閃刃―③―

“ワールド・シェパード社”と警察による包囲網が、吹き飛んだアンティパスによってSUVが横転して、破られた。


交通規制によって、脇に置かれた車が犇くロブソン通りストリート


なすすべなく宙を舞うアンティパスの胴へ、”ブラック・クイーン”の狙いを定めるロック。だが、大筒と化した左手がロックの眼前に突きつけられた。


「そうは問屋が卸さねぇ……よな!!」


 ロックは右手の護拳の前に磁向防スキーアフ・ヴェイクターを展開。


 混凝土の砲弾に、ロックは全力で踏ん張る。


腕を伝う衝撃に頭を揺らしながら、それを振り切る様に、反時計回りに右拳を突き出した。


ロックに弾かれた、アンティパスの混凝土弾は、背後にある紅い日本食コンビニ店のテントと硝子を盛大に吹き飛ばす。


轟音と爆風で戸惑う客と従業員を見て、


「おい、俺の夜食……どうしてくれんだよ!?」


 アンティパスへ言いがかりを付けながら、ロックはイニュエンドの引き金を引いた。


電子励起されたナノマシンに包まれた”雷鳴の角笛アヤーク・ジャラナッフ”が、ロブソン通りストリートを滑走。


アンティパスの灰褐色の左腕を、二度弾いた。


銃撃で、錐揉みに飛ばされたアンティパスは、バスの停留所とパラソルに覆われた野外席を粗大ゴミの山に変える。


 しかし、ロックは、彼が瓦礫に埋もれる前に振るわれた、ストーン・コールド・クレイジーの軌跡を見た。


瓦礫の煙と共に、混凝土柱がアンティパスを守る様に現れる。


摩擦もなく高速で、乗り捨てられた路上駐車の車を弾き飛ばしながら、二柱がロックに迫った。


「シカトしてんじゃねぇ!」


 銃を収め、護拳で柱を撃ち抜く。


 ナノマシンの電子励起で生まれた爆発が、柱を粉々に砕いた。


しかし、その分の熱量を反動として食らい、ロックの体は宙を舞う。


呼吸が漏れると同時に、激痛が背中から全身を襲った。


 バスの時刻表を掲示する柱が、ロックの背中に激痛を与える。


刹那、視界に一瞬暗黒が訪れた。


 衝撃で、意識が霞むが口腔内の血の味で、覚醒する。


地面に落ちる前にロックは、”迷える者の怒髪ブイル・アブァラ”で、血染めのバス停を焼き切った。


噴進燃料の炎によって、ロックは推進力の翼を得る。


目の前から、追い打ちと言わんばかりに、突進を仕掛けるアンティパス。


 右脚に向けた袈裟斬りで迎撃し、アンティパスの胴体の手応えをロックは覚える。


翼剣越しの感触を忘れぬ内に、煌く噴進燃料の斬撃を、横殴りにアンティパスへ放った。


 火炎燃料の燃焼の衝撃と上向きに放たれた紅黒の斬撃は、灰褐色の戦士を雨の夜空に打ち上げる。


その衝撃は僅かに、彼の大砲の様な剣を持つ右手を緩ませた。


 だが、アンティパスは左腕の拳砲が、ロックの二撃目を遮る。


左腕の混凝土弾の着弾点に、ロックはいない。


 血色の眼が胡乱気に、水面の様に揺れるロックの姿を映していた。


 アンティパスの放った混凝土の弾丸内のセメントを、ロックを囲む水の刃が分解している。


穢れなき藍眼スール・ヒンプリィ”による、空気中の水蒸気を水分に変えた鋸で、混凝土の強度を落としたのだ。


ロックは、水蒸気の刃を発生させた熱量で、アンティパスの上を飛ぶ。


「何か喋りやがれ、この無口野郎!!」


 空中で、紅い外套の裾が時計回りに舞う。


ロックはその勢いで、右後ろ回し蹴りをアンティパスに放った。


間合いが近い為、アンティパスは、大剣は愚か左拳砲も使えない。


ロックの右踵の槌が、赤眼の戦士の顎に直撃。


