策謀の夜―③―

――やはり、来るか。


 ロックは心の中で毒気づき、隣のブルースと長机のエリザベスも溜息を吐いた。


 彼らの顔にあるのは、一巻の終わりとかそういう絶望感ではない。


 今まで相手が見せなかった意図。


 それが、明らかになったという安心感だった。


 ロック達と“ウィッカー・マン”の協力関係の証拠探しは、悪魔の証明と言える。


 しかし、その証拠の追及をに、までは、禁止されていない。

 

 TPTPはそもそも、“ウィッカー・マン”対策の技術を発展させるための、国際的枠組みだ。


 提携国ではない、イギリスの一企業に技術的優位がある状況を、快く思っていないものは多い。


 エリザベスが立ち上がり、


「まず、サキ=カワカミについてだが、そちらの今後の作戦の支障に関わることは承知している。だからこそ、サキをそちらではなく、に匿っていることも理解して頂きたい」


 サキの注目度は、新聞でも取り上げられている。


 報道管制を敷かれているが、サキに関する疑念を黙らせることは、人の口に戸を設けるのと同意語だった。


 加えて、サキを巡る今回の事件で、彼女の処遇を巡って”ワールド・シェパード社”は二分化している。


 “ウィッカー・マン”の弱点を聞くか、それとも弱点を知っていた事実を口実に、彼女を首にするか。


 更に言うと、尋問の為に本社のあるアメリカへ連れて行き、その最中にとして鬼籍に入れた後、知り合いのCIA職員を通じて””という強硬論まで出ていた。

 

 その中で、彼女の謹慎先を名乗り出たのが、エリザベスである。


 スプリング・プレイスホテル。


 ホテルだけでなくコンドミニアムも備えた場所は、警備も厳重である。


 サキの留学生活を円滑にする目的の他に、“ワールド・シェパード社”の私的制裁を防ぐ牽制の狙いもあった。


“ワールド・シェパード社”も経緯を理解しているのか、雄弁さを誇らせたカイルの口から、舌打ちが小さく漏れる。


 カラスマは、能面の顔色を保ち続けた。


「その上で、カラスマ。貴女の望む協力……それは現段階では不可能だ」


 エリザベスが口を開く。静謐とした広間に、彼女の凛とした声が轟く。


「人知を超えた技術”UNTOLD”は、文字通り“UNTOLD語られざる存在”だ。その存在はあり得ない。それを、たかがの為だけに使うだと? ””という、モンテスキューの言葉と『法の精神』の朗読会が必要か?」


 21世紀の新しいエネルギーと言われる、原子力すらも人類は使いこなせていない。


 物理学の歴史に名を連ねた為、禁止、または継続にしろ、その研究を欠かすことは出来ない。


 しかし、“UNTOLD”だけは別だ。


 その誕生は、自然科学の因果律から離れた代物で、神羅万象を書き換える。


 存在自体が、と呼んでも、差し支えのないものだった。


「それに、その力を巡って、数か月前まで、“ワールド・シェパード社”と私たちは、血で血を争い、挙句の果てに、“UNTOLD”関係と判断するしかない未確認飛行物体が、“”も英国の空を覆う事態となったこともお忘れか?」


 エリザベスの言う様に、ロック達は、数か月前までは、ナオトのいる“ワールド・シェパード社”と戦闘を繰り広げていた。


 サロメも交え、欧州を巻き込んだ大混戦と言っても良いだろう。


 だが、その結果は、双方が多大な損害を負い、ナオトによる穏健派を間に立て、“ブライトン・ロック社”の話し合いで停戦となっている。


「“UNTOLD”関係の品物――特に“ウィッカー・マン”の死体、命熱波アナーシュト・ベハ使いについての調査は、無条件で優先的に、我々が行い、その後、こちらから情報を提供することを、そちらも同意されたはずだ。無駄な血を流させないために。多様性を振りかざすによってことも含めて」


 彼女の言う様に、“ブライトン・ロック社”は優先的に”ウィッカー・マン”、命導巧ウェイル・ベオに関する全てを、最初に回収できる権利を得た。


 カイルは鼻を鳴らしながら、


「しかし、今となっては、反故にしたのはそちらの秘密主義と言っても良いでしょう。“ワールド・シェパード社”の隊員たちを、本国から呼び寄せました。ベターデイズとそれに関わる団体、企業に行政組織を、バンクーバー市警と合同捜査を行うことを正式に発表する。同時に、街を騒がせている”鬼火”退治も加えて」


 カイルの言葉に、ナオトは蒼白になって、


「カイル隊員。あなたは自分のしていることが分かっているのですか……アメリカの民間企業が、カナダ警察の横で銃を撃ちまくる。ロンドンと同じ騒動を起こすつもりですか!!」


