第19話 大使館

 バッカス大使は、ヤング艦長の協力を取り付けたので、人質になっている子息達の救出作戦を練る。


 ヤング艦長は、従卒がキチンとショウ王子の看病をしているか見てから、交代の従卒を呼び寄せて、絶対にバッカス大使と二人きりにしてはいけないと厳命して仮眠を取る。嵐で徹夜明けだったので、救出作戦がいつ実行されても良いように体力を回復しておきたかったのだ。


 ショウは夕方に目覚めて、天蓋から垂れ下がっているレーシーなカーテンや、自分が着ている寝間着の袖口に付いているレースのビラビラに眉をしかめる。


「何だかバッカス大使って、変な喋り方をしていたような……」


 頭がぐらぐらだったので、バッカス大使を余り覚えてなかったが、何だか変な人だったなぁと、ショウはボスッと枕に頭を落とす。


「お目覚めですか?」


 従卒は額を冷やす冷たい水を交換してきて、タオルを額に乗せようとしたが、熱は下がったよと制された。


「サンズが、心配しているだろうなぁ……」


 ベッドを出ようとするショウを、従卒はもう少し安静にして下さいと止める。


「治療師はゆっくり安静にするようにと、言ってましたよ」


 ショウはお腹もすいてるし、喉も渇いていると訴える。


「あら、お目覚めですか?」


 ショウは現れたバッカス大使に驚いて、目をパチクリする。


「バッカス大使? ご迷惑をかけて、すみません。サンズが心配していないか、見に行きたいのです」


「まぁ、目を開けるとキュートだわ! アスラン王といい、ショウ王子といい、お仕え甲斐のある容姿で嬉しいです」


 バッカス大使は、可愛いショウに胸キュンだったが、ダメダメ寝てなきゃとベッドの布団を掛けなおす。


「サンズのお守りなら、マリオンがしているわ。それに、そんなに心配なら、テラスに呼び寄せてあげます。ショウ王子、魔法は当分禁止ですよ。倒れて意識を失うだなんて、竜騎士として絶対にしてはならないことです」


 メッと叱られて、言葉使いは変だけどバッカス大使の言う通りだと反省する。


「サンズにも、心配かけちゃったなぁ」


 バッカス大使は、ショウが自分の騎竜を心配しているので、テラスに出てマリオン経由でサンズを呼び寄せる。


『ショウ~』


 勢い良くサンズがテラスに飛んで来るのを、窓ガラスを割らないでねと注意しながら、バッカス大使は掃き出し窓を全開にしてショウの顔を見せてやる。

 

『サンズ、心配かけたね。もう、大丈夫だよ』


 サンズはショウの顔を見て安心した。


『ショウ、無茶をし過ぎだよ。今度からは魔法は使い過ぎないでね』


 サンズに叱られるのが、ショウには一番の薬だと、バッカス大使は微笑んで見る。


『サンズも嵐の中を飛んで、疲れているだろ。お腹すいてない?』


 サンズの空腹感なのか、自分の空腹感なのかわからないが、猛烈な空腹感が襲ってきてショウは尋ねる。


『そういえば、お腹がすいてるかも。マリオンが仔牛を譲るって言ってくれたけど、心配で食べるどころじゃ無かったから。まだ、残っているかなぁ』


 バッカス大使は、サンズにちゃんと食事をさせておきますから、ショウも安静にしていてねと部屋から出て行った。従卒にお粥を運んで来て貰い、これじゃあ足りないと文句を付けながら完食する。


「魔法の使いすぎで空腹なのはわかりますが、身体は発熱のダメージを受けているのです。少しずつ食べないと駄目ですよ。今回は魔法の使いすぎだけでなく、風邪をひいたのだと思います。騎竜が症状を抑えてくれているのでしょうが、熱が出た後は安静にして下さい。風邪は万病の元なのですから」


 ショウは苦い煎じ薬を飲まされて、眠り薬が入っていたのか、ウトウトしながら前世の事をふと思い出す。


「そういえば、風邪の熱が下がっても、ウィルスはまだ全部は死んでないからと、発熱した次の日も学校を休ませてくれたなぁ。厳しい学校だったから、欠席が多いと担任から電話があった時、お母さんが逆に説教したみたいで、次の日登校した時に苦笑されて困ったんだ。風邪は万病の元かぁ~」


