009 長い1日の終わり

カテゴリー:エンハンスド スペシャル

強度:ハイエンド

意匠分類:鍵

意匠位置:左手、手のひら部分

 異能内容

強度7程度の肉体的強化あり。

異世界から最強の異能を持つ人間を召喚する。発動条件は、自身の死。以上。


 その内容に、真也は大きく驚いた。これが本当であるならば、自分はこの世界の間宮真也、アナザー間宮に呼び出された、という事である。

 しかも、最強の異能を持つ人間、として。


「ネ、中々に驚きの内容かと思います。私も驚きましたから。

 能力内容欄に『異世界』なんて言葉が書かれてるのは彼くらいですよ。こんな内容なんで、一部の人間にしか知らされてないんです、ハイ。

 多くの人に知られますとネ、人体実験したがる国なんかもあるでしょうし」


 続けて述べられた「モルモットにされて、何度も心停止と蘇生を繰り返させられるとか嫌ですよネ」という津野崎の言葉に、自分の事ではないにも関わらず、真也は身震いしそうになる。


「ですから、アナザー間宮さんが異能者として持つスペシャルカテゴリー異能、異世界からの召喚というのを報告せず、エンハンスド能力だけ、しかもそれが強度レベル4相当と抑え気味に報告した、ということです、ハイ」