 ナオトの怒号が、会議室に響く。


 現在の状況で、電子励起銃などの兵器を使える場所は、2つである。


 “壁”付近か、“ウィッカー・マン”が市街地へ乗り込んだ、シーモア通りやグランヴィル・アイランドの様な場面だ。


 後者は、頻度の低さから、電子励起銃は、実質“壁”付近でしか使えないと言っても良い。


 決定権は市政府にあり、緊急出動の際、事後承認ではあるが、”ワールド・シェパード社”は州政府からも許可を得る必要がある。


 加えて、捜査権も警察にあり、”ワールド・シェパード社”単独では出来ない。


 警察と”ワールド・シェパード社”は、ミキとチエによるスカイトレイン破壊に関わる幾つかの企業と団体に加え、グランヴィル・アイランド崩壊事件との関わりを疑われる、ベターデイズにも捜査の対象を広げた。


 最近、スカイトレイン爆破事件の実行犯を運んだ、”ワールド・シェパード社”のSUV車が社員の死体と共に遺棄されていたのが、空港付近で発見された。


 また、実行犯と思われるも滑走路付近にも点在し、広範囲にわたり捜査が行われている。


 更に言うと、この会議――もとい、が開かれる前日、バンクーバーの簡易宿泊施設で火災が起きた。


 金の工面に苦労する留学生、季節労働者に浮浪者も使う所で、出火原因は不明。


 防火技術も脆弱な場所で、客は愚か従業員の生存も絶望的で、今も消火作業が続けられている。


 報道では差し控えられたが、その死亡者の中には、何故か“”を被った焼死体も含まれていた。


 現地市民の間では、“ウィッカー・マン”防衛を名目に、“ワールド・シェパード社”の銃器の携行範囲が、グランヴィル・アイランドの事件の前後で、広がることの毀誉褒貶が、住民を二分化している。


 カイルの狙いは、バンクーバー市に対する、“ワールド・シェパード社”の単独――いや、捜査権を拡大させることだ。最終的に、彼らが街中でも銃撃戦を行える様に圧力を強めるのは、火を見るよりも明らかである。


 しかも、ロックの所属する“ブライトン・ロック社”を、バンクーバー市行政の仮想敵に仕立て上げ、現地住民の不満も抑えながら。


「なら、“”は止めることです。その手の内、全てを明かすべきでしょう。の引き渡しも含めて」


 ナオトの憤激に対し、カイルは冷静さを保っている。


 デュラハンについては、市内の“ブライトン・ロック社”と関係している研究機関に保管されていた。


 “ウィッカー・マン”が活発になったことの調査にも追われ、ロックの言うアンティパスについてやっと着手を始めたところだった。


「全ての手は明かせない……少なくとも、今は」


 エリザベスは、顔を崩さずに言った。


「その為には、サキの安全確保を確実にさせてほしい。少なくとも、あなた達は“”と“”を武器にしている。その武器が、へのから成り立ち、尚且つ、アメリカから銃を持った民間人が跋扈している現状を、移民に寛大なカナダ人が知った時の反発を知らない訳では無いだろう?」


 彼女の言葉に、周囲は騒然とする。


 カナダ人に限らず、自国民が嫌うことがある。


 他国の者が、都合を省みずをすることだ。


 バンクーバーの住宅価格や物価の高沸は、が入ってきているのが起因である。


 その出どころの幾つかは、ことだろう。


 また、TPTP自体、“ウィッカー・マン”の駆除を目的としているが、彼らはその術をすべて把握していない。


 いくつかの街は、その所為で閉鎖都市化されている。


 対策を研究する為だが、実情は、軍産複合体による兵器の実験場と同意語だ。


 当然、バンクーバーの様な大都市が、そうなることは想定されていない。


 治安維持のために、銃火器を他州から借り、軍の手も必要としているのは、“ワールド・シェパード社”と関係軍事企業の開発している、銃火器の実験台になる選択肢を避けた結果だからだ。


 カナダはイラク戦争で、アメリカやイギリスに比べて国際的信用力は落ちていない。


 それが、イラクの再現と言わんばかりの、“”の真似事をしていると発信されれば、カナダも、元宗主国や隣国の後を追うことだろう。


 国際的地位と地元産業への影響は、計り知れない。

 

 少なくとも、エリザベスの蔑称する――“ブライトン・ロック社”――は通信大手。電子媒体の取り上げ方やアルゴリズムの支配は、お手の物だった。


「分かりました。彼女の安全が保証されるなら、それに越したことはありません」


 カラスマは、息を吐いた。胸呼吸ではなく、腹からのものである。

 

 沼に潜む肉食の水生生物と同じ煌きを、ロックは彼女から感じていた。


 ※※※


「サキちゃんについて、君たちに任せてはいるから良いけど……正直、不利だ」


 ナオトが、ペットボトルの清涼飲料を飲み干した。


 会議は休憩となり、出席者一同は散り散りとなった。


 あの場の空気に耐えられないからか、気分転換としてかは、ロックの知る余地ではない。


 少なくとも、会議室から離れた自販機の前にいる、ロックたちにとって、前者は当て嵌まらなかった。


「そして、カラスマの動きがいよいよ不気味すぎる」

 

