刃夜―②―

電子変換音声の発生源である、”ワールド・シェパード社”の傭兵の頭上に、シャロンが現れる。


太腿をも覆う桃色のトレーナーの少女の両手には、彼女の胴体程の長さの長方形がか、あった。


彼女の両手の長方形は、六つの角を持った板となり、力強く振り下ろされる。


少女の板が、黒い犬耳兜にめり込んだ。


電子変換された音声が打撃音と共に、雑音と共に剪断される。黒い犬耳兜に付いていた二つの耳型受信棒が、衝撃で雨の空に舞った。


彼女は上から叩きつけた勢いで、長方形の板に両足を乗せて、逆立ち。


板から4つの車輪が出て、滑輪板を作る。滑輪板をシャロンが右足で蹴り上げると、“ワールド・シェパード社”の傭兵の割れた兜に残った顔面保護用の強化硝子が割れた。


滑輪板の車輪が、特殊硝子の欠片を輝かせながら、犬耳兵士を仰向けに倒した。


「ロック=ハイロウズ。この者たちには、拘束命令が出ている。庇い立てするつもりなら――」


 銃口と共に威嚇を手向けた、スペイン語訛りの”ワールド・シェパード社”兵士に、ロックは、後に続く言葉を紡がせなかった。


 彼は右足を踏み出し、紅蓮の外套を翻す。黒い犬耳の兵士の懐に向け、紅い左腕を振り下ろした。左腕全体を使った紅い鉄槌が、突撃銃を支える傭兵の両腕を激しく震わせる。


両腕に加えられた衝撃に悶える、帰化移民の傭兵に、ロックは上半身をさらに屈めて肉迫。赤い外套を靡かせながら、右拳を畳んだ左二頭筋と肘の間に入れる。黒い犬耳の兜目掛けて、ロックは左肘を突き上げた。


ロックの上半身の反動から繰り出された、左肘が、犬耳の戦士の右鎖骨を折る。紅蓮の肘鉄による迫撃砲は勢いを増しながら、兵士の兜を覆う強化硝子の右半分を突き破った。


兜の割れ目から褐色男性の顔が覗き、強化硝子の欠片と共に、涙と共に歯と血を零す。


 ロックの目の前で倒れる褐色男性の傭兵の背後に、サミュエルがいた。


茫然と立っていると踏んだのか、二人の傭兵が飴色の上下の少年を挟み撃ち。


 ロックは、傭兵たちは愚かサミュエルにも警告を与えなかった。


 そう考えた頃には、サミュエルはからだ。


 一房の金髪を流す様に、サミュエルは自らの右足の踵を左足の隣まで素早く運ぶ。


すると、銃口から逃れる為に屈んだ勢いで、背負ったナイロン製の肩下げ袋に包まれていた円筒が離れた。


宙に浮いた円筒を右手に持ち替えると、相手の膝の付け根に向けて、時計回りに急旋回。


サミュエルは回転の勢いを維持しながら、左から来た傭兵に円筒状の得物を振り落した。右膝裏に打ち付けられた衝撃で、一人目の白装甲の傭兵は前のめりに倒れる。


更にその反動を利用して、傭兵の腰を再度打ち付け、無力化。


彼は、一人目の襲撃者の喉を、袋に包まれた円筒を当てて引き寄せる。


二人目の傭兵は、サミュエルに突撃銃を向けるが、円筒に喉を固定された仲間を前に戸惑う。


サミュエルは二人目が躊躇いを見せた瞬間、固定した円筒を傭兵の喉から離し、一人目の傭兵の背中を蹴飛ばした。


出会い頭に、二人の傭兵がぶつかる。衝撃で漏れた肺から漏れた空気が、潰れた蛙の様な声で雨音をかき消し、水飛沫を上げた


「話し合いさせるんじゃなかったのか!?」


「外交と同じ……時間との闘いよ!」


 シャロンの漏らした不平の返事に、ロックは、女性傭兵への右の肘鉄砲の殴打音で応える。


右肘が、犬耳兜の顎の部分を削り、甲高いインド系女性の息が切れる音が漏れた。インド系女性は、電子励起銃の引き金に右人差し指を据え、胸部の下を守りながら間合いを離す。


