第2章 3-7 クラゲだって生きている

 その言のとおり、桜葉は自ら工夫をこらし、ガズ子の上や素早く降竜してからの居合の稽古をやってみた。時にはクロタルを立たせ、一気に「虎走り」で詰め寄る。そして寸止めで居合の型を遣った。クロタルはその未知の動きに幻惑され、目を白黒させていた。


 数日後、稽古の終わりにクロタルがまた塞ぎ始めたので、桜葉が声をかけた。

 「どうしました? 練習は順調に進んでいると思いますが」


 「イェフカ……アナタは、私がこの練習を逐一ユズミに教えているとお思いですか?」

 (またその話か)


 桜葉はウンザリした。意外と根に持つというか、陰キャラだ。こんな部下がいたことがあった。もういちいち話をすることすらあまりに面倒なので上司へ素直に報告したら、自分が管理不足として叱られた。ろくな思い出が無い。


 (ほんっと、まじでどーでもええわ!)

 容赦なく眉を寄せ、

 「クロタルさん、この際、はっきり云わせてください」

 強張った顔で、クロタルが身をすくめた。


 「あの……四人しかドラムはいませんしね? 狭い競技場で、隠しようがないでしょ。他の三人だって、自由にあたしの練習を見学できるんでしょ? 教えようと教えまいと、正直どうでもいいです」


 それは、半分自信であったし、半分はぶっつけ本番だから本当にこんなシミュレーションを見られたところで自分でもどうなるかわからないから、だった。


 「そ……うで……す……か……」

 クロタルは予想もしない桜葉の言葉に、驚いて立ちすくむ。


 「あと……クロタルさんて、ずっとあたしの世話というか、競技でも補佐をするんでしょうか?」


 「ご不満ですか!?」

 「いや……不満ではないですけど。いいのかな……て」

 「自分で望みました。私は、スヴャトヴィト式ドラムをもっと知りたいのです」

 「知りたい」


 やっぱり、次の零零四型とやらに入るのを狙っているのだろうか。想像だが、クロタルは本来であればイェフカへの魂魄移植候補から外れた時点でお役御免だが、少しでもハイセナキス関係で仕事をし、チャンスを狙っているのであれば。


 それならそれで、こっちも少しは協力してやろうという気にもなる。

 (そうは云っても、まだちょっとなあ)


 やはり、これまでまともな人間関係をほとんど構築せずに逃げ回ってきた人生四十年の重みというかツケが、不惑にしてこの幼稚さである。自らクロタルへ近づく気もなければ、近づこうという努力も無い。流れに任せて、これからも生きる。海月だ。


 (別にいいじゃねえか。クラゲだって生きてるんだ)


 自覚しているだけ、マシなのか。世捨て人を気取ったまま、桜葉はドラムの中からクロタルを見た。友達、まして恋人になろうというでもない。ビジネスパートナーというでもない。よく分からない関係だ。が、不思議と不快な距離感ではなかった。


 二人はポツリ、ポツリと必要最低限の業務的な無味乾燥のようで他愛もない会話をしながら並んで歩き、今日は宿舎の前でクロタルが別れた。


 そんな二人を、競技場方面からユズミが凝視している。



 4


 「イェフカ! 侯への御目見えがきまりましたよ!」


 二日後、朝食のあと部屋で水を飲んで稽古までくつろいでいると、興奮してクロタルが駆けこんできた。


 「こう?」


 「テツルギン侯です! 元々スヴャトヴィト式の御披露目は予定されてましたが、もっと後でした。しかし、イェフカが全く新しい武器を考案し、工房で製作させたことが畏れ多くも侯の御耳に達し、召喚されたのですよ!」


 「召喚」


 とっくに異世界へ召喚されてますがなにか、という心境で、桜葉はポカンとしていた。クロタルが、拍子抜けと納得に沈静し、


 「侯のことも忘れてましたか」

 「す、すみません……」

 ちょうどいい機会だから聴いてみようと思った。

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