第22話 少年時代の終わり

 マリーゴールド号の人質10名の中には、婚約者が悲しみのあまり自殺してしまった青年が含まれていた。夜明け前にビザン港を出航したマスカレード号は、兎に角マルタ公国から離れることに集中する。


「ここまで来れば大丈夫でしょう。ショウ王子、もう風の魔力を使うのを止めて下さい」


 ヤング艦長は、マルタ公国の海軍の中でもガレー船は要注意だと考えていたが、他の帆船なら東南諸島の軍艦に勝てるものは無いと考える。


「やはりガレー船って、厄介なの?」


 ショウの質問に、ヤング艦長は嫌な顔をしながら答える。


「ガレー船は近海では厄介ですよ。方向転換も自由自在ですし、衝角を船の腹にぶつけてきますからね。迫撃戦になっても、漕ぎ手を動員できますから、数に物を言わします」


 でも、ショウはヤング艦長が、ガレー船を嫌っているのを口調で気づいた。


「ガレー船の問題は何なの?」


「遠洋を航海できない事と、匂いが我慢できませんね。ガレー船の風下に碇泊なんかしたら、臭くてやってられません。漕ぎ手の奴隷達の汗や排泄物の匂いが船に染み込んでいるのですよ。絶対にガレー船なんか好きになれませんね」


 劣悪な環境でオールを漕がされる奴隷に、ショウは顔をしかめる。


「東南諸島の男が海賊に襲われて、奴隷にされたりしてないだろうな」


 ヤング艦長はその点は心配いらないと保証する。


「マルタ公国で売りに出された東南諸島の人間は、バッカス大使が買い取ってますよ。まあ、その後で借金を取り立てたりしてますが、ガレー船の漕ぎ手よりマシでしょう。真面目に船乗りとして、1、2年働けば返せますからね。そこら辺がちょっと悪い評判の元になっているのです。海賊の情報を知り過ぎてますから、疑惑を抱く者もいます。実は、私も余り良い評判を聞いてなかったので、誤解していました」


 ショウは確かに誤解されやすいキャラだよなぁと、溜め息をつく。ヤング艦長とはこれ以上バッカス大使のことは話し合わない事にして、帰国したらフラナガン宰相に自分が感じたバルバロッサとの血縁関係を尋ねてみようと心に決めた。


「バルバロッサは許せないけど、身内が咎められるのは間違っている。実際は自決だったけど、罰されて当然だと思われているのは変だよ。レティシィアなんて、嫁いだ妹の娘にすぎないのに……」


 法律の整備が必要だと、パロマ大学に留学中の文官達がしっかり学んで帰国する事を望んだ。


 ショウが法律の整備や、大学の設立、教育について考えていたら、朝食を食べ終わった人質達が日光浴をしに甲板に出てきた。長い間、洞窟に閉じ込められていた青年達は、痩せこけて青白かったが、澄んだ海風を肺一杯に吸い込んで、太陽の光に目を細めている。


 ショウは助けられて良かったと思って彼らを眺めていたが、何だか固まってコソコソ話し合っている。不審に感じて、ショウは青年達に話しかけた。


「何か不都合があるのですか?」


 慣れない船旅で、それも軍艦なので行き届かない所があるのかと心配したのだ。青年達は若い竜騎士に話しかけられて話を止めたが、ショウ王子だと気づいた。その中の一人が、意を決してショウに話しかける。


「ショウ王子、助けて頂いて感謝しています。その上、メーリングまで乗船させて頂き、本当にありがとうございます」


 他の青年達も一斉にお礼を述べる。しかし、代表で話した青年は、背中を他の青年に押されて、うるさいなぁ、これから聞くよと小声で叱りつけて、ショウに思いがけない事を質問する。


「あのう、昨夜とっても綺麗なお姫様がいらしていたのですが、どなたなのでしょう。大使館で風呂や食事の世話をしてくれた侍従達に質問しても、高貴な姫君だとしか教えてくれませんでした。あのような美しい姫君に、御礼も申し上げられないままビザンを出立してしまい、不作法だと思われてないか心配で……」


 ショウは人質生活から脱出したのに、女の子の名前を気にかけている青年達に呆れてしまう。これがイルバニア王国体質なんだと実感する。


「さぁ、私は病気で寝ていたから。確か、大使の妹が滞在していたとか聞いたが」


 曖昧な答えで誤魔化そうとしたが、名前は? お年は? と取り囲まれる。ヤング艦長はショウが人質だった青年達に質問攻めになっているのを救出にきて、体調を崩された後だからと追い払う。


「僕だとバレてないのが救いだけどね。絶対に内緒だよ!」


 ヤング艦長はマスカレード号の乗務員達も、王子だと気づいていませんよと肩を竦めた。チラリと女装したショウを目にした士官や乗務員達も、綺麗なお姫様がまさか男だとは気づかなかったのだ。


「それにしても、こんなに恋愛体質だとは……婚約者が悲しみのあまり自殺しただなんて聞いたら、ショックだろうな」


 ショウはまだ諦めきれないのか、士官達に名前を聞き出そうとしている青年達を心配そうに眺めた。


「恋愛至上主義ですが、青年というものは惚れやすいですから、じきに立ち直るでしょう。ひと冬は泣いて暮らすでしょうが、実際に死の恐怖と戦った彼ですから、死のうとはしないでしょう。春になって色とりどりのドレスを着た令嬢方に慰めて貰ったら、新しい恋を見つけますよ」


