011 新しい朝


 懐かしい声がする。

 明るく、自分を慕う声。

 優しげな、自分を包み込む声。

 落ち着いた、自分を褒める声。


 それらの声が、急に不協和音を響かせる。


 悲鳴、怒号。そして断末魔。


 クローゼットの薄いスリットから差し込む光。それ以外の、深い深い暗闇。


 押しても、押しても、クローゼットの扉はビクともしない。


 足を掴まれる。反射的にそちらを見る。


 そこにあるのは、顔、顔、顔。どの顔も、目が無い。ぽっかりと空いた眼窩は、それでも自分を睨みつける。足に絡みついた腕が、よじ登るように体を上がってくる。


「「「なぜお前は隠れていた」」」




「……ぅうわぁ!」


 真也は布団を吹き飛ばすように飛び起きる。肩で息をし、滝のようにかいた汗をシャツで拭う。


「久々に……あの夢、見たな……」


 真也は、久々に見た悪夢に頭を痛めながら、いつものようにベッドから降りようとする。

 しかし、いつもよりベッドが大きい。


 見渡せば、そこは病室であった。


 一瞬混乱したものの、昨日の事を思い出し、自身の置かれた状態も、思い出す。

 憂鬱を通り越し、感情が湧かない朝だった。


 時計は朝7時を示している。窓の外は真也の気持ちとは裏腹に、快晴だ。

 真也は大量にかいた汗を流すべくシャワーを浴び、ジャージを着なおす。

 ベタつく洋服に、真也は早急に着替えを購入しなければと思った。


 そのために必要なもの。お金である。


 真也は津野崎から渡された『お小遣い』を確認する。

 お札の柄は違えど、一万円、と書かれた紙幣が5枚、入っていた。


「これは、多すぎるでしょ……」


 ポツリと感想が漏れるが、他に手がない真也はありがたく使わせてもらうことにした。


 病院の売店へ向かって朝食用にパンを3つと、Tシャツと下着を何枚か購入する。返ってきたお釣りもまた、どれも見たことのないものだった。


 病室に戻った真也はパンをかじりながら、テレビをつける。情報を得るというのが、今の真也にとって一番重要な事だ。


 どのチャンネルも昨日の事件についての報道一色だった。


 なんとなく目に留まったニュース番組をそのまま流す。事件の被害状況について、女性キャスターが報道しているところだった。


「昨日の新東都の南宿区にて発生した殻獣バンによって影響を受けた被災者の数は、30万人以上に上るとの見込みです。

 現在までに回収された遺体は132名、負傷者は数万人を超えるとの事です。オーバードの破砕遺体も、かなりの数に上るでしょう。

 一刻も早い続報が待たれます。」


 話の内容は殻獣バンの報告から、その災害によって起きた問題点へと変わっていく。


 何人ものコメンテーターたちが今回の事件について語り出した。


「結局、今回の殻獣バンで最も注目すべき点は、一度殻獣が営巣し、駆除した場所にバンは発生しないというのは最早常識ではなくなったという点でしょうね」

「殻獣の進化、ですか」

「でしょう」


 キャスターの相槌にコメンテーターの男性は満足そうに頷く。


「それは早計だと思います。この南宿バンは殻獣の営巣地の減少が要因に上げられるかと思います。

 他に場所がないから、戻ってきたんじゃないでしょうか?」


 女性コメンテーターが割り込む。が、そこへさらに割り込んで


「その可能性もあるかもしれませんけどね、まま、なんにせよ今のままでは、もうこの地球上に安全な土地は存在しないという事になりますよ」


 女性キャスターが、全員に向かって一言。


「では、営巣後の土地は、絶対安全ではないと?」


 女性キャスターのその言葉を待ってましたと言わんばかりに、次々にコメンテーター達が口を開く。


「その通りです。ですから一刻も早く、軍人登録のない、非軍人オーバードや足切りした強度3以下のオーバードに対する限定的な能力発現許可をですね」

「いや、そんなのダメに決まってるでしょう! ボーダーラインを設定しても、必ず悪用する人が出てきますし、英雄願望のある人が現場を混乱させかねないですよ!

