第18話 キャサリン減量作戦始動

 ドス…ドス…ドスと軽快とはいいがたい音がフィルド王国騎士団の訓練場から聞こえてくる。

現在立ち入りを制限された訓練場内では、ブサイーク侯爵令嬢キャサリンが減量のために必死で男二人が乗るソリを引きながらマラソンという名の競歩もどきを行っている最中である。


ブヒュー…ブシューと凄まじい呼吸音を響かせながら、とても描写できないような状態の令嬢の様子を嫌そうな顔でソリに乗ったエドワードとムチを片手にとても楽しそうなアドルファス。


「なんで私までこんな……」


「しょうがねぇだろうが、身体強化の魔法かけて重石を乗せたソリ引かせつつ、くたばりそうになったら回復魔法かけるのがテメェの仕事だ」


 そういいながら、フラフラになっているキャサリンの横に一鞭くれてやるアドルファス、ぶひゃあという声と共にまたノロノロとソリは動き出す。


 あれから3か月過ぎた現在、キャサリンはアドルファスの目標とする『そこそこ動けるデブ』に少しづつ近づいている、最初は自力で動く事もままならなかった彼女だったが今は多少体力もついたようで、身体強化と回復魔法をかければ半日ソリ引きをやらせてもなんとかなるようになった。


「そういやぁこのブタの礼儀作法のほうはどうなんだよ?」


と、動きがまた鈍くなったキャサリンの傍へまたピシリと一鞭くれながらエドワードへ話しかける。


エドワードは眉を顰めつつ


「ダメダメですね……このまま出しては国の恥なんてものでは済まされないほど、常識が欠如してますので最悪洗脳でもしないと間に合わないかもしれませんねぇ」


「ほーう…家畜に常識教える方がまだ楽なんじゃねぇか?」


「そうかもしれませんね」


真顔で頷くエドワード。


「ゼヒュ…ゴヒュ…あんたたち…ブヒュ…好き放題…言ってられるのも…今だけ…なんだ…からね…ブヒュ…」


「まーだ口答えする元気があるならさっさと走れよブタァ!」


と楽しそうに背後からソリの縁を蹴りつけるアドルファスとうんざりした表情でそれを見ているエドワード、ご令嬢の減量作戦はまだまだ続くのであった……。



* * *


 その夜毎度、訓練場で倒れ込んだキャサリンのいびきがあまりにもうるさい為、騎士団の宿舎にも置けず、離れのフカフカの藁が敷いてある倉庫へ、キャサリンを放り込んだ騎士たちを労い、エドワードは騎士たちに寝酒を差し入れた後騎士団長ルイスの執務室を訪ねた。


「夜遅くにすみませんね」


「いや、今日は泊まり込みの用事があったからちょうど良かった」


とルイスは微笑んでソファへ向かい合わせに座った、用意させていたワインを注ぎ軽く料理をつまみながら世間話を始める二人。


「そういえばアドルファスはどうした?」


「あぁ、なにやら用意するものがあるとかで出かけていきましたよ」


「最近あやつは随分活き活きしている気がするが……」


困惑気味に尋ねるルイスへ


「まぁストレス解消の役には立っているようですね……」


と肩をすくめるエドワード、それを見ながらルイスは真顔で問いかける。


「それで聖女選抜の概要はつかめたのか?」


「それなりには、ただ……あぁ来たようですね」


その声と同時にトントンと扉が叩かれる


「入れ」


とルイスが声をかけると


「失礼いたします」


と見慣れぬ者が入ってきた、少し緊張したルイスに


「私の使っている影です。さすがに窓から入れるのもあれなので正面から入れました、断りもなく申し訳ありません」


しれっと言うエドワードにルイスは


「まぁ……しょうがないか、だが先に教えておいてくれ」


と困り顔で言う。


「後で報告しに来てもいいのですがせっかくなので早い方がいいかと思いまして」


「まぁそうだな……」


エドワードは影に


「報告をお願いします」


と促した。


「では早速。 聖女候補の選定方法ですが、かの国では近年領都であるダンジョンの都より『聖杯』なるものが産出されたそうです。 その聖杯なのですが使い手を選ぶ物らしく、その資格アリと認められた3名が今回選ばれたようです」


「そもそも選ばれる基準とはなんなのだ?」


「それが……上層部の会合によりとしか報告書に記載されておらず……申し訳ありません」


影がションボリと謝る、ルイスは慌てて


「いや、かまわない。ではそもそも聖杯とはどういうものなのだ?」


「鑑定士によれば『あらゆる病を治すことができる聖水を生み出せる』アイテムだと報告されたとか」


「それはまたとんでもない代物だな」


と驚くルイス。


「ただ、その聖杯を使う代償として使用者の生命力が使われるようです」


「なんだと! 聖女自らの寿命と引き換えに聖水を作らせるつもりなのかっ!」

それを聞いて、今までだまって報告を聞いていたエドワードが口を開く


「なるほど……そういう事ならあのキャサリン嬢が候補に選ばれた理由がわかります、聖杯の適合者として犠牲になっても大して心を痛める必要がなさそうですからねぇ」


「だからといって無断で使用者の命をいたずらに削るような真似はゆるされぬ!」


義憤にかられ立ち上がるルイス。


「まぁまぁ、まだ何も始まっていませんから落ち着いて下さい」


「だが!」


「怒るのは最後にまとめてでいいでしょう? とりあえず話をききませんか?」


「む……確かにそうだが…」


とルイスは渋々席に座りなおすのを見てエドワードが影に促す。


「では、続きを話させていただきます。それで今回の選抜ですが、そのままキャサリン様を優勝させて聖女にした上で『不慮の事故』にあってお亡くなりになるというシナリオのようです」

その言葉にエドワードは眉をひそめた


「それ、国としての対応おかしくないですか?」


「どういうことだ?」


「『聖杯』の代償は公にされていないのですから対外的には『聖女』にふさわしいものを選ぶものですよね?」


「そうだな」


「なのに、あのように一瞬で不適格とわかる者を聖女にするなんて、国の沽券にかかわるではありませんか。 しかも時間とそれなりの資金をかけてまで決めた聖女をあっさり亡き者にするなんてありえませんよ。私があの国の者であったら秘密裏に国へ招いて使い潰し、聖女は聖女として別に用意します」


「……その発言はどうかと思うが確かにおかしいな」


「もしかしたら『聖杯』というアイテムの効果は本当は違うのかもしれませんね」


「どういう事だ?」


「あの国も一枚岩ではないという事でしょうね、恐らく情報を偽ってネズミが罠にかかるのを待っているのかもしれません、私達『国外の人間』だけでなく内側の掃除も兼ねてなにか計画されているのか……」


と、しばらく考え込むエドワード。


「まだ情報が足りませんね……とりあえず、もう少し深く探ってみてもらえますか? ただし命の危険が及ばない程度で結構ですから」


その言葉に影は少し嬉しそうに


「承知いたしました」


と返事をしてスルリと部屋を出て行った、その様子をみていたルイスは


「お前も案外、部下思いなところがあるのだな」


とエドワードをみて微笑む、それを見たエドワードは不本意そうな顔で


「優秀な部下を育てるには年月も手間もかかるものですから、簡単に使い潰すわけにはいきませんよ」


とそっぽを向く、それをみてコイツも案外子供じみていると思いながら


「そうか……」


と、一言いいながらグラスを傾けるのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



・エドワードも割と子供っぽい所があるのですが、アドルファスが子供っぽいどころか子供のままオッサンになっただけなので普段他人がそういう面を見る事はまずありません。

唯一それが見れるのは、実はルイス様だけの特権だったりします(誰得)

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