第11話 落日の王国 1

 ……ショカンシタ王国、古くから存在する歴史ある国であったが、今まさに潰える寸前になってしまっている王国の名前だ。

美しかった首都の町並みはかつて栄えたのが嘘のように閑散として、人の気配が感じられない。


 国の公式発表によれば『重要な儀式の最中の事故』によってたくさんの人が忽然と目の前から消えた。

あの時の事で思い出せるのは、突然の眩い光が街の中にあふれて光が収まったときには愛する人たちが忽然こつぜんと消えてしまったという事実だけだ。


 彼、オズワルドの愛した家族もその犠牲になってしまったが彼は知っていた、あの光は決して事故などで起こったものではないことを。


 オズワルドは、このショカンシタ王国の前王の妹を母に、サール公爵家に生を受けた、公爵家という堅苦しい家ではあったが、家族仲は悪くはなく高位貴族の家にしては砕けてる方だったと思う。

教育と称して庶民の暮らしを体験させるような父であったし、母も王妹であったのに面白がって一緒にお忍び生活を楽しむ柔軟さを持っていた。


 父は生前によく言っていた。『王や貴族など居なくても民は生きて行けるが、王や貴族は民が居なくては生きていけない』と、今のこの国の現状を見ればよく分かる。

愛する家族を失った人々は、この国に見切りをつけて他国へと逃れようとするものが続出し、もはや国を維持できないほどの混乱におちいりはじめている。


 王に取り入る貴族たちは私兵をだして国境から出ようとする民を監視してはいるが、貴族側とて人が消えた被害が全くないわけがない。

四方を他国に囲まれているこのショカンシタは、関所以外にも国外へ出る手段などいくらでもあるのだから人々の流出は止めようがなかった。


「全く愚かなことだ……」


 自分の意見が通らなければすぐに首をはねる愚王、そして王をいさめることもなく甘言ばかりを口にする取り巻きの貴族達……あんな屑どもにこの国を任せていては滅びが早まるだけだ。

だからオズワルドは決意したのだ、王を討つと…。


 オズワルドは今、首都に残った民衆を集めて地下組織を設立していた、残り少ない物資をかき集めながら、必死で他国へ現状を訴えて協力を仰ごうと使者を出したが未だに返事はない。

周辺国は皆このショカンシタの国力を恐れていた国ばかりなのだから、静観して共倒れを狙っているのかもしれない……。 


じりじりと消耗し、疲弊していく国に内心焦りを覚えながらもオズワルドは組織の指揮を取る毎日を送っていたのだった……。


そんな時、サール公爵家に残っていた古株の執事から連絡がきた。

『亡き公爵と親交のあったお方がぜひお会いしたいと訪ねてきている』と。

オズワルドはこんな時期に訪ねてくる人物など碌なものではないだろうと気が進まなかったが、父が信頼していた執事からの連絡を無碍にするわけにもいかず、公爵邸へと戻った。