 それよりも、僕は殻獣の出現予測の精度向上を目指した方が早いと思います。

 一刻も早く、軍や政府で該当異能を持ったオーバードの増員、訓練や、既存の監視システムの増強に……」

「いやね、それこそ、予算問題で大混乱ですよ。特に、殻獣探知のオーバードは希少で、これ以上の増員は難しいとされていますし」

「やはり、各自治体による、営巣地の駆除申請の見直しから行うべきですよ。殻獣を散らさないと」

「それは、国民に対して被害を被れって事ですか!」

「被害の分散のためですよ! 小規模なバンであれば、即座の対策もできるんです! 実際に南宿で大規模バンが発生した結果被害にあった方が大勢いるんですから!」

「地方軽視だ!」


 コメンテーター達はどんどんと声を荒げ、番組が混沌としていく。

 どんどんと体制批判へと移るその様は、どんな世界でもテレビは同じだな、という感想を真也に抱かせた。


「ともあれ、早急に国疫軍と政府からの、今後に関する公式発表が待たれます」


 と、キャスターが強引に話を終わらせるが、その後ろでコメンテーター達は未だに唾を飛ばさん限りに大声で討論をしていた。


 真也は、ふう、と息を吐き出すとテレビを消した。

 情報収集も大切だが、どうも気分が悪くなってしまった。


 あまりにもやる事がなかったが、かといって病院内をうろつくのも躊躇われたため、病室で参考書を読み直すことにした。

 時計が10時を示す頃、津野崎が病室へ現れた。


「どうもー、おはようございます、間宮さん」


 津野崎は昨日と同じ、ツナギと白衣という格好で、いつも通り嘘くさい笑みを浮かべている。


「では、まずは健康診断から済ませましょうかネ」

「分かりました」


 お金を受け取っている以上、真也は素直に津野崎の言葉に従う。何せ先ほど使ってしまったのだ。

 その従順な反応に津野崎は頷くと、説明を続ける。


「採血やらなんやらとありますが、簡単なものなので昼前には終わると思います。

 その間、私は実験の準備のために研究所の方へ戻ります、ハイ。

 ちなみに、健康診断を担当する医師以外の病院スタッフは、間宮さんの境遇を知りません。

 なので、何か聞かれたら、津野崎から指示された健康診断だ、とだけ仰ってください。ほかの患者さんにも、健康診断と」


 真也は自分の置かれた特殊性を再確認して頷くと、津野崎とともに病室を出た。


 真也は津野崎と共に病院を進む。

 病院の診察室に通されると、そこには年配の男性がいた。

 末原と紹介されたその男性は、白髪が多くなった頭をペンで掻くと優しそうな目で真也に挨拶をした。


「間宮さん、今日はよろしくお願いしますね」


 ゆったりとしたその喋り方と、年齢からくるであろう包容力は、どこか安心感を誘わせる。

 津野崎は末原に書類を渡すと、また後で、と診察室を後にした。


 末原は、ゆったりとした動きで津野崎から手渡された書類を確認する。


「えーと、間宮さん、ですね。今日は病院が混んでいるので、ちょっと時間がかかるかもしれませんが、まあ、ぼちぼちやっていきましょう」


 ぼちぼち、と言ったにもかかわらず、それからは目の回る勢いだった。


 身長、体重の測定。目の検査、耳の検査。

 テレビで見るようなドーナツ型の機械の中を通されたり、レントゲン写真を撮ったりと、真也はあちこちを移動する。


 途中、病院内で患者と出くわすことがあったが特に話すこともなく、すれ違うだけだったので真也は胸をなでおろした。

 ただ、すれ違うのが自分よりも子供ばかりで、数がやけに多いなと思った。


 採血が終わった後、待合室のソファでグロッキーになっていた真也へ、末原が声を掛ける。


「ふむ、これで全部ですね。結果を確認してきますので、ちょっとこの待合所で待っていただけますか」

「はい、わかりました……」


 真也としては、一気に色々と検査をされて疲れていたので、丁度良いタイミングだったと言える。


 末原は真也を待合室に残すと、先ほど真也が採血に案内された診察室へと戻っていった。


 真也が辺りを見渡すと、待合室には、やはり子供が多かった。

 採血の順番待ちをしているのであろう。小さな子から、そこそこ大きな子までいたが、皆小学生と思われた。

 皆注射を前にして、ソワソワとしている。

 もちろん採血前は、真也も彼らほどではないにしろ、少しソワソワしたが。


「ああキミ、走ってはダメ、危ない!」


 女性のその言葉とほぼ同時。

 走ってきた少年が、座っていた真也の足に躓き、転ぶ。小学校中学年くらいであろう少年は走ってきた勢いのまま病院の床に投げ出された。


「あ! ごめん、大丈夫?」


 真也は少年に謝ると手を伸ばす。

 少年はその手をとって、立ち上がった。

伸ばされた少年の手の甲には、太陽のタトゥー……恐らくは意匠があった。



「……平気だし。全然痛くねーし。ビックリしただけだし」


 オーバードだったのかと真也は驚くが、少年は年相応な声で言葉を繋げると真也から目線を外す。

 少年の目は少し潤んでいるように見受けられた。


 申し訳ありません、という女性の声が真也の頭上から降ってくる。謝罪を返そうと頭を上げて口を開く。


「いえ、こちらこ……そ……」


 しかし、その謝罪の言葉は途中で途切れた。


 目の前には、両脇を、不安そうな表情の小学生女子2人に囲まれた、軍服の美少女が立っていた。


 真也は驚く。目の前の美少女もまた、驚いたように目を丸め、固まっていた。

 美少女のそばにいた少女たちも、何事かと彼女の軍服を裾を引っ張る。


「レオノワさん……?」


 それは、真也が異世界に来て初めて会った少女、レイラ・レオノワだった。

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