第18話 バッカス大使

 ヤング艦長に支えられて大使館に到着したショウは、走り寄った大使館付きの武官に抱き上げられて、ベッドまで連れて行って貰う。


「服もびしょ濡れだわ、早く着替えさせなくちゃ」


 嬉しそうにショウの服を脱がせようとするバッカス大使の手を、ヤング艦長は強く握って制する。


「ショウ王子に、指一本でも触るな!」


「あら? 怖い顔。でも、濡れた服が身体に障るのは、ヤング艦長もご存知でしょう」


 そう言うと文官のバッカス大使なのに、ヤング艦長の手を片手で払いのける。ショウはベッドにとっとと寝たい気分だったし、何となく動機に不純な物を感じるバッカス大使に、着替えを手伝って貰いたくない。


「自分で着替えられます」


 冷たく断られて、そうですかぁと残念そうなバッカス大使の前で、スパッと服を脱ぎ捨てる。


「いやん! ショウ王子ったら大胆ねぇ。キヤッ、綺麗な身体だわぁ~」


 ヤング艦長は、この変態! とバッカス大使にショウの着替えを見せないように身体を盾にしたが、それと同時に王子様はいつも侍従に世話をされているので、羞恥心が無いのだと呆れる。


 ショウは少し変な言葉を発するバッカス大使を気にするどころではなくて、身体がフラフラするのでサッサと濡れた服を脱ぎ捨てて、用意されていた袖口にレースが付いた寝間着に着替えてベッドに横たわる。絹の掛け布団もレースの縁取りのあるシーツがセットされていて、ベッドには天蓋から極薄のカーテンがドレープして下がっている。


「眠れる王子様……」


 ポオッと頬を染めるバッカス大使の頭を、殴りつけたくなったヤング艦長だが、治療師が診察しだしたのでおとなしくする。


 大使館付きの治療師は、グッタリしているショウの脈や熱を診察し、具合の悪くなった時間などを問診していく。


「魔力の使い過ぎと、過労ですね。それと、冷たい雨に打たれたのが、良く無かったのでしょう。安静にして体力を回復させるしかないですね」


 治療師は技を使って少し熱を下げたが、全ては下げきらない。


「何故、ちゃんと治療しないのだ」


 心配で気が立っているヤング艦長は、治療師が熱を下げないのに不満をぶつける。


「熱が出るのは、身体が危険信号を出しているのよ。ショウ王子は無理をしすぎなのだわ。だから、熱が下がるまで、ゆっくりと休養することが必要なの」


『ゆっくり』という言葉に顔をしかめたヤング艦長だったが、ショウの健康の為には休養が必要だと我慢する。


「ヤング艦長もずぶ濡れねぇ、お風呂をお使いになったら? 着替えは私の服をお貸しするわ」


「結構です! 軍務期間中は軍服を着用させて貰います」


 ピンクの服など絶対に着たくないが、ショウの側を離れるのも心配なヤング艦長は、マスカレード号から従卒に着替えを持って来させる。自分が風呂を使う間、従卒にショウの部屋を見張らせていたが、素早く湯から上がり部屋へと向かう。


「全く、自国の大使館で、ショウ王子の身の安全を心配しなくてはいけないだなんて!」


 ブツブツ文句を言いながら、ヤング艦長はショウの部屋の前で従卒と揉めている、バッカス大使の前まで駆けていく。


「ああ、ヤング艦長。この無粋な従卒が、ショウ王子の看病をしようとする私の入室を拒むのですよ。此処は東南諸島連合王国の大使館で、私は駐在大使なのですよ。これは越権行為です」


 指を一本振り立てて怒るバッカス大使も、濡れたピンクの服から、これまた東南諸島の男が絶対に着ない薄いフェミニンな水色の長衣に着替えている。確かにマルタ公国では、駐在大使であるバッカス大使が一番上位だ。


「それは失礼しました。しかし、バッカス大使に看護などして頂かなくても、従卒がショウ王子の身の回りの世話を致します」


 キッパリ言い切ったヤング艦長だが、分が悪いのは目に見えている。しかし、バッカス大使は、まぁ良いでしょうと、あっさりと諦めた。


「ヤング艦長、少しサロンにいらして下さる?」


 ヤング艦長はやけに諦めが良いなぁと不審に感じながら、サロンへとついていく。


「うっ、これは……」


 東南諸島の大使館なので、建物自体はレイテにあるような屋敷だったが、サロンの壁際に大理石の美青年の等身大の裸像が置いてある。


「バッカス大使! 不敬罪ですぞ!」


 その裸像の顔はどう見ても、アスラン王にそっくりだった。


「何故、不敬罪なのですか? こうしてアスラン王を崇めていますのに」


 全く意にかえしていないバッカス大使に、ヤング艦長は怒り心頭で裸像だなんてと怒鳴りつける。


「あら? ちゃんと節度を守って、局部は布で隠しているでしょ?」


 確かに大理石の像の腰には白い布を巻き付けてはあったが、このような像を造ること自体が問題だとヤング艦長は真っ赤になって怒る。


「ああ、武官なんて無粋で嫌だわねぇ! アスラン王は笑ってらしたわよ。大爆笑されて、バンバン裸像の肩を叩かれてしまったので、倒れて壊れてしまったの。これはだから、2代目なのよ。まさかヤング艦長は、アスラン王の像を壊したりなさらないわよね~」


 アスラン王にこれを見せて首を切り落とされなかったのに驚く。ヤング艦長は、バッカス大使がさぞかし高い能力を持っているのだろうと見直す。


「そんなことより、イルバニア王国の駐在大使から、依頼があった件の方が問題なのよねぇ。本来ならショウ王子に報告するところなんだけど、お身体に障るし」


 ヤング艦長も、マリーゴールド号の子息達の件は、イルバニア王国がマルタ公国と海戦を始める動機になりそうだと心配していたので、身を乗り出して、生きていたのですか? と聞く。


「まあね、海賊達は金になりそうだと生かしておいたみたいよ。マリーゴールド号に乗っていた子息達だけでなく、他の船に乗っていた乗組員達も抵抗をしなかった者は、生かして人質にしているわ。まぁ、殆どは殺されたみたいだけどね」


 ヤング艦長はキリキリと歯軋りをして、海賊達への恨みを吐き出す。

 

「ちょっと大使館の人員だけでは、作戦を立て難いと悩んでいたところなの。ヤング艦長、ちょっと手助けをして下さらない?」


 ヤング艦長は自国民の救出なら命を賭けるのも厭わないが、他国の子息達の為にと渋い顔をする。


「ヌートン大使からは、子息達の生存確認をグレゴリウス国王から依頼されたと聞いていますが……」


 渋るヤング艦長に、バッカス大使は馬鹿ねぇ、とお説教を始める。


「今はビザンには、イルバニア王国の大使も居ないのよ。国交を断絶しちゃって、大使館を閉鎖しちゃったの。華やかな一等書記官のアンドリュー卿も、ユングフラウに帰ってしまわれて寂しいわ。それにイルバニア王国が海軍を増強するのは拙いのよ」


 オネエ言葉だが、マリーゴールド号に乗っていた子息達の消息を調べあげた早さといい、マルタ公国での全権大使であるバッカス大使の判断にしたがうしかないと、ヤング艦長は溜め息をつく。

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