 ふとショウは、自分が死んだ年齢になるんだなぁと感慨に耽る。


「前世では彼女もいないまま死んだけど、死神のお陰か許婚が4人! ちょっと多すぎだよ」


 ボオッと考えているうちに、煎じ薬の効き目ですやすやと眠りだす。



「う~ん、よく寝たぁ~」


 次の日の朝、煎じ薬の中にあった眠り薬のお陰で、夕方から爆睡したショウはすっかり回復して目覚めた。


 ベッドの上に座って、大きく伸びをする。ぐう~っとお腹がなる音がして、ショウは従卒に何か食べ物が欲しいとせがんだ。


 ヤング艦長に付き添いを命じられていた従卒は、これなら食事を出しても大丈夫だろうと安心する。 


「ショウ王子、お目覚めですか? 治療師が来るまで、ベッドにいて下さいよ」


 今朝も綺麗なエメラルドグリーンの服を着たバッカス大使に挨拶されて、ショウはカラフルだなぁと呆れる。東南諸島でも色物をきる男もいたが、紺、グレー、茶色といった暗い色が多かった。


 長衣の上に羽織る上着は色物を着る場合も多かったが、長衣でピンク、水色、エメラルドグリーンなどは見たことが無かったので、ショウは変わっているなぁと思う。まして身分の高い大使は、王族同様に白か生成が普通で、今まで会った大使達がこんなに色鮮やかな服を着ているのを見たことが無かったので、これで良いのかどうか判断に迷う。


 礼装じゃないから良いのかな? 長さの規定はあるけど、色はどうだったけ? 服装はミヤ任せだったので、ショウには色物を着て良いのか、悪いのかも判断できない。


 治療師にベッドから出て、食事と入浴をして良いと許可が下りて、全員がホッとする。


「本当は入浴前はお食事は控えた方が良いのだけど、軽くお粥を食べても良いかしら?」


 治療師は少しなら影響無いでしょうと言ってくれたので、ショウはお粥にありついた。続きの部屋にお風呂の用意が出来たので、ショウは潮臭い身体を洗おうとベッドから出る。


「お背中を流しますわ」


 いそいそと風呂場に着いてくるバッカス大使を、結構です! と追い出して、ゆっくりとお湯に浸かる。


「ああ~、生き返るなぁ~」


 のんびりお湯に浸かっていたショウは、続き部屋との扉の外でバッカス大使とヤング艦長が揉めている声に眉をしかめる。しかし、それどころかマスカレード号から付き添った従卒と、大使館の侍従も風呂場へとお湯を運ぶ扉の外で揉めだす。


「ショウ王子のお世話は私達が致します」


「ここは大使館です。バッカス大使に私達が世話をするように、命令されています」


 折角、リラックスしてお湯を使っているのに揉め事は御免だと、ショウは大使館の侍従に髪を洗ってくれと声をかける。


「はい!」


 勝ち誇った返事に、ショウは看病してくれた従卒に悪い事をした気分になったが、大使館では侍従が働いているのだから道理に従うしか無いと考える。香りの良いシャンプーを濡らした髪につけて、上手に洗ってくれる侍従にうっとりしていたが、他の侍従が運んで来たお湯で注いで貰い髪をタオルで巻いて貰った後、ショウは固まってしまう。


「何だか、美々しい侍従ばかりだなぁ」


 従卒はショウ王子に変な真似をしないかと、お風呂の隅で見張っている。


「なるほど! これで従卒は揉めていたんだぁ。王宮の侍従も見栄えの悪い者は見当たらないけど、ビザンのは別な意味を感じるな」


 実害が無いならヘイチャラだと、幼い時から世話をされなれている鷹揚さで、お湯からあがると差し出されたローブに着替える。もう一方の揉め続けている寝室のバッカス大使とヤング艦長は、ローブ姿のショウが出て来たので口を噤む。


