閃刃―④―

午後 9:02 ヘイスティング通りストリートとバラード通りストリートの交差点


――全く、何で今日に限ってこうなんだよ!?


ヤコボは、車で敷き詰められた通りに辟易していた。


「おい、ヤコボ……どうにかなんねぇのか!?」


 後ろの茶髪の男が、怒鳴り上げる。


「ジョンさん……後ろ、……」


 遮光眼鏡を衣類の胸ポケットにおさめた男が、青ざめながら宥める。


「ジョンさん、キムさん……無茶言わないでくれよ。”ウィッカー・マン”が出てきて、それどころじゃねぇんだよ……」


 茶髪のジョン、遮光眼鏡のキムのが、バックミラーから見える。


 三人が乗る、韓国製のSUVは、三列座席の七人乗り。


 その背後にいるのは、二人の女性。ヤコボたちは、日本人だと聞いている。


一人は、ジャケットに白いワンピースに身を包み、もう一人はカーディガンを羽織っていた。何れも、外の喧騒などお構いなしの熟睡である。


 少し前に、ヤコボ達三人は、夜の街に繰り出していた。

 

その中のクラブで会った、二人の日本人に話を掛けた。


 話題を盛り上げる手段には事欠かない。


まず、極東自体は余りに閉鎖的だ。からの解放感は、警戒感を緩める。


だが、の落差は、を発芽させる。生き辛さが鬱屈と重なり、、同じ心の持ち主を求める。


 そこで、ヤコボのまとめた日本語手帳――悪口メモ――の出番だ。


手書きなのは、変換機能入りの起動素子を端末に入れるのが、面倒だからである。


方が、よりも、手間は掛からない。


 語学学校には、現地の英語や自分の興味を追及する手段を学ぶ為に入学する。


だが、それが叶わないこともある。資本主義は選択だが、も否定しない。


自己認識と現実の違いに悩む時、無意識の内に、手段と目的が入れ替わる。


その狭間に立つ、彼女たちは、ヤコボたちの最高の獲物だった。


 彼らはそう言った女性に、役割を演じて近づく。


 一人は、強引に話す側のキム。


もう一人は、女の子の気持ちを汲むふりをして、日本語の悪口で同意しつつ、距離感を縮めるヤコボ。


しかし、二人だけでは、確実に逃げられる。


そこで、三人目の男、ジョンだ。体力があってガタイのいい男は、そのやり取りを見守る第三者だ。


カナダは性犯罪に厳格だ。男たちが戸惑う女性に言い寄る姿を見て、用心棒か警察を呼びかねない。


その外部からの排除を担うのが、ジョンだった。


基本的に、彼も語学学校に通いながら、がある。


火遊びを嗜む過程で、荒事に発展すれば、殴るか騒げばいい。


無論、相手が不利になる様に演技をして、出るところへ出ることの威圧も忘れない。

 

