沈林子8 潼関の戦い   

姚紹ようしょうの計略に嵌められてしまった祖父ら。

それでなくとも建康けんこうからは遠く、

兵糧輸送にも困難をきたしておりました。


このまま、ここで

防ぎきられてしまうのではないか。

軍内にも動揺が広がります。


ここで檀道済だんどうさい様が提案。

一度黄河こうがを渡ってしまい、

姚紹軍から離れるのはどうだろう、と。


また軍内でも、全ての軍資をなげうち、

劉裕りゅうゆう様のもとに引き返すのが

良いのではないか、

と言う者もおりました。


祖父は剣を抜き、叱咤致します。


「劉裕様は陛下のため、

 天下を収めようとなさっておられる。

 しかもすでに許昌きょしょう洛陽らくようは取り戻され、

 潼関より手前のエリアも、

 間もなく確保が叶う。


 それは誰によってなされるのだ?

 我々だろう!


 既に我々はほぼ勝利しているのだ、

 それは劉裕様のお志が

 叶おうとしている、とも言える。


 お前たちは、それらを

 なげうとうとしているのだ!


 それに、ここで

 逃げ出そうとしたところで、

 劉裕様の本隊は、はるか遠く。

 そして背にする後秦こうしん軍の勢いは盛ん。

 無事に生き延びられると

 思っているのか?


 私は、この使命に

 命を賭ける覚悟である。


 これらは無論、檀道済様のために

 申し述べていることではある。


 だが、同志諸君よ。

 共に苦難を乗り越え、

 共に大恩を被った仲間たちよ。


 ここでそれまで得た全てをなげうち、

 逃げ出すというのか!


 それで、どうして

 劉裕様に向ける面目が立とうか!」


そして祖父は井戸をふさがれ、

己が帷幕を焼き払い、

不退転の決意を示されました。


そして姚紹のなしている包囲網のうち、

やや守りの薄い箇所を狙い、強襲。

この強襲に動揺の走った姚紹軍は、

たちまち瓦解。


千名ほどの捕虜と

兵器、兵糧を獲得致しました。



ところで、東晋軍の諸将は

戦勝のごとに挙げた首級の数などを

多めに見積もって

報告しておりましたが、

祖父が提出なさる戦勝報告書には、

常に実数が記載されておりました。


「どうして他の奴らみたいに

 多めに書かねえんだ?」


そう劉裕様が問われると、

祖父は回答いたします。


「これは王者の戦であります。


 王者の戦には、

 従わせることがあるのみ。

 争いは本分ではございません。


 さすれば挙げた功績を

 みだりに増やすことに、

 何の意味がありましょうか。


 國淵こくえんは事実を報告して讃えられ、

 魏尚ぎしょうは誇張し報告して罰されました。


 これもまた過去の教訓、

 後世の者が続くべき振る舞いである、

 と申せましょう」


劉裕様は仰られました。


「まさしく、

 俺がお前に期待していることだよ」




時懸師深入,糧輸艱遠,三軍疑阻,莫有固志。道濟議欲渡河避其鋒,或欲棄捐輜重,還赴高祖。林子按劍曰:「相公勤王,志清六合,許洛已平,關右將定,事之濟否,所係前鋒。今捨已捷之形,棄垂成之業,大軍尚遠,賊衆方盛,雖欲求還,豈可復得。下官受命前驅,誓在盡命,今日之事,自爲將軍辦之。然二三君子,或同業艱難,或荷恩罔極,以此退撓,亦何以見相公旗鼓耶!」塞井焚舍,示無全志,率麾下數百人犯其西北。紹衆小靡,乘其亂而薄之,紹乃大潰,俘虜以千數,悉獲紹器械資實。時諸將破賊,皆多其首級,而林子獻捷書至,毎以實聞,高祖問其故,林子曰:「夫王者之師,本有征無戰,豈可復增張虛獲,以自誇誕。國淵以事實見賞,魏尚以盈級受罰,此亦前事之師表,後乘之良轍也。」高祖曰:「乃所望於卿也。」


時に師を懸け深きに入り、糧の輸びたるは艱遠なれば、三軍は阻まるを疑い、固志を有す莫し。道濟は渡河し其の鋒なるを避けんと欲したるを議し、或るもの輜重を棄捐し、還りて高祖に赴かんと欲す。林子は劍を按じて曰く:「相公の勤王せるに、志は六合を清まんとす。許洛は已にして平らぎ、關右も將に定まらんとせるに、事の濟否は前鋒に係りたる所なり。今、已捷の形を捨て、垂成の業を棄つらば、大軍は尚お遠く、賊衆は方に盛んなれば、還じたるを求めんと欲したりと雖ど、豈に復た得べからんや。下官は前驅を受命せるに在りたる命を盡くさんこと誓う。今日の事、自ら將軍の爲に之を辦ず。然れど二三なる君子の、或いは艱難を同業し、或いは荷恩を罔極し、以て此の退撓せば、亦た何ぞを以て相公の旗鼓に見えんか!」と。井を塞ぎ舍を焚き、無全の志を示し、麾下數百人を率い其の西北を犯す。紹が衆は小靡にして、其の亂に乘じ之に薄らば、紹は乃ち大いに潰し、俘虜は千を以て數え、悉く紹が器械資實を獲る。時に諸將の賊を破りたるに、皆な其の首級多かれど、林子の獻ぜる捷の書の至りたるに、毎に實聞を以てす。高祖の其の故を問うに、林子は曰く:「夫れ王者の師、本より征有り戰無し、豈に復た增張虛獲し、以て自ら誇誕せんか。國淵は事實を以て賞に見え、魏尚は盈級を以て罰を受く。此れ亦た前事の師表にして、後乘の良轍なり」と。高祖は曰く:「乃ち卿に望みたる所なり」と。

(宋書100-15_暁壮)




地理が微妙にあれ。

ざっと書くとこんな感じです。


     ■   ○かい ▲

  沈林子■ ○蒲阪▲▲▲

  檀道済■ ▲▲▲▲▲▲

    ☆■黄河▲▲▲▲▲

長安   ■■■■■■■■

○   ☆○潼関  ○洛陽らくよう

   姚紹


劉裕はこの段階で

洛陽にも到着してなくて、

また沈林子や檀道済の取った

解県→蒲阪→潼関ルートは

軍の規模的に使えない。


なので、劉裕が長安に向かうためには、

潼関を確保しておかなきゃならない。


潼関放置して長安に向かうと、

背中から姚紹、正面から姚泓。

先遣隊は包囲撃滅ルートです。


そう言う状態なわけですね。



國淵

曹操そうそうに仕えた政治家。三国志魏志国淵伝で「破賊文書,舊以一為十,及淵上首級,如其實數」と書かれており、功績は十倍して載せるのが古来の習慣だったが、国淵だけは実数で報告した、とある。なんだそのクソみたいな習慣……。


魏尚

前漢文帝の頃の武将。匈奴きょうど撃退の際にうっかり功績を多めに報告し降格処分を受けた。ただ、のちに同僚からの弁護によって復職している。

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