第2章 4-5 図書室

 「あ……はい、分かります」

 「新しいハイセナキス用の武器を考案したと聴いた」

 「考案……ま、まあ、はい。そうです」

 「これへ」


 侍従がイェフカ刀を恭しく青い布ごしにもって登場する。クロタルに云われて刀を部屋へ置いてきたので桜葉は驚いたが、予備だ。工房で予備もこしらえをしつらえたのだろう。


 「ううむ……」


 玉座へ座ったままの方伯が刀をとり、抜いて見てうなった。重臣達も物珍しそうに方伯の手の刀を見つめる。優美な刃紋は無いが、ビカビカに研ぎすまされて銀のように光っている。


 「美しい……」

 「しかし、あのような、鏡めいた剣で本当に戦えるのか」

 「ガラスでできておるのか?」


 などと、ギャラリーがぼそぼそ云いあう。桜葉は面白かったが無表情を貫いた。

 「イェフカ刀と名付けたとか」

 「あ、はい……」


 私じゃありませんけど、とは口に出さなかった。長年のヒラ務めで、偉い人の前で余計なことを云わない技術くらいある。


 「一振り、余にもらえるか?」

 「よろこんで」


 秒速で答えた。こんなことろでケチッて、メリットは何も無い。方伯が満足げにうなずく。そして、


 「この刀で……やれるか、イェフカ」


 方伯は真剣な眼差しで桜葉を……イェフカを見つめた。桜葉はその眼差しに、背筋へ電気が走った気がした。


 「やれます。……やってみせます」


 そんな言葉は、四十年間でただの一度も発したことは無かった。自分でも不思議だった。


 おお……! と周囲がざわめき、方伯が頼もしげにうなずいた。クロタルも、ハッと息を飲んだ表情のまま桜葉を見つめ、やがて決意を新たにしたように何度もうなずく。


 「では……やってみせろ!! 其方は、テツルギンは元より、七選帝侯国全ての希望になりうる! 頼んだぞ!!」


 「はい!!」


 「よし。では、まだ少し早いだろうがこの素晴らしい刀を献上された礼に、褒美をとらそう。なにか望みを申せ」


 少し、取り巻きがざわめいたが桜葉はかまわずに、

 「閣下……この城に、図書室はございますか?」

 「図書室?」


 このドラムはなにを云っているのか、という空気がただよう。

 「あるが、それが?」

 「できますれば、自由に閲覧する権利をお与えください」


 「ドラムごときが、書庫へ立ち入るだと!?」

 思わず誰かが声を発したが、方伯がまた手を上げる。

 「よかろう」

 「閣下、お気は確かで!」


 「ドラムへ入るような輩、字など読めませんぞ! こやつきっと貴重な書物を盗み出し、売りさばこうという魂胆にちがいありませぬ!!」


 また方伯が手を上げたが、声は止まらなかった。

 「閣下、どうかお止めくださいますよう!」


 これで分かることは、ドラムへ魂魄移植されるのは、どうも文盲の底階層の者が多いらしいこと。クロタルは例外っぽいこと。この世界では、本はとても貴重っぽいこと。ドラムへ入るような連中は、ともすればスラムの犯罪者であること。である。桜葉は、アークタの言葉を思い出した。


 「まあまあみなさま、よろしいではありませんか」


 みな、声の方を向く。桜葉は、出た! と思った。スヴャトヴィト博士だ。いつのまに、そしてどこから部屋の中に入ってきたのだろう。ここにいるということは方伯がそれを許したにちがいないが、皆うわっ、という顔つきだ。桜葉はそれが面白かった。やはり、この奇人に対する対応は桜葉以外も同じなのだ。


 「博士、なにがよろしいのですか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る