ヤコボがある時見ていた、古典的日本映画の的屋の商売の仕方を真似たものだ。


勘のいい奴がいれば気付くだろうが、そもそもワーホリは””。祖国の文化に疲れて、自国文化に関する教養も無いまま、海外に来たものが多い。 


機智に溢れた制度利用者が、いる筈もない。


三人は、宴が酣となった時に、こっそり用意した特性混合酒を忍ばせ、相手に呑ませる。


意識を朦朧とさせ、ヤコボの父の用意した家へ運べば良い。


だが、今回は、そう上手くいかなかった。


「ヤコボ……”ウィッカー・マン”は、市内に出ないんじゃなかったのか!?」


 その中の年長である、ジョンの怒号のトーンが上がる。怒号を躱していると、ヤコボは端末の振動に注意が向いた。


――なんか、来ていたけど……。


 日本の女性を口説くための悪口帳の作成で、英語の内容は頭に入らなかった


「ジョンさん、だから、目が覚めちまいます……ヤコボ、お前の職場、安全なルートは無いのか?」


 キムが最年長の男を宥めて、ヤコボに聞く。静かな声だが威圧感を感じた。


「キムさん。安全なルートはそれこそ、”ワールド・シェパード社”と警察がいるんだよ」


 ヤコボは嘆いた。


 彼は留学用の査証で、オラクル語学学校に通っている。


“ハティ”内の連絡員としての職種を専攻しているので、前線に出ることは無い。


キムの言う様にそのルートを使えば、渋滞は緩和されるだろう。


 しかし、それには問題がある。


「それに、そのルートは”ワールド・シェパード社”と警察の拠点に通じるから、こんな目的の為に使ったと言われたら――」


 ”ワールド・シェパード社”の中で、車を使う社員は勿論いる。


 作戦行動及び隊員の車両が、拠点に移動する為の道路が必要となる。


その為、作戦行動の範囲に指定された路地を走る一般車両を、強制的に道路の脇に止めさせ、運転者を降車させることが出来る。


 そうして交通規制された道路に、を入れることは、語学学校だけでなく、”ワールド・シェパード社”からも疑いを向けられるだろう。


事がバレれば、最悪、母国にいる財閥の父にも連絡が行き、大目玉を食らうことは必至だ。

 

それに加えて、


「俺たち、徴兵から逃れる為にカナダへ来ているから、このことが本国に知れたら――」


 当然、電脳空間だけでなく公共空間でも、晒し物にされるだろう。


 富裕層の徴兵制度逃れへの厳罰化は、世論の声として反映されつつある。


「喚くな! ヤコボ、キム……俺の親父がどうにかするから」


 ジョンが、後で怒鳴った。


 ジョンは、政治家を父に持つ。


ジョンの父の関わった財閥との黒い繋がりや、彼自身の起こした暴力事件への追及と徴兵義務から逃れる為に、カナダに来た。


遮光眼鏡のキムの父は、経済振興に携わる高級官僚。


ヤコボの父も車の製造で知られる大手財閥で系列下の企業の長として、キムとジョンの父とも関わりを持っている。

 

当然、ヤコボとキムも徴兵義務だけはご免だった。


特に、名家出身者に政治醜聞がある場合、にされ、精神が壊れてしまうだろう。


 そうならない為に、”盗人にも三分の理”として、三人は同士となる筈だった。


だが、親の力関係は相続されるらしく、ヤコボは、二人の息子の汚れ役を負わされている。


――この車も、市場に回っていない奴なんだぞ。


 ヤコボの父の会社が作ったSUVで、最高傑作の試作品と言われている。


韓国だけでなく、カナダも関わっているらしい。


採用された暁には、”ワールド・シェパード社”とも繋がりを築けるだろう。


その試験運転と祝いも兼ねて、ヤコボは、父から海の様に青いSUVを与えてくれた。


だが、二人に何時も享楽を提供しなければならない。


――ここで頑張っているのも俺。車を提供しているのも俺。それなのに、俺は何時もアイツらの””しか、女どもを楽しめない!!


 ヤコボが、不満をぶちまけても、力関係を思い知らされるだけだろう。


 しかも、本国の二年の軍の義務から逃れる為に、市民権を得られず、留学ビザを延長するばかりだ。

 

最も、三十歳まで粘れれば良いが、最近は厳しくなっているので、ヘマをすれば最悪の結末となる。


 ヤコボの父にとって、仕事と私事は一列上にあるらしく、何かが起きれば勘当しかない。


――毒を食らわば皿までだ!


 車が動き出したので、加速板を踏もうとしたが、出来なかった。


「ヤコボ、どうした!?」


「吹かせろよ、車を!」


 ジョンとキムに急かされるが、ヤコボは答えられなかった。


「君たち、車を貸してくれ!」


 銀色の装甲を纏った、長髪の日本人が、前に飛び出して来たからだ。


「ハシモト隊長……」


 ヤコボの言葉に、ジョンとキムの息を呑む声が聞こえた。


 前にいた筈の、長髪の日本人――ナオト=ハシモト――が左の運転席に移動し終えている。


 自動窓を開けると、


「君たちの車を貸してほしい。タダとは言わない。TPTP協力法では、対”ウィッカー・マン”組織に所属するものは、緊急要請を受けた場合、車両及び住宅の貸与の義務がある。その補償は、勿論否定されない」


