宋書列伝

巻41 皇后

皇母   ふたりの母   

孝穆こうぼく皇后は、名を趙安宗ちょうあんそうと言う。

下邳かひどう県の人だ。


361年に劉翹りゅうぎょうと結婚、

その2年後に劉裕りゅうゆうを生んだが、

その日のうちに丹徒たんと県の官舎で死亡。

このとき21歳だった。

晉陵しんりょう郡丹徒県とう練璧れんへき里の

がく山に葬られた。


劉裕が皇帝に即位したところで

諡を追贈された。

その陵墓は興寧と名付けられた。



孝懿こうい皇后、蕭文壽しょうぶんじゅ

蘭陵らんりょう郡蘭陵県の人である。

……つまり、後に宋から禅譲を受けた

蕭道成しょうどうせいと同郷同姓、となる。


趙安宗の死後、劉翹と結婚。

劉道憐りゅうどうれん劉道規りゅうどうきを生んだ。


劉裕はこの継母を常にリスペクトしており、

またこの人の前では謙虚であった。

皇帝に即位し、齢60に近づいてもなお、

毎朝、一切の遅刻もなしに、

彼女のもとに挨拶に伺うのが日課だった。


劉裕の死後、太皇太后となったが、

間もなく死去。81歳であった。


その遺言に言う。


「劉翹様の死後より

 50年余りが経っています。

 古来よりこれだけ死期の離れた人間が

 同じ墓に葬られることはありません。


 また、かんの時代には皇帝と皇后が

 別々に埋葬されておりました。

 ならば、我が墓室も劉翹様とは

 別に設けるように。


 そして劉翹様は、高祖の父上とは申せ、

 あくまで臣民に過ぎませんでした。

 故にその葬礼は臣民の礼でなされました。

 ならば、その妻もまた臣民の礼に

 従うべきでありましょう」


劉翹が死んだのは、劉裕が10歳のとき。

存命時でも貧乏ぐらしであったのが、

その死でさらに加速した。


ともなればまともな葬式を

挙げることもできず、

蕭文寿としては、妻としての役目を

全うしきれていない、と思ったのだろう。


劉裕も、遺言の中で

「おふくろは、いまさら親父と一緒に

 葬られたいだなんて思っちゃいねえよ」

と書いていた。


そのため、蕭文寿の意向は

尊重されるのだった。




孝穆趙皇后諱安宗,下邳僮人也。后以晉穆帝升平四年嬪孝皇,晉哀帝興寧元年四月二日生高祖。其日,后以產疾殂于丹徒官舍,時年二十一。葬晉陵丹徒縣東鄉練璧里雩山。宋初追崇號諡,陵曰興寧。孝懿蕭皇后諱文壽,蘭陵蘭陵人也。孝穆后殂,孝皇帝娉后為繼室,生長沙景王道憐、臨川烈武王道規。上以恭孝為行,奉太后素謹,及即大位,春秋已高,每旦入朝太后,未嘗失時刻。少帝即位,加崇曰太皇太后。景平元年,崩于顯陽殿,時年八十一。初,高祖微時,貧約過甚,孝皇之殂,葬禮多闕,高祖遺旨,太后百歲後不須祔葬。至是故稱后遺旨施行。


孝穆趙皇后が諱は安宗、下邳は僮の人なり。后は晉の穆帝の升平四年を以て孝皇に嬪し、晉の哀帝の興寧元年の四月二日に高祖を生む。其の日、后は產疾を以て丹徒の官舍にて殂す、時に年二十一なり。晉陵は丹徒縣の東鄉の練璧里の雩山に葬らる。宋の初めに追崇して諡を號され、陵を興寧と曰う。孝懿蕭皇后が諱は文壽、蘭陵は蘭陵の人なり。孝穆后の殂したるに、孝皇帝は后を娉じ繼室と為し、長沙景王の道憐、臨川烈武王の道規を生む。上は恭孝を以て行を為し、太后を奉ずるに素より謹み、大位に即きたるに及び、春秋は已にして高かれど、每旦に太后に入朝し、未だ嘗て時刻を失わず。少帝の即位せるに、崇を加え太皇太后と曰う。景平元年、顯陽殿にて崩ず。時にして年八十一。遺令に曰く:「孝皇の世に背かること五十餘年、古えにては祔葬せず。且つ漢の世の帝后の陵は皆な處を異とし、今、可塋域の內にても別けて一壙を為すべし。孝皇が陵墳は本より素門の禮を用いらば、王者が制度と奢儉は同じからず、婦人の禮にても從いたる所有り、一に往式に遵うべし」と。初にして、高祖の微なる時、貧約なること過甚、孝皇の殂せるに、葬禮に闕けたる多く、高祖が遺旨にては、太后は百歲の後にての祔葬を須めずと。是れに至りたるが故に后が遺旨を稱し施行さる。

(宋書41-1_為人)

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