慣性の法則により、回転からの一撃はアンティパスの首から体を突き抜け、偉丈夫の肉体は円錐状の軌道を描いた。


ロックの攻撃の作用と反作用によって、彼の体が飛ばされた先は、ロブソン通りストリートの下腹に、連なる極東料理の店の列に一つ。


“日本ラーメン のさわ”の看板と提灯が、アンティパスの衝突で倒壊したことで、雨の空へ盛大に舞い上がった。


 一人の男が突っ込んだことで、一瞬にして、ラーメン店は鉄筋、木片、と混凝土の塊に成り下がる。


その一部始終を、周囲の家屋や店舗に避難していた人々が、携帯通話端末から閃光を放ち、焼きつける。


に溢れる山の中腹が、ロックの目の前で、僅かに振動。


 音もなく、残骸の山が舞い上がる。


 その様を見た、群衆――特に、ロックの背後にいた日本人や韓国人は、初めに驚嘆の声を上げる。


「どうだ……何か喋れそうか? そこのくどい醤油味と、生ごみ臭い不味いラーメン屋に、ぶち込んでになると思ったんだが――」


 店の不幸は他人事と言わんばかりに、平静な口調で話すロック。


背後の外国人たちからの騒めきが、悲鳴に変わり始め、


「……効果なし、と」


 空間を漂う瓦礫の下にいるアンティパスに、ロックは“イニュエンド”から”雷鳴の角笛アヤーク・ジャラナッフ”を放つ。


しかし、ナノマシンで強化された電子励起弾は、アンティパスを囲む日本料理店だった残骸に阻まれた。


いや、


 やがて、ロックの銃弾を呑み込んだ物体は、巨大なスラープとなり、アンティパスを囲む。


「何度壁を作っても同じだ!」


 ロックは、コンクリートの壁に、最高速度で突進。


加速度と質量を倍増させた、正拳突きを灰褐色の戦士に向けた。


「――硬い!?」


 先程、電撃に覆われた護拳の一撃や、音速推進火炎で、貫かれた混凝土より強度が増している。


削れた破片の中から、瓦礫と木片が垣間見えた。


――混凝土が強化されていたのか!?


 混凝土。その歴史は、紀元前6500年のナバテア商人に遊牧民族のベドウィンが使い始めたとされ、古代ギリシャやローマにも広まった。


混凝土は、水と混ぜて建材に使う。だが、弱点として、その強度は衝撃に耐えることは出来ない。硬い物体は、その分、外部からの応力に弱いからだ。また、強度は粒子の結合による賜物なので、湿度も最大の敵である。


それらの弱点を克服する手段として、混凝土はセメントの段階で、様々な材料を混ぜる。


特に、木材は熱帯のシンガポールの様な高湿多雨では、硬材を欠けさせることなく、水を含められる。その結果、木材の入った混凝土は、従来のものよりも約二割、強度が増すという。


――何度作っても、壊してやるだけだ!


 翼剣”ブラック・クイーン”を覆うナノ電蝕に、意識を集中。


混凝土壁が炸裂。大小の混凝土の飛礫の向こうで、灰褐色の戦士を曝け出した。


良いからバイツァ寝込んでろダスト!!」


 ”リア・ファイル”で作られたナノ電極に、更に電力熱量をロックは流し込む。


炸裂した電磁波によって、混凝土弾がアンティパスの装甲に打ち込まれた。


大小問わず、瓦礫の流弾の一斉放射に偉丈夫の体を、足元から上がる瓦礫に覆われる。


アンティパスが立ち往生する中、ロックは左袈裟斬りを放った。


しかし、瞬時に、灰色の壁がロックの剣先を弾く。


立ちはだかる壁に阻まれ、ロックは思わず、後退った。


目の前に広がる混凝土壁に、思わず息を漏らす。


と言うよりは、高さと大きさだった。


――”Alaskaアラスカ”……いや、”T-wallティー・ウォール”か!?


