姦計―⑤―

 ロックを嘲っていたカイルの顔は、蒼白となっていた。


 隣のアンティパスから、感情が消え失せる。


彼の目に映るロックの顔は、怒りと驚きが同居していた。


 二つの炎柱が青白く輝き、残り火と言わんばかりに、破裂し天に昇る。


 青白く放たれた炎が照らすのは、月白色の女性。


肩を露出し、胸部と肢体を覆う衣装を身に纏い、三者の視線の交錯する場所で、浮いていた。


 首筋までを覆う髪は朧月夜を思わせ、雨雲に覆われた夜でも、陰らない下弦の月の双眸がロックを射抜く。


「……リリス」


 ロックは翼剣“ブラック・クイーン”を構え、リリスを見据える。


 雨天の空を背に、青白く浮かぶ真昼の月を思わせる女性。


 ロックは隙を伺っていたが、彼女の傍で浮かぶ双翼の姿が飛び込んだ。


黒と白の双翼の表面に、少女の彫刻がそれぞれ刻まれている。


黒には短髪、白にはガレア帽に描写された二人の女性に、ロックは見覚えがあった。


「サキの命熱波アナーシュト・ベハ……前に見た時よりも力が上がってやがる」


使、漸く、その形に収まった。スコットランドではやってくれたな……」


 リリスは、地表に降り立つ。

 

 黒と白の翼は、光を放つ。二枚の羽衣に変え、リリスの腰を包み込んだ。

 

「我の手足として動くはずのファンから逆流したエネルギーを直に受けて、空を漂うしかなかった。雷の中で分解と結合を繰り返す……あの痛み。お前にも味合わせてやりたかったぞ!」


 ロックの目の前のリリスは、三日月の様な唇を歪ませながら、悔恨を紡いだ。


「雲の中……”救世の剣”の爆発に晒されても、死なねぇのかよ……」


 ロックが苦々しく吐き捨て、リリスは笑った。


月の女の感情に呼応するように、腰に覆われた二色の羽衣が風無き夜に大きくうねる。


「死ぬわけがない。そもそも、私もまた命熱波アナーシュト・ベハだ。分解と結合を繰り返しても死ねん。そもそも、あの”救世の剣”は”リア・ファイル”で作られたのだ。それに入ることくらい、訳が無いわ!」


 それでも、ロックには今の状況の説明が付かなかった。


「だが、あの時の爆発で、”救世の剣”は愚か、命熱波アナーシュト・ベハも無傷で済む訳がない。命熱波アナーシュト・ベハにも痛覚はあるし、回復しなければ能力も使えない」


 ライラとヴァージニアも、グランヴィル・アイランドでの雨の時、像を歪ませながら戦っていた。その上、選ばれた宿主を使わないと、物理現象に干渉できない。


命熱波アナーシュト・ベハも宿主の損傷が激しくなると、自分の熱出力を使って回復せざるを得ない。


無論、宿主から再生能力をので、長期的には、命熱波アナーシュト・ベハが宿主の寿命を縮めることに繋がる。


だから、許容範囲の損傷を超えると、宿主を維持させる為に命熱波アナーシュト・ベハは活動を停止するのだ。


「そもそも、”救世の剣”には、がある。それを逆流させたモノを上回り、回復の為の熱源なんてあるわけが――!?」


 ロックは言葉を紡いで、戦慄した。


海水の沸点は水のそれよりも、高い。太陽の熱で海水が蒸発し、潜熱が生まれる。潜熱は外気に触れ、雲を形成する。熱源となった雲は、転向コリオリ力に動かされ、内部の気圧差が低気圧を作り、風雨を起こす。


リリスがいたのだ。


 宙に浮かぶリリスの背にある、青白い燐光を放ちながら、


 燐光を放つそれは、まるで磨き上げ切った名剣の剣先の様に、目を焼くほどの輝きがバンクーバーに広がった。


 青白い剣先に光が集っている。


外気温との差で水蒸気が上がり、青白い光が血肉の様に蠢いていた。


のは、テメェの仕業か!?」


、な……ロック、気づいているはずだ」


 リリスの言い回しを咀嚼し、ロックは怒りの余り、声を失った。


 命熱波アナーシュト・ベハは”リア・ファイル”の記憶貯蔵を活かした、起動子プログラムにして、生体認証機構である。


 端的に言うと、人格を基にした


リリスは雨雲の熱源を得て、活動することが可能になった。


リリスのナノマシンを含んだ雨水を”ウィッカー・マン”が浴びたら、どうなるか。


答えは、”首なし騎士デュラハンの活動開始”と”シーモア通りストリート”に流入した”ウィッカー・マン”が物語っていた。


「”ウィッカー・マン”も命熱波アナーシュト・ベハがあり、破壊される度にリリスに向かって、餌にされる」


命熱波アナーシュト・ベハの塊である”ウィッカー・マン”がバンクーバーに流れ込み、ロック達が倒す度に、その魂がリリスの傷を癒す。


 サロメの言う””そのものだ。


リリスの月の双眼に映るロックは、皮肉な結果に怒りで犬歯を突き立てる。


命熱波アナーシュト・ベハの人格の記憶が……活発になっている。だから、君のに納得できたのか!?」

 

アンティパスの言葉に、ロックは自らに起きていた異変を認める。


 だが、彼の言葉は、もう一つの


 その事実を一つずつ確認しながらロックは、


「サキを守る二人の命熱波アナーシュト・ベハ……人格が姿強かった。あれは……テメェ対策だったのか!?」


 リリスの”リア・ファイル”が、雨として降りそそいでいるバンクーバーでは、サキの命熱波アナーシュト・ベハは相当過敏だったろう。


ロックもの“”を有していた故に、ライラとヴァージニアから、攻撃を受けたのだ。


 息を呑んでロックは、


「……サキを乗っ取るにはライラとヴァージニアを必要があった」


「ロック。お前のあの時の攻撃で、サキを守る命熱波アナーシュト・ベハを弱らせることが出来た。”ウィッカー・マン”やサロメの呼び寄せた”鬼火”と言われる男からも、エネルギーを得られ、やっとサキへのプロテクトが解けた。だから、こうして手足を以て……こういうことが出来る」


 リリスの巻かれた黒と白の羽衣が波打ち、閃光が走る。


ロックとアンティパスの前で、最後の――カイル=ウィリアムスだったモノ――が大きく立った。


「しかし……それだけでは、十分ではない」


 リリスは、双眸にそれぞれ、ロックの全身を映すほど肉迫。


カイルを焼き尽くした位置からの音もない移動は、アンティパスすらも気づかない。


「アンティパス……そういう名前だったが、その体が申し分ないな」


 リリスは、ロックから灰褐色の戦士へ一瞥し、くつくつと笑った。


 彼女の嘲笑に、アンティパスの顔が曇る。


 ロックは、彼の沈黙がではないことを知っていた。


「アンティパス、逃げろ!」

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