3.三匹の逃亡
「本当だ! オーガが出たんだよ!」
「よかったじゃないの、オーガを狩りにわざわざ来たんでしょ? それで? 倒せたの?」
必死に訴えていた探索者達はクロエの言葉に静まり返る。
「ふーん。でも、わざわざ夜中に宿を抜け出てまで探してたんだ、腕の一本くらいは切り落とせたんだろうね?」
「あ、いや」
探索者とクロエの会話を横に、アリッサはアメリアと朝食を食べる。
朝、朝食を食べに来たアリッサは、宿の玄関前に転がっている探索者達を優しく蹴り起こしてあげたのだ。そうして、なんで宿の外で寝てたのかをクロエに聞かれた探索者達の言い訳があれである。
夜にアリッサが軽い運動をしていた所に探索者達が現れた。騒がれるのも面倒なので、アリッサはとりあえず気絶させて転がしておいた。だからオーガに会ったというのも間違いではない。たまたまだが、アリッサはオーガの姿で運動をしていたのだから。
以前であればダンジョンの奥や宇宙船のフィットネスルームを使っていたのだが、アメリアを預かってからはアメリアの近くから離れるのは最小限にしている。最近は夜中に目を覚まして泣くこともなくなった。しかし、見知らぬ探索者達が入れ替わり村に来るようになってからは、また少し不安そうにしている。そのため、目が覚めて泣き出したとしても気づく距離で運動していたのだ。最近は特に昼間も雑貨屋に引き籠っていて、運動不足だったのだからしょうがない。
「それでよく無事でいれたもんだね。オーガって人を食べるとかいうじゃないかい」
びくりとして顔を見合わせた探索者達。
彼らは朝食が済んだところで足早に街へと帰って行った。
「またオーガさ出た聞いたんじゃがの」
「あーどうなんかな。俺は見てねえし、見たって言ってた奴らは街に帰っちまったしな」
再びやってきた巡回の兵士に説明する。ほとんど間を開けずにこの村に来るのは、しばらく前の放置っぷりと比べると隔世の感さえある。
それに、とアリッサは続ける。
「クロエの話じゃ、オーガってのは人を食うんだろ。オーガに会ったって奴らは宿の前にぶっ倒れてたけど、手足が欠けてたりはしてなかったぜ」
アリッサにしてみればオーガが人を食うというのもどうかと思うが、この惑星のオーガが人を食べるというのは事実である。そしてクロエに言わせると、この惑星の人達だってオークを食べるんだから同じでしょ、ということになる。そしてどちらも開拓民の成れの果てなんだからというクロエは、オーク肉は食べたくないと前々から宣言している。クロエに言わせると、どちらも野蛮な人肉食なんだそうだ。
「はー、ほんだばオーガじゃなかったちゅうことかいの」
思案顔で尋ねる兵士は、探索者達のオーガ騒ぎから二日ほどで村を訪れた。
なんでも村々の巡回中に「オーガが出た、オーガが出た」と騒ぐ探索者達が通って行ったと、村人が怯えていたのだそうだ。兵士達がその話しを聞いた時には、件の探索者達は村を出た後だということだった。そこで村人にはオーガは倒されたぞと言い聞かせようとしたのだが、どうにも違うオーガが出たらしい、出たのはまたダンジョンの近くらしい、ということで兵士達はこの村まで確認に来たのだそうだ。
アリッサとしては、探索者の妄言として片付けて欲しいところだ。かと言って兵士にして見れば、危険を放置して知り合いの村人が殺されたり、ましてや親戚や兄弟が殺されたりしてはたまったものではない。妄言と切り捨てるのも簡単ではない。
「まあ、何日か経てばハッキリするんじゃねーか。他の探索者も居るんだし」
アリッサの言葉に頷いた兵士達は、数日後には再びこの村を訪れることを決め、まずは街まで報告に戻ることにした。勿論、兵士達自身が周辺を調査するという選択肢もある。だが、話に聞くオーガは恐ろしい。兵士とは言っても多少の訓練を積んだだけで、普段戦うのはホーンラビット程度の魔物だ。見上げるほど大きな魔物を探して歩くつもりは初めからなかった。