「サッパリしたよ。ヤング艦長、従卒はマスカレード号に帰して良いよ」


 ヤング艦長は抗議しようと口を開きかけたが、ショウに睨まれて承諾する。ショウが自国の大使を信用されるなら、それに従うしかなかった。


「さぁ、着替えて朝食にしよう」


 バッカス大使はお着替えを手伝いましょうと言いかけて、ショウに睨み付けられ口を噤む。


「いやん! 怒ると私のアスラン王にそっくりだわぁ! そのつれない態度が素敵!」


 ヤング艦長は、ショウがキッパリとバッカス大使を拒んだのに安心して、従卒をマスカレード号に帰した。バッカス大使が用意した服は、王族が普段に着る物だったので、ショウは安心して着替えて食堂へ向かう。


「バッカス大使! この絵は!」


 食堂の壁にはアスラン王の肖像画が、何枚も掛けられている。


「ああ、素敵でしょう? これは若い時から順番に並べてあるのよ。あら、10代の頃のお顔と、ショウ王子はそっくりねぇ」


 確かに10代の父上の肖像画は、自分の顔に似ていると顔をしかめる。ヤング艦長も肖像画に関しては、不敬罪だと騒ぎ立てるわけにもいかず、一枚で十分でしょうと文句をつけるだけにしておいた。


「そうねぇ、ショウ王子と一枚ずつでも良いかも……」


 ジッと自分を見つめるバッカス大使に、止めて下さい! とショウは制した。


「父上に見張られているみたいで、食欲が落ちませんか?」


 ショウは何か落ち着かないなぁと、ヤング艦長に小声で尋ねる。ヤング艦長はそうですねと小声で返事をしたが、バッカス大使は聞き咎める。


「アスラン王に仕える武官が何を仰るの? こうして、アスラン王に見守られて、食事を頂くのは最高の幸せだわ!」


 ショウは反論するのも面倒なので、壁を見ないようにして食べることに集中する。



 食べ終わると、竜舎にサンズに会いに行き、無理をしないと約束する。


『本当だよ、ショウが意識を無くして、どれだけ心配したか』


 マリオンは、まだ若いサンズが若いショウと絆を結んでしまったのを心配していた。


『ショウもサンズも、もう少し自制心を学ばないといけないよ』


 落ち着いた雰囲気のマリオンが、何故あのバッカス大使とパートナーを続けていられるのか、ショウは疑問を持つ。


『バッカスは能力は高いから、本当なら絆を結びたいぐらいなんだ。でも、彼は子作りに興味が無いからと断られた』


 ショウはマリオンの言葉の意味を考えて、もしかしてと思っていた疑惑が裏付けられる。


『それはバッカス大使が、女性に興味が無いという意味なの?』


 マリオンは竜でも肩を竦めたら、こんな風なのだろうといった感じで、羽をあげる。


『バッカスは自分の子孫は残したく無いと言っていたよ。ロクな身内がいないからだと言っていた』


 ショウは、ハッとバルバロッサを出した先々代の身内なのではと感じた。


「レティシィアといい、一人バルバロッサが出ただけで……」


 マリオンはショウの考えを読んで、男好きって人間独特な性的嗜好だよねと溜め息混じりに注意する。


『バッカスはアスランを愛しているから、そっくりなショウも気を付けた方が良い。なぁ、何故、子供を作らない男同士で発情するんだ?』


 ショウは自分は女にしか発情しないと言い捨てて、これ以上バッカス大使の性生活についての情報を聞きたくないと、サロンへと帰る。


「何だ! これは!」


 サロンで父上の裸像を見たショウは激怒して、バッカス大使に片付けるようにと命令する。正式には成人式で王太子になる前のショウより、バッカス大使の方が命令系統では上位だったが、怒り顔にポォとして胸キュンなので指示に従う。


「私の寝室に、運んでちょうだい」


 ヤング艦長はそれは拙いだろうと眉を顰めたが、ショウは目の前から裸像が無くなるならどうでも良かった。


 やっとサロンに落ち着いて、バッカス大使からマリーゴールド号の子息達の生存の報告を受ける。

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