 ナオトの機銃の様な言葉に、ヤコボは二の句を告げられなかった。


「その要請は君の端末にも送られている。確認してくれ!」

 

抗議の声も上げられなかった。

 

端末の画面をよく見たら、確かに、着信を受けている。


指を滑らせながら、ヤコボが通知画面から電子郵便を見ると、ナオトの要請が届いていた。


 TPTP協力法は、TPTP基本法を上位文書とし、TPTP傘下でのを定めた法律である。私的財産の制限、同補償に加え、交通制限時の道路の使用の優先権が定められていた。


「キム、どういうことだ!?」


「ジョンさん、この車を渡さないといけない。この日本人……俺たちに、車を降りろって」


 ジョンの熱気の唸り声に、キムが冷や汗を流しながら説明する。


「バンクーバーはTPTPを厳守しなければならない特区になっていて……戦場――」


 ヤコボの解説は、自分の座っている座席への振動に遮られる。


 ジョンが蹴ったのだ。キムの静止する声を振り切り、茶髪の荒くれ者は、ナオトの前に立つ。


「ふざけるんじゃねぇ……俺の親父は議員だ。日本に圧力を加えるぞ!?」


 車の外から聞こえてくる罵声と共に、雨音と水気を含んだ風が車内に入り込んできた。


 ヤコボは真っ青な顔で、年長者を止める為に外へ出る。


キムも遅れて出る頃には、ジョンは、銀色の甲冑を纏う日本人に掴みかからんとしていた。


「それに、テメェは隊長じゃねぇ! ヤコボ、端末をよく見ろ!!」

 

ジョンに言われて、ヤコボは手にした端末の画面を見る。


 端末内の受信箱には、五つの新しい着信が入っていた。

 

新しく加えられたその内の、


“TPTP基本法、同協力法違反者:ナオト=ハシモト”


“TPTP基本法、同協力法違反者:ブルース=グザヴィアー=バルト”


――これは一体――ッ!?


 新着の文章には、ナオト=ハシモトの端末の権限は、排除されたと伝えられていた。


しかも、その連なる名前には、”深紅の外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド”も含まれていた。


 雨の冷気が相対的に温かく感じてしまう程、ヤコボの背筋は恐ろしさで凍り付いていく。


 彼は、目の前の銀色の日本人を見つめた。


しかし、ナオトの視点は、自分と別に向いている。


 ナオトの視線と同じ方向に、ジョンとキムが辿った。


 彼らの視線に続いた、ヤコボは、恐怖で出来た氷柱が、喉と肺から突き出るかと思った。


 目の前に広がる、”スコル”の装甲と一斉に構えられた、電子励起銃。


 警察官の軽機関銃に、目まぐるしく輝く赤と青の警告灯。


更に、その背後で、直立歩行の鉄の蟹の甲羅が聳え立っていた。


 背後の甲羅から韓国語が流れてくる。


「ナオト=ハシモト、ブルース=バルトはTPTP条約締結国間の秩序を乱し、”ワールド・シェパード社”社員に傷害を負わせ、逃亡中である。引き渡しを求める! 現地警察からも要請されている」


 銃口に晒された上に、見たこともない兵器にヤコボは混乱した。蟹の甲羅から生えた二本足は、どう見たって”ウィッカー・マン”としか言い様がない。


目の前の元隊長は、何かとんでもないことをやらかしたのだろう。


しかし、隊員が出動しているならまだしも、背後の機械まで持ち出す事態である。


それは、自分たちでは、既に手に余る事態と言うことではないのか。


 まるで丘に打ち上げられた魚の様に、ヤコボが口を開閉させていると、


「韓国の議員の息子として、ハシモト氏の拘束に協力します!!」


 いきなり、隣のジョンが大声を上げた。


しかも、自分の地位を馬鹿正直に言ったので、ヤコボの息が止まりかける。


 キムも最年長者の突然の発言で、顔を真っ青にさせるが、


「キム、ヤコボ、考えろ。これは、良い機会だ。馬鹿でもいいから、俺たちの地位を言っておけば、アイツらに口利きしてもらえる。親父らも良い思いが出来て、本国を見返せる」