「この、ハイエンド、というのは?」

「先ほど強度というのをお話ししましたよね? 10段階で評価されるそれが、10を超えて測定不能なほど高いということです、ハイ」


 ちなみに、と悪戯っぽく指を立てた津野崎は、真也が抱くであろう疑問を先回りする。


「なぜ死ななければ発動しない能力の内容が分かるかといいますとネ。

 間宮さんも異能に目覚められたとのことで理解されてるかとは思うんですが、異能に目覚めた人間は、その瞬間に大まかにどのような能力か『分かる』からです、ハイ」


 その言葉に真也は納得した。たしかに自分もオーバードとしての能力を手にした時、何ができるのか自然に理解できたからだ。


「それで……アナザー間宮さんが死んだから、異世界から俺が呼び出されたって事ですか」

「その通りですネ。それが、間宮さんがこの世界にやってくることになった理由……いや、顛末ですネ。

 理由ということでしたら、『間宮さんが最強のオーバードの才能を持っていたから』でしょうかネ、ハイ」


 なんて理由だ、と真也は理不尽さに頭を抱えたくなった。


「まあ、私も異世界なんて現代科学で把握できていないものに作用する異能だなんて、こうして間宮さんと会うまでは信じられなかったですよ、ハイ。

 しかも、呼び出したアナザー間宮さんと呼び出された間宮さんがそっくりで、衣服まで同じと言うのも不思議な話ですネ。

 ここまで来ると、もはや偶然ではないでしょう。

 どのような世界でも、間宮さんという存在は存在して、最強の能力を持つ人間ということかもしれませんネ」


 津野崎は興味深そうにウンウンと頷いた。


 真也は、異能台帳をじっと見ると、少し気恥ずかしそうに津野崎に尋ねる。


「でも、この記載通りに俺が、その」


 気になっているのは、異能内容に書かれた一文。

 まるで、漫画やアニメのような言葉。


「最強のオーバード?」

「はい……、『それ』なんでしょうか?」


 真也は、世界中にどれだけの数のオーバードと呼ばれる人間がいるかは分からないが、いきなりその中で最強であると言われても、些か懐疑的にならざるを得なかった。

 とても、自分がそのような特別な存在だとは思えなかったし、自分が世界最強、などというのは、妄想、あるいはある種の病気でも真也は考えたことがなかった。


「ええ。そうですよ」


 津野崎のその言葉は、真也が異世界から来た事を告げた時と同じように軽いものだった。

 なぜなら津野崎は、真也が異世界と来た事と同じくらい、確信を持っていたからだ。


「なんで断言できるんですか?」


 深夜の疑問に、津野崎は相変わらず軽い口調で種明かしをする。


「私の異能なんですが、目視した相手のオーバードとしての力量が分かる、ってものなんですよ」


 オーバードの強さがわかるオーバード。


 そんな人もいるのか、と真也は驚く。


「ですから、貴方の能力をお伝えしますと、マテリアル系のハイエンドという感じですネ、ハイ。

 まあ、本当に最強かは分かりませんが、最低でも全世界で13番目に強いですよ。

 現在、ハイエンドのオーバードは全世界で間宮さんを含めて13人しかいませんからネ」


 その言葉は、どこか説得力に満ちていた。


「私は目の意匠をもつオーバードでして。

 目の意匠というのは、解析に特化した異能が多いんです、ハイ」


 そう言いながら、津野崎は立ち上がり、真也に背を向ける。


「書面に沿って言えば、目視したオーバードの強度と異能の方向性が分かる。以上。と、いったところでしょうか。へへへ。

 目の意匠の中でも、なかなかにレアで強力なものなんですよ、ハイ」


 津野崎は、真也に背を向けたまま話していたが、もぞもぞと動き、白衣とツナギを一気にずり下ろすと、バサリと背中まで肌を露わにさせる。


「うおっ……」


 急な脱衣に真也は変な声が出てしまった。

 目を背けろと理性が言うが、それより早く本能によって、目線がうなじへ、下がって淡い水色のブラの背面、ちょっと上がって背中へ動く。

 するとそこには、目のマークが描かれていた。真也の棺よりも大きなその意匠は、目の後ろに幾何学模様のある菱形をあしらったものだった。


「エンハンスドスペシャル8に分類されるオーバード、津野崎真希です、どうぞよろしく。なんてネ」


 津野崎は首だけ振り向き、ピースサインを作る。

 その表情は完全にいたずらっ子のそれであった。

 真也の反応に満足したのか、津野崎はへへへと笑って服を着直すと、椅子に座りなおす。

 そのままコーヒーを啜り、無意識に壁の時計を確認した。


「おや、もうこんな時間でしたか」


 真也もつられて、壁にかかった時計を確認する。何時の間にか日付をまたいでいたようだ。


「今日のところはここまでにしますか。うちの付属病院の個室をひとつ、確保してますんでネ、そちらでお休みになって下さい。

 シャワーも付いてます。いい部屋ですよ、ハイ。私たちもカンヅメになった時に利用するくらいでしてネ」


 説明から一転、津野崎の顔が、ぐい、と真也に近づく。


「それとも、私と一緒がいいですかネ?」


 その言葉に真也の本能が水色のブラを思い出し、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走るが、首をブンブンと横に振ると、病院の個室を使う、と本人の予想よりも大きな声で宣言した。


 津野崎の研究室を出て、また一階へ。真也はその一階の様子に、売店で言っていた津野崎の言葉を思い出した。

 午前を回っているにもかかわらず、多くの研究員たちが未だに働いていたのだ。

 本当に住んでる、と真也は驚く。

 なんと売店も24時間営業だった。


 研究所の裏手にある付属病院も、研究所に負けず劣らず立派な作りをしていた。研究所にいると感覚が狂いそうだが、本来、深夜といわれる時間帯であり、病院の中は薄暗かった。


 津野崎はナースセンターでなにやら看護婦と話し、鍵を受け取ると301と書かれた病室まで真也を案内する。


「では、また明日。いや、もう今日ですかネ。10時に、また迎えにきますのでネ。

 病院で検査をして、そしたら、一緒にまたご飯食べましょう。

 それから、またいくつか質問や、実験にお付き合いいただければと、ハイ」


 その言葉に真也は首肯で答える。


「それまではどうぞゆっくりなさってください。今日は色々お疲れでしょうから、ハイ」


 津野崎は鍵を真也に手渡すと、封筒を取り出し、それも真也に渡す。

 両方を受け取った真也は、封筒を持ち上げ、なんらかの書類かと推測し、津野崎に尋ねる。


「なにが入ってるんですか? これ」

「とりあえずお小遣いです、ハイ」

「え?」

「身の回りの雑貨と、いくらかの着替え。多分足りると思うんですがネ」

「え、そんな、悪いですよ、この服だって買っていただいたわけですし、ご飯も」

「じゃ、調査協力費、ということでお納めください、ハイ。一文無しじゃあ心もとないでしょ。

 お好きな時に先ほどの売店でも寄って、足りないものを買い揃えてください、ハイ。その代わり、明日からの実験にはちゃんと付き合って下さいネ?」


 その言葉に、封筒を握ったままギョッとして固まる真也。


「ははは、そんなに身構えなくても大層なことはしませんよ、ハイ。

 ちょっと異能を見せてもらったり、病院での血液検査やら健康診断くらいです」

「……そうですか、なら、頂いておきます」

「ええ、どうぞどうぞ」


 真也は封筒を両手でしっかりと持つと、津野崎にありがとうございます、と礼をする。


 満足そうにそれを確認した津野崎は、別れの挨拶をする。


「では、おやすみなさい」

「……おやすみなさい」


 去っていく津野崎の背中を見送りながら、真也は、ひさびさに誰かに対して「おやすみなさい」と言ったことに気がつく。


 津野崎を見送ると、真也は病室に入る。電気をつけると、白を基調とした清潔感のある

立派な部屋だった。

 真也の住むワンルームよりも広く、綺麗で、ベッドも大きかった。ただ、そのベッドについているリクライニング機能とナースコールのボタンが、ここは本来病室であることを示していた。


 真也はリュックをサイドチェストの上に置くと、その中身をまさぐる。それが、真也に残された全財産だからだ。


 参考書、年金台帳、印鑑、財布(身分証も紙幣も、そしておそらく硬貨も使用できない)と、バキバキに割れ、くの字に折れ曲がったスマホ。そして、


「まじかよ……あるじゃん……」


 最後にリュックの奥底から出てきたのは、緑の封筒に入った、本籍地の書いてある住民票の写しだった。


 ははは、と乾いた笑いが薄暗い病室に響いた。


 真也はなんだか、どっと疲れが溜まった気がした。

 シャワーを浴び、クローゼットの中にあった新品の下着に着替え、早々にベッドに体を沈める。


 目を閉じると、様々な事が真也の頭をよぎる。


 この世界のこと。殻獣、異能、オーバード。

 レイラや、園口さんやウッディは、別れた後どうしているのか。今後の生活、自分はどうなるのか。高校の願書、受験。遺族年金の書類。元の世界に帰る方法。


 そして、アナザー間宮……シンヤとの、約束。


「ああ……なんだか今日は、長い一日だったな……」


 口に出してから、当たり前か、と自笑する。


 真也の生きてきた15年間で、一番濃密だった。

 瓦礫の街、自分の死体、美少女、化け物との遭遇、超能力者として覚醒、軍のテント、手錠をされ、護送車に乗せられ、研究所に連れてこられ、病室で寝る。

 1日の間にこれだけの事を経験することは、誰だってないだろう。


 真也は不安だらけで一睡もできる気がしなかったが、瞼を閉じると、疲れから沈み込む様に深い眠りへ落ちていった。

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