しかし、彼女が下がる速度よりも、彼女の電子励起銃の銃身を掴むロックの右手が速かった。


「せめて、椅子を用意して、””と抗議してから、仕掛けろよ!」


 ロックは力づくで、インド系女性を羽交い締め。


彼は、彼女の銃身を支える左手と、引き金の右手を深紅の両腕で覆い、彼女の指越しに電子励起銃を発砲した。


 インド系女性の持つ電子励起銃の音無き弾丸の滑走音が、二回。彼女を臨む様に立っていた白黒の傭兵二人が、光の爆発に崩れる。


 強引に、帰化女性は、ロックに指を固定されたまま、叫び声を上げた。


拒絶の慟哭が彼女の身体を震わすが、電子励起銃の主導権をロックの腕力から取り戻せずに終わる。


彼女の意図しない発砲を、ロックは繰り返した。彼は女性から五回程、喚き声を聞いて、同じ数の傭兵を彼女の電子励起銃で、土瀝青アスファルトの路地に沈める。


「金を稼ぐ前に、言葉を学んで喚く前に、を学べ!」


ロックは、泣き疲れた女性の銃を両腕で力一杯引き、突撃銃の銃床を兜に叩きつける。よろめく彼女を対面に置き、彼女の罅割れた兜に向けて、ロックは電子励起銃の銃把の一振りを見舞った。


兜に残る、罅の入った強化硝子が爆散。


欠片を散らしながら、味方へ銃を撃ってしまった罪悪感と、ロックの二度にわたる頭部への衝撃でふら付くインド人女性は、土瀝青アスファルトの寝台の微睡に誘われた。


「問題は席があっても座るかだよね?」


 サミュエルの間の抜けた声が、ロックとシャロンの会話の渦中に飛んでくる。弟の暢気な声に続いて、二人の間に、白と黒の人影も放られてきた。


腹を抱えながら、その身を捻じ曲げていることから、声の主であるサミュエルに痛打を与えられたようである。しかし、白い装甲の傭兵は膝立ちとなり、右手の電子励起銃を、自分を囲むロックとシャロンに向けた。


だが、シャロンもに終わらない。


彼女のいた場所に、電子励起された銃弾が空を貫く。銃口を見ていたシャロンは、そのまま滑輪板に乗り、右足で地を蹴った。


彼女の頭の水色と白の錐帽子が残影として、雨に染まる夜に流れる。


――逃げやがった。


 彼女の軌跡を追って電子励起銃を乱射していた傭兵は、滑輪板で桃色の残像を残しながら逃げるシャロンではなく、内心毒気を放つロックに照準を変える。


 だが、傭兵の発砲は、


 つまり、ロックは既に、傭兵の射程には届かないところ――つまり、に飛び込む。


 速さと体重を乗せた右肘が、ロックの体の回転と共に、傭兵の左首と鎖骨の付け根に叩きこまれた。ロックの深紅の肘鉄の勢いは止まらず、背後の二人目と三人目を手摺に打ち付ける。