 ショウ達は婚約者を亡くした青年の世話は家族に任せることにして、悲しい情報は伝え無いことにしたのだ。


 天候に恵まれて、順調にプリウス運河に着いた。マリーゴールド号の子息達を救出したマスカレード号は、最優先で通行を許されてメーリングに寄港した。



「ショウ王子、この度は本当にありがとうございます」


 プリウス運河から竜騎士がユングフラウに知らせたので、マウリッツ外務大臣がわざわざメーリングにまで御礼にやって来た。


「私は体調を崩して、実際はヤング艦長に救出して貰ったのです。彼等の身柄をお返ししますよ」


 女装したのがバレたら困ると、ショウ達は家族と感激の再会をしている青年達に背を向けて、マスカレード号にサッサと乗船する。


「きっと屋敷に落ち着いてから、婚約者の死を伝えるのでしょう。家族がきっと支えますよ」


 心配そうに眺めているショウに、ヤング艦長はイルバニア王国の男はしぶといですからと、シビアなコメントを口にする。


「恋愛体質なのは、生命力の現れかもしれませんね。これがカザリア王国の青年なら、後追い自殺をしかねませんけど、イルバニア王国の青年は泣くだけ泣いたら次の恋を始めますよ」


 ショウも理屈っぽいくせに夢見がちなカザリア王国体質なら、ポキッと折れて自殺しそうだと考えた。


「ローラン王国はどうなんだろう?」


 ヤング艦長は腕組みをして、考えだす。


「ローラン王国ねぇ、誇大妄想狂とロマンチックが共存してますからねぇ。あの陰鬱な冬なら自殺しそうですが、春になったら一斉に花が咲いて、国民は浮かれてますから大丈夫でしょう。季節しだいですね。白熊みたいに、氷を掻き分けて泳いでいるのを見たことがあります。きっと身体が一番丈夫なのではないですか? まぁ、我が国の女性は自殺などしないから論外ですなぁ」


 ショウは確かに婚約者が死んだからといって、自殺などしそうな女性を思い付かなかった。


「そうだよねぇ。我が国の国民性は、良くも悪くも商売至上主義だなぁ。イルバニア王国やカザリア王国の子供への教育システムは優れているけど、うちの国の子供達の方が計算は早くて正確だもの。文字も読み書きできるし、金の単位のマークを付ければ、桁の多い足し算でもスラスラ答えるよ。それに比べたら、カザリア王国のパロマ大学の売店ですらお釣りの間違えが多かった。あっ、イルバニア王国で算盤を見たんだ! あれは商売に役立つよね」


 ショウはメーリングのバザールで、算盤を使って値段の駆け引きをしているのをちょくちょく見かけたのを思い出した。


「ユーリ王妃が考案されたと聞いたけど、前世の算盤にソックリだよね。これは導入したいなぁ……」

 

 メーリングからレイテはヤング艦長には目を瞑っていても通い慣れた航路で、凪いでいる時以外はショウ王子に風の魔力を使わせなかった。




 そのお陰で暇を持て余したショウはサンズに寄りかかって、空の雲を眺めながら色々な事を考えた。

 

 指を折ながら、しなくてはいけないことを整理していく。


「1、レイテの埋め立て埠頭 2、サンズ島の開発 3、チェンナイの貿易拠点開発、造船所の件も考えよう。 4、ローラン王国の造船所 5、真珠の養殖」


 ショウは1から3までは、兄上達と伯父上に任せているので、視察や時々チェックすれば大丈夫だろうと思った。


「僕がしなくちゃいけないのは、造船所の件と真珠の養殖だよね。あっ、他にもあった~。6、ゴルザ村で貰った古文書を読むそれと……」


 ショウはレイテに帰ったら果たさなくてはいけない約束があったのだと、王子としての仕事を全て忘れて悩みだした。


「レティシィア……」


 もっと早く帰国する筈だったのに、約束の日にギリギリ間に合うかどうかになったのをショウは困惑する。


「間に合わなかったら、どうしよう? 間に合ったら、どうしたら良いんだろう……」


 綺麗なレティシィアに欲望を感じていないわけでは無いので、ショウはぐだぐだ悩むのだ。


「ララをまた不安にさせちゃうな……」


 サンズに相談しても、この件は無理だよなぁと溜め息をついて、王子としての仕事の方を考える。


「7、ゴム引きの雨カッパを作らせる。 8、ガラスとゴムがあるのだから、水中メガネを作らせる。真珠の母貝を取るのに便利だよね。 9、ゴムがあるんだし、水中メガネを作るなら、足ヒレも作りたいよ。 10、そうだ! 算盤を導入する……」


 考えるだけで疲れたショウは、自分の考えを実行してくれる人物が必要なのだと悟った。


「信頼できる側近を採用する!」


 自分に一番必要な事に気づいたショウは、ピップスが早く使えるようになって欲しいと願った。

 

 これから王太子として、本格的に政治の世界に足を踏み出すショウは、マスカレード号の甲板の上で少年時代の最後を迎えていた。

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