 ブルースは、紅茶入りのステンレスマグに口を付けてから言った。


 本来、語学学校は海外の留学生の身元保証人の一面を持つ。


 安全性に信頼性が欠ける生徒を、わざわざ保護する義務はない。


「退学は出来ないだろうが、サキへの追及から、“ブライトン・ロック社”に変わっていたしな」


 ブルースはステンレスマグの紅茶をもう一口含み、ロックは彼の言葉に頷いた。


「僕のいる傭兵会社は、色々苦情を受けるのは慣れているけど……」


「サキを引き合いに出さざるを得ないのが、歯痒いがな」


 ナオトの溜息に、歯軋りをするエリザベスが応える。


 彼女の親友を、政治的やり取りに利用せざるを得ない状況まで、追い詰められていた。


 エリザベスは、そう追い込んだカイルとカラスマへの、嫌悪感を吐き捨てる。


「これからのことを考える。まず、アイツら”ワールド・シェパード社”本社についてだが、エリザベス、そこはどうだ?」


 ロックが、エリザベスに振ると、


「問題は無い。ナオトと一緒に、で仕掛けておいた」


「色々手間かかったけど、どうにかなりそうだ。問題は――」


 ロックの知らない間に、彼女とナオトで話は進んでいたようだ。


 二人が協議の確認に入ると、


「ブルース……」


「知らん方が良い。後の楽しみ」


 ブルースからそういわれたので、ロックは追及を避ける。彼の知らない範囲だと言うことは、わかった。


 だから、彼なりに整理を始める。


 ナオトの言う問題は、言うまでもなく、”ワールド・シェパード社”のカナダでの活動だろう。


 専務と言う立場にあるが、彼の活動と地位をよく思っていない人物がいる。


「ミカエラ=クライヴ……アイツは、今回の出来事を機に喜んで俺らを殺しに来るだろうな」


 ロックは鼻を鳴らす。


 ”ワールド・シェパード社”の社長、ミカエラ=クライヴ。


 傭兵会社の代表であった彼女の父親が逝去。


 急遽その地位を受け継ぐことになった、社長令嬢である。


 人間主義者として、彼女は”ウィッカー・マン”の完全な駆逐を掲げた。


 だが、その方法は、“UNTOLD”を介するものではなく、厳密に言えば、を分け隔てなく、排除することも含めている。


 ロックは――ミカエラ=クライヴの強固な方針を差し引いても――彼女から、を抱かれていた。


「余り言うな……来るのかわからないことを考えても、意味は無い。だが、一つ気になるのが」


 ロックの懸念を払拭したエリザベスの言葉に、


「””退治……ありゃどういうことだ?」


 少なくとも、聞き流していい言葉ではないとロックは考え、聞くことにした。


エリザベスにナオトも、だった様で、ブルースに視線が集中する。


「俺関係かも……」


「またか……」


 ロックは、うんざりとして溜息を吐き出した。


 ブルースとは、キャニスと共に死線を潜り抜けてきた仲ではある。


 しかし、ロックは愚か、キャニスですらも、彼について知っていることは、潜り抜けた死線の数よりも少なかった。


「鬼火も大事だが……問題は、アイツらが求めているものだ。オブラートに包んでいたが、ここにあることも理解している」


「あんな騒ぎがあれば、突きたくもなるからな」


 ロックの前で、ブルースとエリザベスが溜息を吐き始めた。


 彼らの話す場所。それは、キャニスの保管場所だ。


 すぐにでも、ロックは仲間として弔いに行きたいところだが、“ワールド・シェパード社”はそれを狙ってくるだろう。


“UNTOLD”に関わって死んだ者の安置される場所にあるのは、


「デュラハンから出た男もいる。それを見た者も多いからね。今は、報道管制を敷いてもらっているけど、今回の出来事は……その限界に来ていると見ても過大評価じゃない」


 ナオトは、最後の一口を飲み干し、空のボトルを右手でゴミ箱へ放る。


再利用表示の空いている箱の淵を弾きながら、既に入っていたペットボトルとぶつかる音を響かせた。


 ナオトの溜息を見送り、ロックは携帯通信端末に手を伸ばす。

 

 エリザベスは彼に向って、


「終わったか?」


「そういう流れだったろ?」


 ナオトだけが、ロックとエリザベスの会話を理解出来ず、瞬きを繰り返している。


「サミュエルか……」


 ブルースの言葉に、ロックは頷いた。


 同じ命熱波アナーシュト・ベハ使いの弟だ。


 尤も、エリザベスやブルースの為の牽制手段だが、当の二人にしっかり認識されている時点で、当初の目的は断念している。


 騒ぎ立てることが出来ない場面で、弟はすっかり重宝される存在になっていた。


 弟を使い走りに、甘んじさせる二人をロックは睨みつける。


ロックの目の前で、そう仕向けた一人であるエリザベスが、ポケットに手を入れた。


 携帯通信端末の音は愚か、振動も止めているので、光がけたたましく輝く。


 彼女が端末からの着信に応えると、ロックに向かって、


「サキが目を覚ました。すぐに戻る。ナオト――」


「分かった。この流れは止められない。せめて、状況判断できやすい様にしてくる」


 エリザベスに皆まで言わせず、ナオトは答える。


 ロック達の目の前で、黒い眼光を宿らせ、会議室に戻った。

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