その衝撃の反動が、ロックの肘に伝わる。加速度の一突きによる、力学の槍の串刺しとなった兵士の折れた体を、更に大きく反らした。


ロックが右肘を撃ち込んだ男を、右手で掴む。


微かに、空気の震える音がした。


その音は、黒と白の突撃銃から、光を伴いながら、微かに熱気が放たれた。


電子励起銃は、撃つときに、物体の状態変化、固体、液体、そして気体という三態の内、気体からなる第四の状態を作る。


状態変化の際、熱力量が発生するが、電子励起の第四段階はそれを膨大にする。


第四段階を迎えた際の熱力量を推進材に、特別に加工されたナノ銃弾を発射。


物質の形を保ちながら、溶かした後に、砕く。


しかし、ロックは右腕で掴んだものを銃撃者に力いっぱい放り投げた――つまり、彼の先ほどのを。


ほぼ同時に、ロックへ熱力量の弾丸が放たれるが、貫かれなかった。


彼の放った男が盾となった為に。


“ワールド・シェパード社”の隊員の白い装甲は、”ウィッカー・マン”の外皮である。


電子励起銃を防ぐことのできる強度のある素材として、これ以上のものは無かった。


電子励起銃の一撃に、意識を失った傭兵は再度衝撃で足掻き、地に倒れる。


白の装甲が、黒く焦げたものの、流血は無い。


だが、敵によって盾に仕立てられた仲間を撃った事実に、銃撃者本人の内面も打ちのめされて、棒立ち。


彼は、それから、泣くことは愚か、ロックへの恨みも告げられなかった。


唐突に弧を描いて放られた椅子が一つ、銃撃者の上半身を襲う。撃たれた仲間の後に続くように、土瀝青アスファルトで眠る人間が、一人増えた。


「ロック……椅子放り投げたよ、これで満足!?」


 不服そうな声の主は、シャロン。彼女の声が、珈琲店入口の野外テラスから聞こえる。


彼女のいる場所を見ると、傘のある円卓に並ぶ椅子が、一つなくなっていた。


「ああそうだ……“”。忘れなかったわよ!!」


 水と白の毛糸帽子を揺らしながら、何処か勝ち誇った顔で、ロックに向けて大声のシャロン。


彼女は、サミュエルに対しては、笑顔を空かさず作る。


に、なんて、初めて見たぞ?」


 ロックは、傭兵の顔面に左右の拳を交互に放つ。手首を回転させて振り切った左拳が、傭兵の被る兜の顎を砕いた。ロックの放った二打目の右正拳突きが、崩れゆく傭兵の顎を再度抉り、意識を刈り取る。


