レイラは真也に手を引かれながら、バッサリと記者からの言葉を否定した真也の様子に驚く。
相手が何と言ったのかはレイラには分からなかったが、真也が他人相手にここまではっきり否定を述べるところを見るのは初めてだった。
真也に否定された女性記者は、それでも必死の形相で追いすがる。
「そう言わずに! 彼女さんが有名人になれば、カレシの君も鼻が高いでしょ!?」
「へっ?」
女性記者の勘違いに、真也の頬が赤くそまる。
真也のウブな反応を見逃さなかった女性記者は、心の中でニヤリと笑う。
「彼女を守るのはかっこいいと思うわ。私も、かっこいいな、って思ったもの!
けど、取材を受けることにだってメリットあるはずよ? 君が通訳をするって言ってくれれば、君の言葉で彼女が歪曲取材を受けて困ることだってないと思うの。それこそ、恋人にしてあげるべきことじゃないかな?」
真也を褒めながら、なんとかこの取材を成功させようと言葉を武器に立ちはだかる。
周りの記者も目ざとく攻めるべきところを把握したのか、真也を持て囃そうと「青春だね」とか「異能者学校の恋人たち、って記事もいいかもしれないね」などと真也に詰め寄り始めた。
今度は真也が混乱し、足を止めてしまう。
そんな真也の腕が後ろからくいくいと引かれ、真也は振り返る。
振り向いた真也の目の前には疑問を浮かべた真っ青な瞳が、彼自身が思っていたよりもすぐそばにあった。
「真也、あの人たち、何、言ってるの?」
「え!? あ、ええと……」
真也と恋人扱いされているとはつゆ知らぬレイラは、真っ赤な顔の真也に通訳を求めた。
とうとう進退きわまった真也に、校門の方から大声がかかる。
「まだ隠れていたのか! 生徒に対する取材は学園を通す決まりだろうが!」
驚いて真也が視線をやると、そこに立っていたのは担任の江島だった。その横には、まひるの姿も見え、まひるが大急ぎで江島を連れてきたことがうかがえた。
江島は普段からいかつい顔をさらに険しくし、猫のしっぽは怒りからか普段の何倍にも大きく膨らんでいる。
大股で記者陣に向かって歩いてくる江島は、まるで営巣地にいるときのオーバードのようであり、真也がロシアで見かけたオーバードスーツ姿の担任の姿を幻視するほどだった。
戦意丸出しで歩いてくる江島に記者陣は悲鳴をあげる。
「あの教師、まだいたの!?」
「あの教師は話にならん! 逃げろ!」
江島の姿を認めた記者陣は、焦った様子で駅へと走り出す。
あっという間に真也たちの周りに人影はなくなり、記者を追う江島は真也たちの元にたどり着く。「シャー!」と威嚇をするように記者たちの背にひと鳴きした江島は、真也たちの目線を感じて、ごほん、と咳を一つした。
「……レオノワ、間宮。おはよう」
「お、おはようございます、江島先生……助かりました」
「なに、生徒を守るのは教師の務めだ」
真也が右往左往させられた記者たちを一蹴した江島に、真也は感謝しつつも、少しだけ嫉妬と羨望が混ざったような心持ちになった。
「マスコミ連中が朝から校門前をうろうろしていてな……レオノワは一躍有名人だな」
「……の、よう、ですね」
「日本支部からの公式回答以上に何か話す必要はないし、学園周りでは我々が守れるが……帰りは気をつけろよ」
「はい」
レイラからの返答に頷くと、江島は校門へ向かって歩き出す。
校門のそばでことの顛末を見守っていたまひるは、安心したように胸をなでおろし、彼らが校門へ到着するのを待っている。
江島は何でもない風に少し首をレイラに向ける。
「……ところで、女王はどんなだった?」
「江島教諭?」
記者陣を追い払い、何も言わなくていいと言った江島の、抑えきれなかった好奇心にレイラの言葉が少し棘を持つ。
江島としてはやはり、国疫軍人として、オーバードとして、女王という存在に対して興味を抱くのは、仕方のないことだ。それでも、あまりにも格好の付かなくなった江島は
「……なんでもない……にゃん」
と、お得意のギャグで逃げることにした。
まひるや江島と別れ、真也とレイラは一年棟の自分の教室へとたどり着く。
「おはよ、間宮」
教室に足を踏み入れた真也を一番に出迎えたのは伊織だった。
「ああ、おはよう、伊織」
「おはよう」
「レオノワも、おはよう。ここから見えてたけど、校門では大変だったみたいだな」
「うん。驚いた。でも、真也が、守ってくれたから」
レイラの言葉に伊織の耳がピンと立ち上がり、驚いたように真也を見る。
「……なんだよ、その顔」
「いや、間宮もたまには男らしいところあるじゃん」
「たまには、ってなんだよ」
「わるいわるい。間宮も男なんだな、ってだけだよ」
真也がジト目で伊織を見返すと、伊織はなぜか真也との言い合いに先に折れる。その様子は、普段誰に対しても口の悪い伊織にしては少し不思議に思えた。