「ああ……坊ちゃま……おかえりなさいませ」


と嬉しそうに深々と礼を取る執事。


「坊ちゃまはやめてくれよ…、それでお客人とはいったいどなたなのだ?」


「フィルド王国のアドルファス様とエドワード様です」


「……なんだと! 王と宰相が本当にこの国に来ているというのか!」

驚愕し思わず執事に詰め寄るオズワルド。


「ご本人でいらっしゃるかは、ご自身の目でお確かめくださいませ」


「そうだな……すまない、案内してくれ」


「かしこまりました」


と恭しく執事は部屋へを先導した。


 部屋へ入ると、そこには確かに父と共にフィルド王国を訪ねた際に何度か会ったことがある王と宰相が並んで座っていた、オズワルドは二人に深々と礼をする。


「アドルファス王、並びに宰相閣下この度はこのような所までご足労いただきまして……」


それを遮りアドルファスは口を開く


「あぁ、そういう堅苦しいやつはいらねぇから早速本題にはいろうぜ! 俺はもう王様じゃねぇし、横のこいつも宰相辞めちまったからな」


となぜか得意げに話すアドルファス。


「なんですって! 王を辞めたとは一体…」


驚愕するオズワルド。


「相変わらず野蛮な男で申し訳ありませんね、オズワルド殿お久しぶりです」


と隣にいたエドワードがすまなそうにオズワルドへと話しかけた。


「執事殿にお聞きしましたが、お父君と母君が犠牲になられたとか……本当に残念です……」


悲しそうにエドワードが続ける


「実はフィルドの方でも色々ありまして、この度このアドルファスは王位を辞し平民へと下ることになったのですよ」


「そう……だったのですか……それはなんといって良いものか……」


それではやはりフィルドから支援は受けられないか……と内心落胆してしまい、己の身勝手さに情けなくなってしまった、それを察したようにエドワードは続ける。


「ああ、心配はいりませんよ、この度私とアドルファスは新王たるフィルド王より全権大使を任されてこの地へとやってまいりました」


その言葉にオズワルドは元宰相に簡単に心を読まれてしまった情けなさに少し落ち込みながらも


「では、フィルド王国はショカンシタ王グサークを討つ支援をしていただけるのでしょうか?」


と問いかけた、するとアドルファスは


「ああ、俺が来たからには心配はいらねぇ、あのクソ王には死んだ方がマシだと思わせてやるから安心してまかせておけよ」


と、ニヤリと笑った。


「それは……具体的にはどういった風に……」


若干不安になったオズワルドが訪ねる、アドルファスを呆れたように見ながらエドワードが


「ご心配にはおよびません、実はこのショカンシタへ訪れる前に大陸条約会議を招集して、フィルドから議題を提出しましてね『召喚勇者返還の儀』を遂行したいと」


はっと顔をあげエドワードを見たオズワルドは


「では、召喚された勇者はフィルドで保護されたのですか!?」


「ああ、今は城のほうで丁重にもてなされてるんじゃねえか」


とアドルファスが答える、それを聞いたオズワルドは


「そうですか……無事でいらっしゃったのですね……」


と少し複雑そうに答える、確かに無理やり召喚された勇者には何の罪もないのは分かっているのだが、家族や知り合いが一斉にいなくなった原因なのだ……恨んではいけないし、間違っているのは分かっていても心の中だけは中々割り切れないものがあった。


「あぁ、レイ少年がずっと戦えない勇者を守って旅してきたって言ってたぜ」


と淡々とアドルファスが答える


「レイ……もしやアルド元騎士団長の……」


とその名前に思い当たったオズワルドが聞くと、それにアドルファスが頷き


「息子だな、あいつ自身もあのクソ王のせいで、勇者にスパイ呼ばわりされながらコキ使われてたが、自分より勇者のほうがずっとつらい立場だからって傍を離れずに守ってた強い子供だ」


「そうですか……私ももっと心を強く持たねばなりませんね……」


と自嘲気味に言うオズワルド、がアドルファスはその言葉に


「別にいいじゃねぇか」



「え?」


「あいつの強さは父親の影響だろう、騎士として戦えないものを守る強さだ。 お前は騎士じゃねぇんだからそんなもん必要ねぇ」


とアドルファスは断言する。


「それによ、人間なんて迷ったり弱ったりすんのは当たり前だろ? 強い心なんて別に持ってなくたっていいじゃねぇか、なんでも自分一人で抱え込まねぇで、その分周りに適当に割り振って全部やらせればいいんだよ」


とアドルファスがニヤっと笑いかけてくる、それをエドワードが心底嫌そうな顔で


「……アンタの場合はただの丸投げじゃないですか」


と言えば


「ああその通り!俺は身も心もから何にもできねーんだよ」

とアドルファスが返す。


その息の合うやり取りを見て可笑しくなったオズワルドが、思わず声をだして笑った。


……あの悲劇の日以来初めて心から笑えている気がした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


・オズワルド・サール 21歳

父の公爵はアドルファスと大変仲が良く、たまにお忍びでフィルドを訪ねていたらしい。

その時に庶民の暮らしに触れ、その影響から息子にも庶民暮らしの体験させたりしていた。

ついでに息子や妻もフィルドへ連れて行くことがあり、そのおかげでオズワルドは王と宰相に面識があった。

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