 混凝土は、現代の戦場で最も目に見える効果を示した兵器と評されている。


 イラク戦争では、混凝土は即席爆発装置(IED)、自推爆弾砲に迫撃砲から身も守り、バクダッドのインフラや拠点を作りに貢献した。


 その際に使われた混凝土は、大きさと重さによって名前が異なっている。


 Jerseyジャージーは、約0.9メートルで重さは、2トンある。


約2メートル前後で3.5トンはColoradoコロラド、6トンはTexasテキサス


約4メートル弱で7トンは、Alaskaアラスカと分類。


 しかし、T-Wallティー・ウォールは違う。


大きさはAlaskaと同じで6トンと軽めだが、汎用性が高く掩体壕バンカーや見張り塔に使われていた。


強力なIEDによる爆撃や、敵対勢力の迫撃砲による憂き目にあっていたが、2008年のサダーシティの戦いで、その評価が大きく変わる。


米軍は、都市を混凝土の壁――T-Wallティー・ウォールで囲む戦法を取った。


敵対勢力は、それを壊そうと試みるが、米軍はそれを上回る量の壁を設置することで応戦。壊れた混凝土を、新しい混凝土に塗り込むことで修復可能な特性も活かし、敵対勢力の封じ込めに成功した。


が、であることが証明されたのだ。


 それが、今、カナダでロックの前に、4メートルの灰褐色の壁として、立ちはだかる。


 灰褐色の戦士の顔は愚か、その背後にある建物すら、見ることも出来ない。


 壁は、正にロックの眼を奪う武器として機能している。


「何度でも、ぶち壊す!」


 ロックは”ブラック・クイーン”を構える。そして、”頂き砕く一振りクルーン・セーイディフ”を放つ。


 黒と赤の剣から出た雷閃が壁を大きく、斜線を刻んだ。


銃を取り出して、”雷鳴の角笛アヤーク・ジャラナッフ”を斜線上に、ナノ制御された強化弾丸を撃ち込む。


 斜線の罅が爆裂。大きく裂かれた壁の間で、ロックは護拳の一撃で、雷を放ちながら、アンティパスの顎を捉えた。


 だが、アンティパスはロックから離れる。


 その距離は、彼の右手から伸びる”ストーン・コールド・クレイジー”の刀身分。


 刹那、背後から炸裂音が轟く。


 ロックの全身に激痛が走った。背後を見ると、砕いた混凝土片が更に分裂。無数の飛礫となって、襲いかかる。


被弾数を減らそうと、ロックは振り返りながら磁向防スキーアフ・ヴェイクターを展開。

 

命熱波アナーシュト・ベハの障壁の内側で、自分を逸れた礫弾の流れに思わず目を疑った。


 飛礫が、アンティパスを中心に竜巻を作っている。礫風は、二つの筋に分かれ、彼の大砲の様な剣と左手に集っていた。


 ロックはアンティパスの左の拳砲から放たれた一撃を、護拳で防ぐ。


 今回は、耐えられず左足から崩れた。


膂力を奪われながらも、ロックは目を向けたが、アンティパスの姿はいない。


 ただ、ロックを囲む旋毛風が礫風と化し、全身を襲った。


石による損傷はないが、体幹を大きく揺さぶる。


視界が一瞬途絶えた。


アンティパスが混凝土に含めた硝子の破砕音が、ロックの聴覚を根こそぎ奪う。


磁向防スキーアフ・ヴェイクターを展開できなかったので、ロックの五感は、アンティパスの攻撃に支配されていった。

 