真也が疑問に思いながら座席へと座ると、そこへクラスのムードメーカー、委員長の葛城直樹がやってくる。
「よ、間宮」
「おはよ、葛城」
「帰国後いきなり軍務なんて404大隊はそんな忙しいのか?」
「あー、たまたまだよ」
「たまたま、ねぇ」
404大隊について色々と詮索をする直樹に、真也はうそぶく。
「ところで、葛城」
「は、はい!」
それでも食い下がろうと再度口を開きかけた直樹を止めたのは、レイラだった。
レイラに惚れている直樹はレイラから声をかけられれば、即座に404大隊の話題を止める。それはアンノウンの活動をごまかすのに大変役に立つように真也には思えた。
しかし直樹が404大隊について色々と詮索するのもまたレイラと近づくためなのだが。
「ゴールデンウィーク、暇?」
好きな女子から、ゴールデンウィークの予定を聞かれる。
それは直樹にとって天にものぼる経験であり、直樹は破顔させながらレイラに言葉を返す。
「うん、暇! 全部暇!」
直樹の必死な言葉に、周りの人間は少し顔をしかめ、レイラは「そう……全部……」と、少し哀れみを込めた表情で呟き、言葉を続ける。
「真也の、武装、ゴールデンウィークに、行こうか、って」
「ああ……」
現状どうあれデートかもしれないというところまで想像していた直樹は、わかりやすく肩を落とした。
真也は日程を詰めるべく、言葉を引き継ぐ。
「伊織も予定空いてる日教えて。場所は神野でいいんだよね?」
「うん、神野で。ボクも修理に出してた自分の武装取りに行かなきゃいけないし、この前武装も紛失しちゃったしね」
「あ、そうだ。後で姫梨さんにも日程聞かないと」
「うん。桐津は、予定、多そう」
「「ああ……」」
確かに前回、武装購入のメンバーに桐津は含まれていた。
しかし真也とレイラの会話に、レイラと距離を詰めたい直樹。真也と距離を詰めたい伊織、2人ともが同じ反応をした。
日程の調整が済み、もうすぐ昼休みが終わろうかという頃、真也の元に来訪があった。
「間宮、ちょっといいか?」
「冨樫」
来訪者は、Fクラスの生徒であり、オリエンテーション合宿で同じ班になった冨樫秋斗だった。
冨樫に呼び出され、人気のない場所で2人は向かい合う。
「お前の強度なんだけど」
「ああ」
「あれな、俺ら4人で話し合って、周りには言わないことにしたから」
真也の強度について。それは合宿中に真也が明かした『ハイエンド』であるという情報のことだろう。
内緒にすべきことだったのかと首をかしげる真也に、秋斗は言葉を続ける。
「今、学校の周りにはマスコミも多いし、お前、そう言うの疎そうだからさ。いままで発表されてないって事は、本当はあんまり公にしちゃいけないんだろ?」
「うーん、黙ってろ、とかは言われてないんだけど……」
頭を掻く真也に、秋斗はため息をつく。
「……あのなぁ、普通、ハイエンドかどうかなんて、かなり大問題になるんだけどな……。ニュースサイトとか見ててそう思わなかったか? いままでお前についての報道もなかったし、暗黙の了解で内緒にされてたんじゃないのか?」
秋斗の言葉に真也は一番身近なハイエンド、美咲のことを思い出す。
彼女はアメリカと日本という二つの国において所属しているような状態であり、そうなった原因は『ハイエンドオーバード』である。そういう点では、真也の存在もまた、下手にマスコミに知られては厄介なのかもしれないと感じた。
なにせ先ほどのように取り囲まれるのは勘弁願いたいと心の底から思えたし、美咲がマスコミ露出用として『トム』を作った理由も今なら分かる。
「……たしかに、あんまり言っていいことではなかったのかも」
津野崎に言われた「言う時は日本支部の調査ではハイエンドと言われた」という文言は、『もしも必要に迫られたら』という隠された枕詞があったのだろうと真也は思った。
その言葉には、正しくはさらに、『ハイエンドとばれた時に日本支部が後ろ盾になる』という意味も含まれていたことには、真也は気がつけなかったが。
とにかく、真也がハイエンドであると言うことを隠すと決まったと秋斗は納得する。
「なら、俺たちは引き続き内緒にはしておくけど、間宮も、口を滑らさないようにしろよ?」
「……分かった」
「俺は……俺たちはお前に感謝してる。何かあったら、なんでも言ってくれ」
真也は笑顔で手を伸ばしてくる秋斗に握手を返すと、思い出したように口を開く。
「ありがとう。……あ、じゃあさ、早速ちょっと教えて欲しいんだけど」
「なんだ?」
「武装のメンテ、って、どうやってお店に持ってくの?」
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