謝晦4  宋国中の謝晦  

劉裕りゅうゆうが宋王に進爵、伴い、

晋の中に新たな国「宋」が誕生。

ここで謝晦しゃかいの立場も、改めて

劉裕の側近、となる。


そして司馬徳文しばとくぶんより禅譲を受け、皇帝に。

この時謝晦は、建康けんこう北西の出城、

石頭せきとう城における祭祀の総取締役に。

また石頭城から儀礼団を引き連れ、

建康城入りした。


石頭で皇帝に授けるための何かを

天より代理で受領し、

それを皇帝に届けた、となるだろうか。


謝晦の側近としての肩書は

いよいよ重くなる。

役職は親衛隊長となり、

また劉裕の即位までの道のりを

よく補佐したということで、

武昌ぶしょう県公に封爵。


なお武昌は長江沿岸の都市で、

建康と江陵こうりょうとの、ほぼ真ん中に当たる。

平たく言えば、ド要衝である。


そんな謝晦、劉裕即位の翌年に

ポカをやらかしている。


鎮西司馬にして南郡太守、

言うなれば江陵の実質的な長官である

王華おうかを、より高位を封爵させよう、

という話になった。


のだが、謝晦。

「誤って」王球おうきゅうというひとをその地位に。

「誤って」。大事なことなので。


この「人事ミス」のため謝晦は

やや降格。ただし晋の名将、

羊祜ようこが宮廷に入ったときに

宮廷の警護を一手に引き受けたことから、

謝晦も同じく宮廷内に宿直、

羊祜と同じ任務を請け負った。



やがて劉裕が倒れると、

護衛二十人をつけられた。

徐羨之じょせんし傅亮ふりょう檀道濟だんどうさい

そして医者とともに、

劉裕のそばにはべった。




宋臺初建,為右衛將軍,尋加侍中。高祖受命,於石頭登壇,備法駕入宮。晦領游軍為警備,遷中領軍,侍中如故。以佐命功,封武昌縣公,食邑二千戶。二年,坐行璽封鎮西司馬、南郡太守王華大封,而誤封北海太守球,版免晦侍中。尋轉領軍將軍、散騎常侍,依晉中軍羊祜故事,入直殿省,總統宿衛。三月,高祖不豫,給班劍二十人,與徐羨之、傅亮、檀道濟並侍醫藥。


宋臺の初に建つるに、右衛將軍と為り、尋いで侍中を加わる。高祖の命を受くるに、石頭にて壇に登り、法駕を備え入宮す。晦は游軍を領し警備を為し、中領軍に遷り、侍中は故の如し。佐命の功を以て、武昌縣公に、食邑二千戶に封ぜらる。二年、行璽に坐し鎮西司馬、南郡太守の王華を大封せんとせるに、誤り北海太守の球を封じ、晦が侍中に免を版ぜらる。尋いで領軍將軍、散騎常侍に轉じ、晉が中軍の羊祜が故事に依り、入りて殿省に直し、宿衛を總統す。三月、高祖の不豫に、班劍二十人を給ぜられ、徐羨之、傅亮、檀道濟と與に並べて醫藥を侍す。

(宋書44-4_紕漏)




王球

劉裕を引き立てた人、王謐の息子。栄達ルートに乗ることを避けており、その来歴を見ると「身を慎む」ことを徹底していたように感ぜられる。一方の王華は江陵のトップ、言ってみれば実質的な西のドンである。このうっかり人事、普通に考えればありえない。……んだけど、あり得るのかなあ。わからない。


まぁ、謝晦を真っ黒に仕立て上げるにあたっては「ミスじゃなくて牽制人事でしたー、その後の宮廷内の護衛総取締役に収まるところまでがブックですー」みたいな感じに仕立て上げてしまうと、どんどん謝晦さんをゲスく感じられるようになるのでよい。

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