昼食も取らずに街へと戻る兵士を見送ってから、アリッサはアメリアを連れて宿の食堂に向かう。
昨日から探索者が誰も泊まっていないから、面倒事に煩わされず狩りに出れる。本当は昨日から狩りを開始するつもりだったが、オーガの件でクロエに捕まってしまい、言い訳をしているうちに出掛けそびれてしまった。
今日こそはと準備をしていたものの、今度は兵士が来て話をしているうちに昼だ。午後こそはとアリッサの決意は固い。
「ハンバーグじゃねえか!」
食堂にアリッサの声が響き渡る。
中央に居た頃であれば、それは数ある選択肢の一つとして当たり前にあったメニューだった。そしてこの惑星に降りてからは、ついぞ見ることは無かったメニュー。長く目にしていなかったからか、いつものステーキや具沢山のスープよりも、それは随分と料理らしく見えた。
「そっちはアメリアちゃんのね。アリッサのはこっち」
クロエによってアリッサの目の前に置かれたのはステーキ。
ぐりん、と首を回してアリッサはクロエを睨みつける。
「俺も、ハンバーグがいいんだが」
少しの沈黙。
「アリッサは歯ごたえあるほうが好きだって言ってなかった?」
「……俺も、ハンバーグがいいんだが」
しばしの沈黙。
「困ったわね。ほらアメリアちゃん、ステーキってあんまり好きじゃなさそうだって言ってたじゃない? それで柔らかいハンバーグならどうかってエリックがね。試しに作ってみただけだから、アメリアちゃんの分しか用意してないのよね」
ずーんという音が聞こえそうなほど落ち込むアリッサ。
そこにアメリアが自分の皿をアリッサのほうへ移動しようとする。
「あー、いや、大丈夫だ。アメリア。それはエリックがアメリアの為に作ったものだからな。俺のは今度、エリックに作ってもらうさ。な、だからそれはアメリアが食え、な?」
気を取り直したアリッサの言葉で昼食が始まる。
気落ちしたアリッサの食べる速度が遅かったのか、それともハンバーグが食べやすかったのか、アメリアの食事もそれほど間を置かずに終える。
食後のお茶を配りながら、クロエはエリックの伝言を伝えた。
「おう、わかった」
軽く答えるアリッサ。それは、ハンバーグを作るのには手間がかかるから、食べたいなら少し手伝えというものだった。
ハンバーグには挽肉を使う。そしてみじん切りにした玉ねぎや、パン粉も必要だ。だが、この惑星には、保護官達が知らないだけかもしれないが、ミートチョッパーのような便利な調理器具はほとんどない。包丁と言ってもナイフの亜種くらいの肉厚な刃物しかないくらいだ。
エリックもこの惑星で普通に手に入るレベルの調理器具しか持っていない。なぜなら、宇宙船から持ち出せないからだ。いや、宇宙船の中で調理するならば、全て調理器具が行うから人の手は必要ない。メニューを決めて材料を放り込むだけだ。
そんなわけで、保護官達の認識としては異常に手間のかかる調理を手伝えという要望であった。
早速、お茶を飲み終わったアリッサが立ち上がる。
「んじゃあやるか。アメリアはどうする? お前も料理してみるか?」
話ながら厨房へと移動しようとする二人。
これにはクロエも少し焦った。
「ちょっと、手伝えっていうのは、次ハンバーグを作る時の話だよ!」
「おう、じゃあ晩飯はハンバーグだな」
勝手知ったるなんとやら、迷うことなく厨房に突入していったアリッサはエリックも驚かせることになる。
念願叶って、夕食にハンバーグを平らげたアリッサ。彼女が狩りのことを思い出すのは、寝る直前のことだった。
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