「そもそも、話し合いは、相手にも自尊心があることを忘れずに、座らせるものだけどね」


「なら、サミュエル。ツレに『椅子で自尊心を砕くな!』、と躾けておけ。後、お前にがあるなら、その口でもするな!!」


何処までも太平楽を崩さない弟、サミュエル。


彼の鋼鉄の笑顔で、先ほど腰を狙った攻撃を繰り出す様を思い出しながら、ロックは吐き捨てた。


人畜無害な笑顔を崩さない弟は、三人の傭兵を沈めていく。


一人目の鎖骨へ向けた、円筒の一振りで自由を奪い、続けて延髄への痛打で二人目を微睡に誘った。


三人目は、装甲が壊れる程の一撃を右膝に受け、電子励起銃を落として蹲る。


”の使者で作られた装甲越しに、膝の皿を砕かれたのか、白い装甲には蜘蛛の巣の様な罅が広がっていた。


「それから、この状態で、””を引き出せると疑わない思考回路をまず、二人でどうにかしろ」


 ロックは、周囲を見渡す。


 英語の音声は聞こえない。だが、個々人の母語での呻きが聞こえる。


 呻き声はなくとも、痛みの余り、割れた兜に雨が溜まっても何もしない者や、何が起きたかもわからない内に、気を失ったものもいた。


「よく考えると、兄さんがいない方が良かったかもね?」


「そうだそうだ、ロック不要」


 ロックは、都合の悪い過去を掘り返されると、渋い顔をした。


「シャロン、敵意を翻訳させようとしたお前が言うなよ?」


 ロックが抗議をすると、地球儀を回る犬の社章の付いたSUVが狭い路地になだれ込んでくる。


 彼らが戦ったのと同じ格好をした白い装甲の兵士。その後ろでは、赤い警告灯を放つ警察車両も遅れて到着した。


 しかし、一際大きな女性の声が、白黒の兵士と警察官の奔流を押し留める。


「”ワールド・シェパード社”の方は、お帰り下さい」


 平らな建物の入り口に立つ、二人の人影。


一人は、赤毛の女性。隣にいるもう一人は、大柄で鍛えられた黒人だった。


「貴方たちは“ウィッカー・マン”に対する、武力行使――正確には、駆除活動が認められていますが、民間人への発砲は認められていません!」


 女性が一言を告げる度に、彼女の赤毛は雨模様で焔立っている様に見える。


雨の中、燃える様な髪の女性の右手にある携帯通話端末が、駆け付けた“ワールド・シェパード社”と警察官たちの目を釘付けにした。


画面に映るのは、銃を構える“ワールド・シェパード社”の傭兵たちに立ち向かう、ロックの姿だ。白の装甲を纏った兵士は、電子励起銃を、ロック達に発砲している場面に変わる。


 TPTPが”ワールド・シェパード社”に認めるところは、民間人の警護と”ウィッカー・マン”の駆除である。


 “ウィッカー・マン”の駆除に関しては、破壊技術を確立出来ていない今、出来ることは“”というのが正しい。


彼らが“ウィッカー・マン”だけでなく、人間も攻撃する場合、その対象が“”であることを立証しないといけない。


尤も、そんな真似をすれば、非難轟々は火を見るよりも明らかだが。


――ジェニーもえげつないことをしやがる……。


 彼女の映す情報通話端末の動画であるが、得物を持って攻撃していたサミュエルとシャロンの場面は、ご丁寧に削除されていた。


「同時に、お前らが銃を突きつけたというなら……分が悪いところだと思うけどな」


 黒人の冷たい視線は、白い装甲を付けた者達に向けられる。


ロックたちは、銃撃などしていない。


からだけだ。


 しかし、男の言ったという下りには、別の意味もある。


「中東よろしく、外資の儲けを非課税で貰える特例付きの企業が、となったら、どうなるだろうな? しかも、状況的に警察がその場にいなかった。言葉が分からなくても、その先は分かるだろ?」


 当然、“ワールド・シェパード社”のTPTP加盟企業としての地位も揺らぐことになる。特権も無くなるどころか、、依頼した企業や団体もその割を食うことは目に見えていた。


警察が不在時の戦闘行為は、乱闘や銃刀法違反にもなり、現地法で裁かれることにもなる。


 特に、この場合は、警察がその場にいなかった時の過失も問われ、バンクーバー市にも非難の矛先が向くだろう。


それに、銃撃は“”の社員同士で行われた。


に銃を奪われ、二人羽織で撃ち合った無様を晒せば、当事者の傭兵たちもタダでは済まない。


 状況を理解し、報告することで立場が悪化していく顛末しかないのを想像したのか、残りの倒れた者たちを足早にSUVに担ぎ始める。


警察官は、“ワールド・シェパード社”社員同士の介抱を守る様に、市民の間で壁を築いた。


「ロック、久しぶり。来てくれたのね……」


「こういう時でなければ、使えないからな……ジェニー」


 ジェニーという赤毛の女性に一言応えて、ロックは白と黒のSUVに運ばれる“ワールド・シェパード社”の隊員たちを眺めた。


ロックが女性傭兵に二人羽織を仕掛けて撃った五人の傭兵も”ワールド・シェパード社”の車両に姿を消す。痛みに呻く声が、車内を揺らしていたのを、ロックは確認した。


「ロック、お帰りなさい。バンクーバーに」


 ジェニーの笑顔に映る、安堵とした溜息をするロックの顔。


 しかし、彼女の眼に映る自分の姿を直視できなかった。


 激しくなった雨が、自分の像を霧のように霞ませる。


 もうここに居場所はない、とから告げられているかの様に見えたから。

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