しかし、礫風の中、痛みの少ない右足で踏み留まる。


 視覚が戻るのに、時間が掛かった。


だが、ロックの眼前で、直立で大剣を右腕から延ばすアンティパス。


灰褐色の混凝土片が、刀身の周囲で渦を巻いていた。


 ロックの顔は、灰褐色の戦士の赤眼と、同じ色に染まっている。


 アンティパスは、彼の姿を目に留めても、口を開かない。


ただ、天空から雨と共に降り注ぐ礫雨と共に、右の大剣をロックに振り下ろした。


 痛覚に耐えながら、動かない右手に力を込める。


駆け抜ける疾風ギェーム・ルー”の神経強化で、五感の強制再起動に割り当てた。


 駆けだして、背後からの石飛礫を避ける。


背後から、瀝青土を引き裂く音がロックに迫った。


 背後の土瀝青と混凝土がロックを超え、アンティパスに収束されていく。


 神経の反応速度を限界まで引き上げたロックの刺突も、アンティパスに続いた。


 しかし、ロックの間に混凝土の壁が隆起。


主を守る為の壁に、ロックの剣の一突きが到達した。


護拳に引きだされた力を応力に変えて、罅を刻む。


ナノマシン:”リア・ファイル”はその破壊出力を倍増させ、軍用混凝土壁を破壊する応力をロックは生み出した。

 

罅から奔流した衝撃が、アンティパスの体を吹き飛ばす。

 

灰褐色の体を追いかけ、車線の多いジョージア広小路ブールバールに出た。


 コンドミディアムの集うシーフロントに近いだけあって、色取り取りの車が多い。


しかし、人は避難させられていたからか、持ち主はおろか、盗もうとする者も全くいない。


 だが、ロックは目の前の光景に、舌打ち。


 路肩に寄せられた車が、混凝土片と共に、ロックに飛んで来る。


その背後にいるのは、アンティパス。


 ストーン・コールド・クレイジーの熱力量を使って、瓦礫を集め、礫の突風に車も乗せたのだ。


 ロックは、頂き砕く一振りクルーン・セーイディフで、”ブラック・クイーン”の強度を鋼鉄と同じ強度の刃に再現。


飛んでくる車両は三台。


擦れ違いざまに、水平斬りに伏した一台目は、日本製の軽自動車。


二台目の韓国製の普通車には、跳躍して、縦斬り。


カナダの乗用車は、縦斬りの回転からの左逆袈裟で迎撃を試みる、


だが、切っ先が届く寸前で車が爆発。

  

混凝土を圧縮させた砲弾を放つ、アンティパスが車ごと撃ったのだ。


その衝撃が空気を伝わり、ロックを暴虐の波に呑み込む


 空中で体勢を整えようと足掻くロックに、アンティパスの”ストーン・コールド・クレイジー”の刃が迫った。

 

ロックは、右手の護拳で、アンティパスの振り下ろしざまの一撃を防ぐ。


逆手となった剣で、アンティパスの右手首に狙いを付けた。


 ロックの攻撃を避ける為に、灰褐色の戦士は狼狽の色をしながら、右半身を腰から後退。


アンティパスの左半身が剥き出しとなり、ロックは、左の拳槌を外側に振り払った。感情のない筈の戦士の顔が、拳槌で苦痛に歪む。その顔に映る血色の眼が、ロックの勝ち誇った顔を反射した。


 アンティパスは、右の半身を更に引く。


灰褐色の戦士から繰り出された時計回りの大剣が、ロックの右からの上段斬りを弾いた。


深紅の外套に包まれたロックが、アンティパスの振り上げた剣の斥力によって、弧を描く。


右腕に伝わった衝撃で、海や夜よりもが、ロックの意識に降りようとした。


 大剣で打ち上げられたと同時に、抉られた土片がロックの口に入る。


 苦味と鉄の味を噛み締めながら、宙返り。


 紅い外套を翻しながら、大地に降り立ち、


「……やっと、


 ロックは、口に入った泥を吐き捨てながら、不敵に笑う。


スタンレー・パークの立ち並ぶ木々を背後に、剣先を向けるロック。


 灰褐色の戦士の滾る血の様な赤眼は、砂利の味に苦々しさを覚えるロックを映しながら、水面の様に揺れていた。

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