 ジョンの耳打ちは、ヤコボだけでなく、隣のキムにも聞こえるほど大きかった。


「国の為に何かをしていたら、兵役免除……スポーツ選手よりも近道じゃねぇか。それに、も曖昧にしてくれる」


 ジョンの言った兵役免除は、ヤコボの中の倫理心を悪魔に差し出す最後の一手だった。


 ヤコボたちが、ナオトに目を向けると、


「良い車じゃねぇか!」


 陽気な声が、ヤコボたちの背後から響いた。


 その声の主を見ると、狐の毛の様な髪をした白人が立っている。


苔色の外套で、銃身と弧に反った剣が一対、腰に掛けられていた。


男の緑色の眼は、腰の刃と冷たさを含んでいる。


 添付写真にあった、ブルース=バルトだった。


「爽やかな青色だな……女も喜ぶ色。でも、何で?」


 子どもの様な声に対し、車を楽しむ者の眼ではない。


を見抜き、が取り繕う様を楽しんでいるようだった。


「というか、車に乗る奴は、。寝ているんなら、お前らには過ぎた玩具だ」


「おい、お前……誰の許可を貰って、車を覗いているんだ!」


 ジョンが狼狽する。


だが、ブルースは彼の静止に構わず、更に奥へ踏み込む。


苔色の外套の男は、寝ぼけ眼の日本人女性二人を起こして、椅子を操作。


機械仕掛けの椅子を畳み、彼女たちの順路を作る。


 ヤコボ達は、目の前の状況に見向きもしない、緑の外套の男の動作を見届けた。


余りにも、自分たちは愚か、周囲の剣呑な空気も無視しすぎて、言葉が出ない。


……許可を取るのは、?」


 寝惚け眼の女性たちの手をブルースが取って、ふと口を開く。


彼の言葉は、無数に構えられた銃よりも、の様に響いた。


位、分かるぜ……『』から取るもの、だろ?」


 ブルースは、ジョンに一歩近づいて、


「『を使って、』からじゃねぇのは、わかるぜ?」


「ふざけてんじゃねぇよ、テメェ!」


 ジョンの力いっぱい振りかぶった拳が、ブルースという男の顔面を襲う。


誰もがその血が狐色の髪を赤く染めると思ったことだろう。


 だが、のは


 ジョンの拳よりも、白人の右肘鉄が圧倒的に速い。


彼の苔色の外套の右肘に、ジョンの血と幾つか歯片がくっ付いている。


韓国人の議員の息子は、声を上げる間もなく仰向けに、紅く潰された鼻を夜の雨に晒した。


 車から出たばかりの日本人女性たちが、目の前の光景に目を覚ます。


突如起きた事態に、言葉を失った彼女たちに、ナオトが駆け寄った。


 銀甲冑の男の言葉に、女性たちは二、三回頷くと、銃を構える警察と”ワールド・シェパード社”の集団へ駆け込んだ。


「おい、ヤコボ。逃げるぞ!?」


 キムの声で我に返ったが、ヤコボの足が前に進むことは無かった。


 キムは膝を付き、鈍角となった腹を支えている。


抱えたキムをブルースは右足で無造作に蹴り、ヤコボの前に転がした。


 雨で出来た水溜りに、彼の口から出た吐瀉物の分泌物の膜が出来る。


 苔色の外套の男は、キムの後頭部に右足を乗せ、吐瀉物と雨水のスープを飲ませた。


 後頭部に向け、ブルースは右足を強く踏む。キムの胸に入れた遮光眼鏡が、雨の降る音に混じって乾いた音を上げ、割れた。


 彼は、外套を翻すと、


「アイツを隊長と呼びたいなら――」


ブルースの言葉と共に、ヤコボの視界に帳が降りる。

 

視界は外よりも真っ暗で、痛覚が左頬からの激痛だけが訪れた。

 

その反動で意識が切れる間際、


「そう出来る行動を、普段から心掛けろ……ゴミ屑」


 ブルース=バルトから放たれた苔色の衝撃は、突き上げられた肘鉄砲。


 ヤコボが気付いた時には、夜と瀝青よりも黒い無意識の海に沈んでいった。

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